(川上 敬太郎:ワークスタイル研究家)

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男性の育休取得は手段であって目的ではない

 年々少子化が進んでいます。2022年には出生数が80万人を割り込み、統計を開始してから最少の数字を更新しました。政府は「こども・子育て政策の強化について(試案)」を発表し、これをたたき台に次元の異なる少子化対策の実現に向けて動きだしています。

 そのたたき台の中で、男性育休の取得促進策についても触れられています。主な内容は以下の通りです。

・民間企業の男性育休取得率目標を「2025年に50%」へ引き上げ
・男女で育休取得した場合、一定期間、育休給付を手取り100%に
・周囲の社員への応援手当など男性育休を支える体制整備を行う中小企業への支援強化
・こどもが2歳未満の期間に、時短勤務を選択した場合の給付の創設
・自営業やフリーランスの方々の育児期間の保険料免除制度の創設

 もしこれらの内容が実施されれば、きっと男性育休の取得率はさらに上昇するでしょう。いま政府が掲げている男性の育休取得率目標は「2025年までに30%」です。それが50%に引き上げられれば、大手企業を中心にさらなる取り組みが進められると思います。

 また、いまの育休給付は手取り80%相当と言われますが、これが100%になれば収入減を理由に育休取得をためらっていた人も踏ん切りがつけやすくなります。他にも新たな給付や保険料免除の創設なども、すべて男性の育休取得率上昇に寄与するはずです。さらに、たたき台によると2030 年には目標を85%にまで引き上げる予定とのこと。2021年の男性育休取得率が約14%だったことを考えると、まさに異次元の目標です。

 しかしながら、次元が異なるのは飽くまで目標として掲げる男性育休取得率の“数字”のことでしかありません。もちろん、育休取得率が上がらないよりは上がったほうが、男性の中に育休取得の機運が高まる効果は期待できます。

 それはそれで決して無意味ではないものの、本来、男性の育休取得は手段であって目的ではありません。今回示されたたたき台を見る限り、男性育休の取得を促進する目的に照らし合わせてみると、残念ながら異次元の対策となっているようには見えません。

厚労省「育休取得を促進する5つの目的」の実効性に疑問符

 厚生労働省のパンフレット『育児・介護休業法 令和3年(2021年)改正内容の解説』には、男性の育休取得を促進する目的が5つ示されています。まず、約4割におよぶ男性育休取得希望者の希望をかなえること。いまは取得率約14%ですから、まだ3分の1程度しか希望をかなえられていません。

 次に、女性の雇用継続。現状のように育児・家事の負担が女性だけに偏っていると雇用継続やキャリア形成が難しくなります。しかし、育休取得を通して男性も主体的に育児・家事に関わるようになれば、分担しやすくなることが期待できます。また、夫婦で育児・家事を分担できるようになれば、逡巡することなく希望する数の子どもを持ちやすくなると考えられます。それが3つ目の目的です。

 そして4つ目は、男性が育休取得することで、男女問わずワーク・ライフ・バランスのとれた働き方ができる職場環境の実現が期待できること、5つ目には企業のイメージアップ、社員の意識向上、生産性向上、優秀な人材確保、人材定着といった事業運営上のメリットにつながることが挙げられています。

 以上5つの目的を確認してみると、政府がたたき台として掲げた異次元の男性育休取得率目標と促進策の効果が期待できるのは、最初に挙げた男性希望者の育休取得促進です。全体の育休取得率が上がれば、育休を取得したい男性労働者としては希望をかなえやすくなります。しかし、それ以外の4つの目的については実効性に疑問符がつきます。

「女性の雇用継続」と「夫婦が希望する人数の子どもを持つこと」については、男性が育休を通して主体的に育児・家事に関わるようになることが前提です。しかし、ただ育休を取得しただけでは実現されるかわかりません。なぜなら、育休を取得したからといって、男性が主体的に育児・家事に関わるようになるとは限らないからです。

 実際に、夫が育休を取得したのに「育児などせず、ゲームばかりしている」「夫の世話もしないといけないので、かえって手間が増えた」と嘆いている妻たちは少なくありません。どれだけ男性の育休取得者が増えたとしても育児をせず、形式的に育休を取得しただけの“名ばかり育休”でしかなければ育児・家事の負担は女性に偏ったままで変わりません。大切なのは、男性も育児の当事者として主体的に携わるようになることです。

 また、当サイトで以前書いた記事『男性育休促進の法改正で「名ばかり育休」増える懸念、背景にある職場の大問題』でも指摘した通り、男性の育休取得期間は2週間未満が7割になっています。

 一方、女性は10カ月以上が7割です。2週間と10カ月を単純に日数で比較すると14日と300日。どちらであっても育休を取得したことにはなりますが、日数に20倍以上の格差がある状況で男女問わずワーク・ライフ・バランスのとれた働き方ができる職場環境が実現できるとは思えません。

「企業のイメージアップなど、事業運営上のメリット」という目的については、男性の育休取得が進んで取得率の上昇が具体的な数字として示されれば対外的なイメージアップにはなるかもしれません。しかし、その実態が“名ばかり育休”でしかなければ中身が伴わず、社員の意識向上、生産性向上、優秀な人材確保、人材定着などの効果にはつながりません。

 さらに、男性の育休取得率を上げることだけを目標にしてしまうと、根本的な矛盾も生じてしまいます。

 というのは、必ずしもすべての夫婦が男性の育休取得を望んでいるわけではないからです。中には、「育休は取らなくていいから、しっかりと稼いできて欲しい」と考えている妻もいます。妻も夫も取る必要がないと考えているのに、育休取得率目標を達成するために会社が半強制的に取得させるようなことになってはナンセンスです。

「夫の育休4タイプ」から見る“名ばかり育休”の懸念

 また、育児をめぐる夫側のスタンスも人によって異なります。横軸を「育児への当事者意識」の有無、縦軸を「育休取得の意向」の有無として、夫の育休に対するスタンスを4つのタイプに分類して表にしたのが以下の図にある「夫の育休4タイプ」です。

「育児への当事者意識」があり「育休取得の意向」もある(1)の夫は、育児を能動的に行う『率先垂範タイプ』です。育休を取得して欲しいと考えている妻からすると、何も言うことはありません。

 それに対し、「育児への当事者意識」はあるものの「育休取得の意向」はない(2)の夫は、「育休まで取らなくても良いと思う」と逡巡しているものの、いざ育休を取得することになれば能動的に育児を行う『YD(やればできる)タイプ』です。

 一方、「育児への当事者意識」はなく「育休取得の意向」はある(3)の『とるだけタイプ』夫は、育休を休みだと勘違いしています。自分がくつろぐことを優先し、妻からしつこく言われるまで動きません。ようやく動いてもイヤイヤ感が全身から溢れていたり、子どもに一回ミルクをあげただけで育児した気になったりします。

 そして、「育児への当事者意識」も「育休取得の意向」もない(4)の夫は、そもそも育児は自分の役割だと思っていません。完全に妻任せの『他人事タイプ』です。ただ、そもそも育休取得も考えていないので、自分は稼ぐことに専念すると割り切っている人もいます。もし妻が、育児も家事も自分が引き受けるのでしっかり稼いできて欲しいと考えている人であれば思惑は一致するかもしれません。

 これら4タイプの夫は、政府や会社による育休取得促進への受け止め方が異なります。もし所属する会社が男性の育休取得促進に熱心であれば、『率先垂範タイプ』の夫は大喜びです。また『YDタイプ』の夫は、仕方ないと思いつつも会社からの働きかけで育休を取得することになれば懸命に育児に携わります。しかし、『とるだけタイプ』と『他人事タイプ』の夫の場合は、“名ばかり育休”になる可能性が高くなります。

 一方、もし所属する会社が男性の育休取得促進に熱心でなかったとしたら、『YDタイプ』の夫は問題なく、『とるだけタイプ』の夫も大した不満を抱くことはないかもしれません。また、『他人事タイプ』の夫は満足です。しかし、『率先垂範タイプ』の夫としては大いに不満を抱えることになります。

 いまはまだ男性の育休取得に熱心な会社が多いとは言えないため、『率先垂範タイプ』の夫の大半が、フラストレーションを溜めていると思います。しかし、今後男性の育休取得促進機運が高まるにつれ、課題になってくるのは『とるだけタイプ』と『他人事タイプ』の夫への対応です。

 育児への当事者意識がない『とるだけタイプ』と『他人事タイプ』の夫は、冒頭で紹介した政府のたたき台のような施策を遂行して育休取得率を上昇させたところで、“名ばかり育休”の事例を増やすだけになってしまいます。

強引な男性育休促進で“とった者負け”になる恐れも

 “名ばかり育休”や短期間の取得事例などを増やしていけば、育休取得率は2025年に50%どころか100%に上げることだってさして難しくはないと思います。ほんの数日の休みなら、育休といわず有休でも十分対応できる範囲です。しかし、それでは男性の育休取得を促進する5つの目的は達成できません。

 男性が育休を取得するという発想すらなかった時代を考えれば、育休取得率という数字を追いかける施策には0から1を生み出す効果はあったと思います。それを男性育休促進施策1.0だとすると、政府から示されたたたき台の内容は1.1や1.2です。それはそれで、行わないよりは行ったほうが良いという面はあるものの、内容としてはあくまでこれまでと同次元の施策でしかありません。

 異次元の施策とは、1.0の延長線ではなく2.0や3.0にグレードアップさせることです。そのためには、育児・家事は夫婦ともに主体であることを学校教育の段階から教えたり、育休取得前に妊娠・出産・育児について学ぶ両親学級の受講を義務づけるようにしたり、育児そのものが仕事スキルに与える好影響を精査して人事評価にも積極的に反映するよう職場への働きかけを強めるなど、育休の内容自体をより充実させ、かつ育児経験を職場で活かす取り組みと掛け合わせた施策を検討する必要があります。

 それらは難易度の高い取り組みですが、単に育休取得率を上昇させるだけでは、当事者として育児に主体的に携わる男性の数は増えていきません。それどころか、数字を上げるために会社が無理やり男性社員に育休取得させるようなことをすれば“名ばかり育休”が増えるのはもとより、育休期間がブランク扱いされてしまうことで取得した人が損をする“とった者負け育休”も世の中に溢れてしまうことになるのではないでしょうか。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  男性育休促進の法改正で「名ばかり育休」増える懸念、背景にある職場の大問題

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