(数多 久遠:小説家・軍事評論家、元幹部自衛官)
4月13日に北朝鮮が発射したミサイルに対してJアラートが発出されました。この警報は結果的に誤報となり、自民党議員を含む国会議員からも批判の声が上がる事態となっています。
政府は「ミサイルが北海道周辺に落下する可能性がある」とJアラートを発出した後、「落下の可能性がなくなった」と訂正しました。今後、政府が原因の検証を進めるものと見られますが、松野官房長官は、レーダーがミサイルを見失った(ロストした)と発表しています。
今回レーダーがミサイルを見失い結果的にJアラートが誤報となった原因は、Jアラートの仕組みの問題ではなく、北朝鮮がミサイルをかなり特殊な打ち上げ方式で打ち上げたためだった可能性が高そうです。
政府による検証結果の詳細は、我が方の能力を北朝鮮に教える結果となるため、公表されないと思われますが、北朝鮮が多少の情報を公開したため、何が起こったのかはある程度推測できます。
以下では、北朝鮮が行った特殊な打ち上げ方式を確認し、弾道ミサイル監視とJアラートにいかなる問題があったのかを検証します。
新型ICBMの概要と本来の発射方式
新型ICBM「火星18」は、北朝鮮が公開した情報では、固体燃料と発表されており、噴煙の色などからこの点は間違いないと思われます。ただし、今回のJアラートの問題には関係していません。
重要なのは“3段式”であることです。弾頭部に取り付けられたと見られるオンボードカメラの映像も公開されているため、この点は間違いなかったと思われます。
ICBMは、地球の裏側とも言える遠く離れた大陸に向けて発射されるため、短距離弾道ミサイルとは飛翔方法が異なります。
短距離弾道ミサイルは、約45度の角度で発射することで最大飛距離となります。一方、ICBMでは、衛星打ち上げと同様に第1段が垂直に近い角度で上昇します。第1段は、主として障害となる大気圏を抜け出して高速に到達するために使用されます。
第1段でも徐々に方位を目標に向けますが、ミサイル本体を本格的に目標の方向に向け、水平方向に加速を行うのは第2段、第3段です。
模式図で表すと下のようなイメージになります。最終的に目標地点に落下させるため衛星の打ち上げとは異なる部分もありますが、打ち上げの際の手法はこの「重力ターン」と呼ばれ衛星打ち上げで使用される方法が使われます。
Jアラート発報の基礎となる着弾地点予測円
Jアラートは、レーダーがミサイルの航跡を捕捉し、警戒管制システムが計算によって導き出した着弾地点予測円を元に発令されます。
情報のソースはレーダーなのですが、ある瞬間にレーダーが捉えられるのはミサイルの位置情報だけです。一定時間の後に捉えた位置情報と前の位置情報を比較することで、ミサイルのベクトル(速度と方位)が導き出されます。
そのミサイルの現在位置とベクトルから落下地点の予測円を描くことになるのですが、計算では落下地点がピンポイントで算出されます。しかし、レーダーの観測には誤差があるため、中心に近いほど落下する可能性が高く、周辺は低い確率となります。
さらに、上で述べたように、ある時点でレーダーが捉えられるのは目標の現在位置であるため、誤差は目標の進行方向の方が大きくなります。その結果、この着弾予測円は、ミサイルの進行方向に合わせた楕円形となります。
そして、ミサイルは徐々に加速をしてゆくため、ミサイルをレーダーが探知した後、この着弾予測円が徐々に移動して行くことになります。
ミサイルの加速中は、この着弾予測円も移動し続けますが、加速が終了すれば着弾予測円の位置は止まります。その一方で、飛行が進むにつれ、残りの弾道経路が短くなるため、この着弾予測円は徐々に小さくなり、最終的には落下地点に収束することになります。
今回のように多段式のミサイルの場合、各段のステージが加速中は着弾予測円が移動し、分離中は加速が停止するため着弾予測円の移動も停止します。そして上段の推進が開始され再度加速が始まれば、着弾予測円も再度移動を始めます。なお、切り離されたブースターは停止した際の着弾予測円内に落下します。
今回、防衛省はミサイルの航跡を途中で見失っています。それでも、それまでの計算で算出された着弾予測円があったためJアラートが発出されたのだと思われますが、航跡を見失った時点で着弾予測円が北海道にかかっていたのか、それとも加速が継続すれば着弾予測円が北海道にかかる可能性があったのかは、情報が公表されておらず分かりません。
しかしながら、今回の火星18はかなり特殊な打ち上げ方式だったようです。各種情報を総合すると、レーダー航跡を見失った時点では着弾予測円がまだ北海道にかかってはいなかったものの、ミサイルの加速が続いており、着弾予測円が北海道に接近しつつあったため、Jアラートが発出されたのではないかと思われます。
特殊な打ち上げ方式だった火星18
では、その可能性を考察するために、今回北朝鮮が行った特殊な打ち上げ方式がどんなものであったのか確認し、それによって自衛隊のレーダー観測と着弾予測に何が起こったのかを考えてみたいと思います。
北朝鮮国営通信社である朝鮮中央通信によれば、今回の発射は次の点が特殊でした。
(1)ステージの分離と上段(第2段のことを指すのか第3段のことを指すのかは不明)推進装置の再起動を遅らせ、ミサイルの最高速度を制限した。
(2)第1段の飛行は標準的だったが、第2段と第3段はロフテッド軌道(高射角で高く打ち上げられたミサイルの山なりの軌道)に設定されていた。
また、第1段ブースターは北朝鮮東岸の元山市からほど近い海上に、第2段ブースターは日本海中部に落下したとされています。
これらが事実だとすると、第1段ブースターは、本来の設計どおり、機体をわずかに傾けながら垂直に近い角度で上昇し、第2段および第3段のミサイルは、重力ターンで行われるピッチオーバーと呼ばれる機体を水平方向に向ける機動とは逆に、鉛直方向に戻す機動を行いロフテッド軌道に入ったものと思われます。
第2段ブースターは、切り離された後、日本海中部に落下しています。この点から考えると、前項で述べたように第2段ロケットモータ(固体燃料ロケットの場合、エンジンのことをロケットモータと呼びます)の燃焼終了段階では、着弾予測円は日本海中部にあったはずです。この段階では、まだ着弾予測円が北海道に届いておらず、発射されたミサイルがICBMではなく中距離弾道ミサイルかもしれないと考えられていたでしょう。レーダーがミサイルを見失ったのは、これよりも後だったはずです。
朝鮮中央通信が報じた「ステージ分離と上段推進装置の再起動を遅らせる」という措置が第1段と第2段の燃焼終了後に行われていたのかは分かりません。しかし、行われていたのだとすれば、慣性によって垂直に近い角度で上昇を続けている時に上段の燃焼を開始していないため、鉛直方向の速度は重力により徐々に低下したはずです。
これによりエネルギーを無駄に損失させ、最高速度が高くならないよう(つまり飛距離が伸びないよう)配慮したのだとすれば、説明の筋は通っています。
第3段ロケットモータによる再加速は確認されていた
問題は、第2段ロケットモータ燃焼終了後の第3段ロケットモータによる再加速です。
第3段ブースターの落下地点については情報がないため不明です。そのため、この点から推測することはできません。なお、第3段ブースターらしきものを、確認のため発進していたF-15が撮影していますが、撮影地点が渡島大島の西方約200キロとされているだけで落下した地点は不明です)
前述の通り、第2段ブースターが日本海中部に落下していることから、第2段ロケットモータの燃焼終了時には着弾予測円が日本海中部にあったと考えられます。そのままレーダー航跡を見失ったのならJアラートが出されるはずはありません。しかし、Jアラートは発出されました。つまり着弾予測円がさらに日本に近づく動きが観測されていたはずです。
第3段ロケットモータの燃焼による加速は確認されていた可能性が大です。恐らく、その直後にレーダーは航跡を見失ったものと思われます。第3段ロケットモータによる加速、それによる着弾予測円の北海道接近が確認されながら、レーダーが航跡を見失ったため、北海道に落下の恐れありとしてJアラートが発出されたという流れです。
レーダーロストを招いた“予想外”の飛行
上記の流れは、現象としては理解できると思います。ですが、それまで追尾できていたものが突如追尾できなくなるのか? という疑問は湧くでしょう。
これは、特異なミサイルの飛翔が、レーダーによる目標追随の特質と合わさって起こった事象ではないかと思われます。
北朝鮮の発表によれば、周辺国(つまり日本)に影響を及ぼさないようにするため、今回の発射では第2段と第3段をロフテッド軌道としたということです。
レーダーが航跡を見失った理由は、第3段燃焼開始段階では、単純に第2段燃焼時と比べて高度が上がっており地上のレーダーから距離があった、第2段ブースターを投棄し、サイズが小さくなったということもあると思います。しかし、第3段ロケットモータの燃焼時には第2段ブースターを投棄済みのため、ミサイルの全長が短くなっており、より激しい軌道変更が可能だった可能性があり、そのためにレーダーからロストした可能性が考えられます。
ミサイルやロケットが軌道変更を行うためには、ロケットモータのノズルを傾斜させるかサイドスラスタ(横方向に動かすための動力装置)を使用します。火星18の第3段ブースターがどちらの方式であったかは情報がありませんが、ミサイルの全長が短くなっており、第2段、第1段と同程度のノズル傾斜、サイドスラスタの使用であったとしてもミサイルは大きく機動できます。
また、第3段ロケットモータの燃焼時には、ミサイルはほぼ宇宙空間に出ており、ミサイルの進行方向と機体の向きをより大きく変えることが可能なため、第2段ロケットモータ燃焼によるロフテッド軌道よりも、より高角度のロフテッド軌道に入ることも可能だったと思われます。
YouTubeで「スペースX」の機外カメラ動画を見た方もいると思います。スペースXでは、進行方向に逆噴射することで速度を落とし、ロケットを着陸させています。火星18の第3段ロケットモータでは、なおも上昇しながら水平方向の速度を落とす飛行が行われた可能性があります。これを模式図で表すと、このようなイメージです。
この逆噴射に近い推進を行った場合、第3段の燃焼開始直後は着弾予測円が北海道に近づき始めますが、徐々にその速度は低下し、途中から逆に着弾予測円が北朝鮮側に戻ることになります。この戻り始める前にレーダーがミサイルを見失った可能性が高いと思われます。
その理由は、第3段以降がこのように“予想外”の飛行をした場合、レーダーは目標を見失いやすくなるからです。レーダーは、人間の目と異なり、暗闇の中でサーチライトを使用して目標を探すようなものです。特に一度見失ってしまうと目標の予想進路を中心に再捜索するため、発見の困難な遠距離では苦労することになります。
「特殊な軌道」のレーダーロストは大いに問題
弾道ミサイルは、ロケットモータの燃焼による加速が終了した時点で着弾予測円の移動が停止し、落下地点が確定します。
今回、第3段ブースターと弾頭が北海道に落下していない以上、レーダーがミサイルをロストしたのは第3段ロケットモータの燃焼完了前であったことは間違いありません。第3段の燃焼終了までレーダーが捕捉できていたのなら、Jアラートは発出されてはいなはずです。レーダーがミサイルを見失ったタイミングは、第2段ロケットモータ燃焼終了後、第3段ロケットモータ燃焼終了前だったことは間違いないのです。
そして、そのタイミングでは、発射された弾道ミサイルは通常とは異なる特殊な軌道をとっていました。それによってレーダーがミサイルをロストした可能性があります。
このミサイルが実際の攻撃に使用される際は、このような特殊な軌道を取る可能性はありません。このような軌道を取れば、ミサイルの飛距離は大幅に減少します。
北朝鮮が日本を攻撃するためには、大量に保有しているノドンを使用すれば十分で、アメリカまで到達することが可能な火星18を使用することは不経済極まりないため、これが対日使用される可能性を考える必要はありません。そのため、火星18をレーダーロストしたこと自体は特別に大きな問題ではありません。
しかし、ミサイルが特殊な軌道をとった場合に警戒管制レーダーが目標をロストするということは大いに問題です。
日本も含め、各国が開発を進める極超音速滑空兵器(HGV)などは、宇宙空間に近い高層大気圏内で機動します。今回の火星18のレーダーロストは、現有の警戒管制レーダーでは、これらの追随に失敗する可能性を証明してしまいました。
ただし、この可能性は以前から認識されていました。そのため、2022年末に閣議決定された防衛3文書の中でも、対策の実施が謳われています。防衛力整備計画の中で“統合防空ミサイル防衛能力の強化”として記述されています。内容は、現行レーダーでは極超音速滑空兵器等の探知・追尾能力が不足であるため、固定式警戒管制レーダー(FPS)等の能力向上を図るとともに、次期警戒管制レーダーへの換装・整備を図る、とされています。
今回の事態は、図らずもこの必要性を実証することになってしまいましたが、やるべきことは認識されています。今後必要なことは、防衛費が十分に増額されることです。
なお、今回北朝鮮がかなり特殊な打ち上げを行った理由は、第1段ブースターを通常の軌道で飛行させたため、第2段以降を少々強引に特殊な飛翔をさせなければならなかったためだと思われます。第1段の飛翔段階からロフテッド軌道を取っていれば、恐らくこのような事態は発生していなかったでしょう。
なぜ、第1段だけは通常の軌道で飛行させたのでしょうか。著名なミサイル研究者であるアンキット・パンダ氏は、第1段からロフテッド軌道を取らなかった理由についてミサイルの強度が不足する可能性を指摘していました。
しかし、北朝鮮が発表した情報によると、第1段ブースターは、北朝鮮の東岸からわずか10キロの地点に落下しています。第1段からロフテッド軌道を取った場合、北朝鮮の陸上に落下したことは確実です。本当はこれを避けるためだったのではないかと思われます。
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