明治8年創業の「手づくり茶筒」の老舗「開化堂」は、現在までの約150年間、激しい時代の変化に見舞われながらも、長くゆっくりと繁栄を続け、海外進出も果たしています。本記事では、開化堂の六代目当主である八木隆裕氏が、著書『共感と商い』(祥伝社)から、商う製品が人の心に深く長く残り、愛着を持ってもらえるための「伝え方」について語ります。
「お客様が商品の中に印象的に存在できる」ように伝える
「心に貯まるもの」をお客様に感じていただくにあたって商う側が気をつけたいことには、「独りよがりな伝え方をしない」ということがあります。
また、その中でも気をつけたいことは、伝え方の組み立ての問題です。
近年、マーケティングやブランディングの手法として、自社の歴史や文化、モノづくりへの姿勢を、ストーリー的に熱心に伝えるケースが増えました。
もちろん、僕もこれまで「らしさ」や世界観の話はしてきましたし、みなさんが熱心にモノづくりにかけている情熱は崇高なものですから、それを伝えること自体は悪いことではありません。
ただ、気をつけないといけないのは、自分語り一辺倒になってはいけないということ。
自分たちの思いを伝えることばかりになりすぎると、一歩間違えたら、一緒に飲みにいくと過去の武勇伝を延々と話す、ちょっとしんどい上司のようになってしまうからです。
ですから、自分たちのことを話しながらも一歩引く。
最近は、企業PRのイメージ映像も増えていますから、「また物語仕立ての感動ものかな?」などと見る側に思われないように、伝え方は変えていく必要があるのです。
では、お客様に「心に貯まるもの」を感じてもらうには、どんな伝え方がいいのか。
僕の中の答えの一つは、「お客様自身が、その商品の物語の中に印象的に存在できる伝え方をする」ということです。
一例を挙げましょう。
僕が好きなネーミングの商品として、「アイランダーズブラックティー」というものがあります。これは、開化堂が初めてイギリス進出したときに協力していただいたポストカード・ティーズさんで取り扱われている商品で、朝が早いイギリスの島の漁師さんが目を覚ますためにクッと飲む、濃いめの紅茶です。
じゃあ、何がこの商品の伝え方として僕は好きなのか?
それは、この「アイランダーズブラックティー」という名前を聞くだけで、どんなふうに飲まれてきたのか、多くを語らずとも、イメージがすごく思い浮かぶことなのです。
実際、僕もこの紅茶に出会ったときに、少し早い朝に起きた自分が、イギリスの漁師さんたちに思いを馳せながら、お湯を注いで紅茶を飲む光景までイメージできました。
商品の背景にある文化や物語が自然と想像でき、それとともに自分が使っているイメージも浮かび、じんわりと「これ、ほしいな」と感じさせられていく。
これがまさしく、「物柄よきもの」なのであり、たとえその商品が消費材であっても、使用する人の生活の中に深く存在して印象に残り、購入する際にも「豊かなお金の使い方をできたな」とお客様が感じられることなのではないかと思います。
そして、もう少し述べてしまうと、こうした「心に貯まるもの」を届けられる伝え方というのは、何もストーリーテリングだけではないのだと思います。
「心に貯まるもの」を生み出すコツ
たとえば、開化堂の茶筒は、水気を拭き取るなど、少しばかり取り扱いに注意がいります。でも、そのひと手間のケアが、かえって愛着を生んでいく。それはきっと、お客様を主体としたストーリーが、もう茶筒に対して始まっているからでしょう。
実際、茶筒を修理に持ってこられる方は、「これ、15年前に買ったんだけれども……」と、買った場所まで克明に覚えてくださっていることが多々あります。
対して私たちも、その持ち込まれた茶筒の状態から、お客様が使用している風景が想像できるので、お互いの話が盛り上がっていく。
すると、いつどこで誰が買って、修理が行なわれて、誰から誰に受け継がれた……というような、この茶筒の物柄も更新され、金銭的な価値は変わらなくても、思いが付加されて「心に貯まるもの」の価値が上がっていくのです。
つまり、ときには「修理」という工程だって、直接的なストーリーテリング以上に雄弁に、お客様に得難い価値やイメージを届ける伝え方になりうる、というわけです。
ですから、自分の商うモノを伝える文脈の中に、どうしたらお客様の生活を印象的に存在させられるのか、ぜひみなさんにも考えてみてほしいと思います。
たとえば、書籍であれば、ネット書店で評判を見たり、過去の傾向からAIに勧められてワンタップで購入したりするのは、たしかに効率的です。
でも、社会がその便利さに走れば走るほど、ふと人生に悩んだ際に立ち寄れて、「これは私のためのものだ!」と運命的な出会いをくれる本屋さんは素敵に感じないでしょうか? 今の話を読んで、久しぶりに本屋さんに行きたいなと、自分の中で本屋さんが少し印象的に存在し始めなかったでしょうか?
また、家電の世界であれば、「この洗濯機なら、こんなに白くなる」という宣伝が多くありますが、その伝え方だと、より白く洗えるか、安くするかの競争に巻き込まれますよね。
当然、商品サイクルはどんどん短くなるし、自社を推してもらえるようにもなりません。
であれば、各社が洗濯機の開発を頑張る中で、あえて自社の既存の洗濯機を使ってのよい洗い方や効果的な洗剤の使い方、頑固な汚れの落とし方をレクチャーして発信する。
もし、それがすごく使えるノウハウで、そのメーカーさんの洗濯機でしかできないニッチな機能だったら、次買い替える際も同じメーカーさんにしたくならないでしょうか? そもそも、そんな生活に親身なメーカーさんほど推したくならないでしょうか?
そういったことを気づかせ、感じさせてくれる伝え方が、本屋さんという場所に売りものの書籍の価値以上の「心に貯まるもの」を生み出し、消費財のメーカーさんであっても消費されないお客様との強い絆をつくる、本当の意味で印象に残る方法なのだと思います。
だからこそ、つくり手は自分中心になるのでなく、お客様とコミュニケーションをとっていくことが必要になります。
そういった考えもあって、開化堂も実演販売などでお客様と直接触れ合うことを重んじていますが、今は対面以外でもSNSやYouTubeなどでお客様とコミュニケーションをしていく手段はいくらでもあるでしょう。
自分の物語を商品に反映させるより、お客様の物語を想像できるようにする。そのためにも、ぜひ自分語りだけではなく、お客様の物語を取り込んでみてください。
無理に買わせない、説得しない
お客様との間で、推し・推されるという関係性を育てていきたいと思う際、その間柄を一気に壊しかねないのが、売り方の問題だと思います。
僕は、「ビジネス」「商業的」「マーケティング」という言い方があまり好きではありません。なぜかというと、よくそういうワードが出たときに、少しネガティブなイメージがその言葉に乗ることがあるからです。
「ビジネス」「商業的」という言葉は売る側からの視点が強く感じられ、「マーケティング」という戦略で売ることで作為的にお客様からお金を奪う、という感覚がどうにもつきまといます。
それが、僕の目指している、お客様との間での同志のような関係性とは異なるのです。
では、同志という関係性の中で行なわれる商いとは何なのかといえば、それは「ギブ&テイク」ではないかと僕は思います。
たとえば、昔のお商売には、「損して得とれ」という考え方がありました。
「去年、この人から得をとらしてもらったから、今年はこの人に得をとっといてもらおう」
「あの人に得をあげたうえで、最終的に自分たちのお商売もプラスで終わったらいいよね」
というような感覚が共通してあったのです。
もちろん、損ばかりではこちら側も食べてはいけないわけですが、これが売上至上主義になって奪うことばかりになると、「テイク」しかなくなります。
すると、不思議なもので、そういう場所からは人もお金も逃げていってしまうのです。
ですから、自分たちの生活のための売上はちゃんと確保しながらも、お客様に「得したな」と思っていただけなくてはいけません。
そのためには何が必要か――。「売ろうとしない」ことなのです。
開化堂の茶筒は、サイズにもよりますが、1万円台の中盤〜3万円台まであります。
僕としては、施している工程の数、かけている職人のエネルギーもあるので、自分たちを安く見せるのでもなく、高く見せるのでもない形が、現在の値段だと思っています。
ある人はこれを高いと感じ、また別の人は安いと感じるでしょう。
そこで、少しでも「高いな」と感じている人には買わせてはいけないし、説得しようとしてもいけません。どれだけうまく説得しようとも、それは回りまわって、お客様の中で「買って損した」「無理に買わされた」というネガティブな思いとなってしまうからです。
職人の商いから学ぶ値付けのコツ
なので、売ろうとするのではなく、あくまで説明にとどめる。
そして、「これは得した」「ほしい」と、自然と思ってくださった方にだけ届けて、その対価をいただく。
ビジネスとして考えたら効率が悪いことこのうえないですが、そういう発想でやっていたのが職人の商いであり、私たちは最大限「テイク」を大きくしなきゃいけないと思う必要はないし、したくない「ギブ」をする必要もない。
ただ無理のない範囲で「ギブ」をやり続けていけばいいし、その結果としてずっとやってこられたのが、150年という結果なのです。
だから、お客様からどうやって対価をいただくのがよいか、自分たちの商品が高いのか安いのかで迷ったときには、相手から奪いすぎず、自分たちも犠牲にしなくてよいところで、値づけを考えればいいのだと思います。
それを考えたうえで、もし今の値段よりも上げることがふさわしい、材料費が高騰しているから上げざるをえないなどと思えば、既存のお客様には丁寧にきちんと説明をする。
それができていれば、万が一、目の前のお客様が離れたとしても、ちゃんとみなさんの価値をわかってくださるお客様が、ついてきてくれるようになると思います。
八木 隆裕
開化堂
六代目当主
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