(桃田 健史:自動車ジャーナリスト)

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 改正道路交通法が2023年7月1日に施行され、「特定原付(特定小型原動機付自転車)」と区分される電動キックボードの販売やシェアリングでの利用が始まる。

 特定原付は、16歳以上であれば免許が不要、ヘルメット着用が努力義務、そして機種の装備によっては歩道を走行ですることができる。そうした手軽さや使い勝手の良さを歓迎する声がある反面、自動車、二輪車自転車、そして歩行者との間で十分な安全性が確保できるかを疑問視する声も少なくない。

パリ市民が電動キックボードシェアリングに「ノー」

 フランス・パリでは2023年4月2日に、電動キックボードのシェアリング事業の継続の是非を問う市民投票が実施された。

 結果は全体の9割近くが「反対」だった。

 地元メディアの各種報道によると、投票率は8%程度とかなり低い。理由は、投票所の場所や投票日の周知が十分ではなく、特に若者層が投票しなかったからだという。それでも、パリ市のアンヌ・イダルゴ市長は、今回の投票結果を踏まえ、3事業者との契約が切れる2023年8月末をもってパリ市内での電動キックボードシェアリングサービスを禁止する意向を示している。

 これまでパリ市内では電動キックボードの事故、2人乗り、飲酒運転、不法放置などが頻繁に起きており、イダルゴ市長も問題視していたという経緯がある。

 パリ市といえば、2018年から電動キックボードシェアリング事業を積極的に取り入れ、電動キックボード先進都市として知られてきた。それだけに、今回の事実上のシェアリング事業停止宣言は、電動キックボードの普及を進める、日本を含めた世界の国や地域に影響を与える可能性も考えられる。

「規制のサンドボックス制度」を使って認証実験

 話を日本に戻そう。電動キックボードに対する今回の規制緩和について、SNS上や様々なメディアで論じられている疑問の1つが「なぜ、このタイミングで実施するのか?」という点だ。

 さらに言えば、規制緩和に向けた話が世の中に出てから、実際に規制緩和が行われるまでの期間が「あまりにも短い」という意見が少なくない。

 筆者はこれまで電動キックボードの規制緩和に関して産学官の各方面と意見交換をしてきた。そうした意見交換を踏まえると、規制緩和の背景には大きく2つのポイントがあると考えられる。

 1つ目は、ベンチャー企業育成による国の産業力強化だ。

 電動キックボードという乗り物自体は2000年代以降に登場しているが、スマートフォンのアプリを使ったシェアリング事業は2018年頃からアメリカ、欧州で事業化が進んだ。それらの事業を推し進めたのは、基本的にどの国でもベンチャー企業だった。

 そうした中、日本では新たなビジネスチャンスを広げるために、2018年に「規制のサンドボックス制度」が導入された。サンドボックスとは「砂場(IT業界では「コンピュータ内の仮想環境」)」を意味する。内閣官房のホームページでは次のように説明している。

「規制のサンドボックス制度とは、IoT、ブロックチェーン、ロボット等の新たな技術の実用化や、プラットフォーマー型ビジネス、シェアリングエコノミーなどの新たなビジネスモデルの実施が現行規制との関係で困難である場合に、新しい技術やビジネスモデルの社会実装に向けて、事業者の申請に基づき、規制官庁の認定を受けた実証を行い、実証により得られた情報やデータを用いて規制の見直しに繋げていく制度」

 つまり、新技術の実用化や新ビジネスを進めるにあたり現行の規制が足かせとなっている場合、その規制を見直したり変更してしまおうというわけだ。

 電動キックボードでは「規制のサンドボックス制度」を使い、九州大学構内などで初期的な実証実験が行われた。その成果を受けて、経済産業省は2020年に産業競争力強化法に基づき、電動キックボードビジネスの活動計画を策定、そして都内を中心に全国各地で電動キックボードの実証実験が始まった。

歩行者天国で乗り回す外国人も

 2つ目のポイントは、インバウンド対応を含めた道路交通ルールの国際協調だ。

 電動キックボードシェアリングや、個人所有の電動キックボードの利用が欧米で先行したことで、日本でも電動キックボードを利用する外国人旅行者や長期滞在者が増えてきた。その際、日本では電動キックボードの法的な解釈が曖昧なため、ナンバープレートがない電動キックボードに乗ったり、歩行者天国で使ったり、各地の歩道を走行する外国人もみられる。

 また、電動キックボードの免許制度やヘルメット着用義務も各国で法規が異なる。日本としては電動キックボードの法解釈を海外事例と比較しながら、日本の道路事情に合った形での法整備を急ぐ必要があった。

 こうした背景から、「(特定原付)特定小型原動機付自転車」という新区分の導入は、初期実証開始から国会における法改正の議論まで3年足らずで法改正の方向性が定まり、さらにそこから1年強で規制緩和が施行されることになった。

歩行者扱いになる「特例特定原付」

 改めて、電動キックボードの法解釈を説明すると、これまで「原付(原動機付自転車)」として扱われてきた機種は、今後も原付扱いとして存続する。ここに、今回の改正道路交通法により、「特定原付(特定小型原動機付自転車)」が加わる。つまり、電動キックボードは大きく2つの種類ができることになる。

 警察庁によると、特定原付は、車体の長さが190cm以下、幅が60cm以下。原動機は定格出力0.6kW以下。最高速度は時速20kmを超えない。自動変速(AT)があること、などと規定している。また、道路運送車両法における保安基準への適合、自賠責保険への加入、ナンバープレートの取付けなどが必要だ。

 また、最高速度を6km以下にも設定できる機種は「特例特定原付(特例特定小型原動機付自転車)」と区分され、歩道での走行が可能になる。

 つまり、規制緩和によって新たに生まれる電動キックボードは、道路交通法上で自転車と同じ軽車両であると同時に、条件によっては歩行者扱いになるのだ。

課題は交通安全対策の徹底

 こうして、日本の道路にこれまでにない新しい電動キックボードが登場するわけだが、交通安全対策の徹底が望まれることは言うまでもない。

 警察庁では「特定小型原動機付自転車の安全な利用を促進するための関係事業者ガイドライン」を作成し、改正道路交通法施行の2023年7月1日を控えて交通安全対策の徹底を呼びかけているところだ。

 ここでいう「関係事業者」とは、販売事業者、シェアリング事業者、そしてスマートフォンアプリなどを含めたプラットフォーム提供事業者を指す。具体的な対策としては、購入者や利用者に対する交通ルール等の周知の徹底、ネット通販やシェアリング利用での年齢確認の徹底、悪質・危険運転者対策の徹底などを挙げている。

 こうしたガイドラインには法的な強制力はない。そのため実際に運用が始まってから、状況に応じて内容を変更したり、法的な罰則の強化などを行う必要性も出てくるはずだ。その際は、パリ市など、先行して電動キックボードシェアリングを積極的に導入してきた都市の知見を取り入れることも大切だろう。

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電動キックボードシェアリング実証試験の様子(横浜市内で筆者撮影)