日本の象徴である「天皇」について、ほとんどの日本人は「理解しないままありがたいと思ったり、親しみを感じたり、あるいは反感を持ったりしている」と東京大学名誉教授の矢作直樹氏はいいます。今回、矢作氏と世界の金融や国際協議の実務にかかわる宮澤信一氏が、国外からの視点も交えながら、日本人の知らない「天皇」の凄みを解説します。

アメリカから見た天皇

【宮澤】アメリカでは、天皇は大統領より上だというふうに見ます。ホワイトハウスは、外交儀礼も当然ありますが、大統領よりも格上として扱います。やはり他国の国家元首とはどこか違うのではないかという気がしてなりません。

【矢作】1972年に、昭和天皇が天皇として初めて訪米されました。その時のニュース映像をYouTubeでも見ることができます。

当時の大統領ジェラルドフォードカチカチになって昭和天皇に対応しているのがわかるでしょう。後日、「生まれてこのかたこれほど緊張したことはない」というコメントを残しています。

【宮澤】最近ではドナルド・トランプが、明らかに敬意を払っていましたね。

例えば国務省扱いの行事にせよ財務省扱いの行事にせよ、ホワイトハウスにはホワイトハウスプロトコル、つまり儀礼というものがあって、国賓(こくひん)に対してはすべて格付けをして応接します。

イギリスも同じなのですが、日本は平等とします。平等にするからかえっておかしな話にもなるのですが、それは天皇の大御心というものです。

ホワイトハウスにおける格付けでは天皇は相当に上位です。天皇に次ぐのが、例えばイギリスの国王など、そういうレベルの方です。天皇は国家元首であって、政治家ではないから首相扱いをする必要がまったくなく最高待遇で対応します。陸軍、海軍、空軍、海兵隊の4軍が出迎えます。

「天皇」というご存在

【矢作】私たちは天皇ということを理解していません。理解しないまま、天皇をありがたいと思ったり、親しみを感じたり、あるいは反感を持ったりしている。いわば、ひいきの引き倒しをしている状態です。

宮内庁では宮中祭祀と称していますが、天皇は、高次元とつながることによって成り立つ様々な神事をなさっています。本来、それがどれくらいすごいものなのかということを理解せずに天皇を語ることはできません。

【宮澤】震災の時のお言葉も、国民が大いに慰められた、と解釈する人が多いのですが、もう少し深い意味があると思います。

以前は、それをしっかりと受け取ることのできる人がいた。

天皇の「お言葉」の正しい聞き方

【矢作】わからないということが問題なんですね。例えば、戦前に成人になっていた人たちはすぐにわかる。やはり、戦後、日本人は腐ってしまった。ここには、戦後の教育のせいにしてはいけないところがあります。

天皇がお言葉を出されるということには、やはりたいへん深い意味があります。例えば、宮内庁のウェブサイトで閲覧できますが、震災のお言葉のなかに、

《そして、何にも増して、この大災害を生き抜き、被災者としての自らを励ましつつ、これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています》

という一文が見えます。「雄々しさ」とおっしゃっている。

LGBTがどうのこうのと言っている人たちから見れば性差別になるわけですが、どうして《雄々しさ》なのでしょうか。お言葉が出たときには、謹聴して、承ったお言葉の一言一句を行間まで読まなければいけません。

天皇のお言葉は丁寧に聞こう、そう思うのが〝普通〞の感覚だろうと思いますが、その〝普通〞が今はなくなってしまったように思います。

最近の日本人に欠落している「人として大切なこと」

【宮澤】ここでは「主上(おかみ)」、と申し上げておきますが、主上という存在は、われわれごときが簡単に思い考えるべき存在ではないと思います。

一言でいうと、あまりにも普通の方ではない方たちです。

私は別に戦前回帰主義者ではありませんから、いろいろと理解を図ろうとします。しかし、わからないことだらけだし、宮城、つまり皇居のことですけれども、そこにあるルールはどう考えてもわれわれの社会・及び生活関係とは歴然と違いがあるように感じるのです。

今上天皇陛下におかれても、上皇陛下におかれても、まず、非常に国のことを思っていらっしゃいます。それから、世界の平和のことを思っていらっしゃる。

先の、支那事変から始まって大東亜戦争で終結するあの戦争のようなことを二度と起こしてはならず、日本はこれから世界の平和のためにやっていくのだという先帝陛下の矜持を引き継いでいらっしゃる。あまりにも普通の方ではない方々です。

親米だとか反米だとかはあくまでも類型の問題なのでどうでもいいのだけれども、いわゆる保守と呼ばれる人たちには、天皇を悪しく敬う傾向があります。

評価するにせよ非難するにせよ、単に口先で言えばいいというものではないし、それ以前に、軽々しく述べるものではない。

「言行一致」でなければならないということを主張したいのですが、言ったことには責任が伴うのが人間というものですから言った以上、どういう責任を取るのか? という観点がどうも最近の日本人には欠落しているように思われます。

なにかあれば自分で行って落とし前をつける、という矜持がないということです。

矢作 直樹

東京大学名誉教授

宮澤 信一

国際実務家

※本連載は、矢作直樹氏と宮澤信一氏の共著『世界を統べる者 「日米同盟」とはどれほど固い絆なのか』(ワニブックス)より一部を抜粋・再編集したものです。

(※写真はイメージです/PIXTA)