全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも名古屋の喫茶文化に代表される独自のコーヒーカルチャーを持つ東海はロースターやバリスタがそれぞれのスタイルを確立し、多種多様なコーヒーカルチャーを形成。そんな東海で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

【写真】豆の紹介には、品種やプロセスのほか、生産者名や標高も明記

東海編の第19回は、名古屋・名駅にある「SHRUB COFFEE NAGOYA(シュラブコーヒーナゴヤ)」。スペシャルティコーヒーが日本にも広く普及してきた昨今、シングルオリジンのみを扱うコーヒー店はあれども、その多くが基本的に1カ国あたり1、2農園というラインナップに留め、コーヒーの多様性を打ち出すケースがほとんどではないだろうか。そんななか、「SHRUB COFFEE NAGOYA」ではニカラグアルワンダに特化。店長の野村優貴さんが、磨き上げたテイスティング能力と抽出技術で繊細な味の違いを表現する。同じ農園の豆を扱うことで年間を通して季節ごとの変化を伝え、コーヒーのマニアックな一面を紹介している。

Profile|野村優貴(のむら・ゆうき)

1991(平成3)年、愛知県名古屋市生まれ。コーヒーを生業とする家に生まれ育ったものの、本格的にコーヒーを知ったのは大学時代。スペシャルティコーヒーの多様性に魅了され、カッピングなどを学ぶ過程で品評会に参加し、ニカラグアなど生産国に行く機会を得る。大学卒業後、学生時代からアルバイトをしていた名古屋・伏見の「MITTS COFFEE STAND」で働き始め、閉店する2022年3月まで店長として活躍。その後、実家である「SHRUB COFFEE」の所属になり、2022年5月に「SHRUB COFFEE NAGOYA」をオープン。カッピングセミナーやコーヒー教室などのイベントにも精力的に取り組んでいる。店を営む一方で2017年からCOE国際審査員を務めており、2023年もニカラグアCOE(5月開催)に招聘された。

■気軽に立ち寄れる街中のコーヒースタンド

名古屋の玄関口である名古屋駅から、数多くのオフィスが集まる伏見へ向かって徒歩約10分。多くの人が行き交う納屋橋エリアに、モノトーンのスタイリッシュなコーヒースタンド「SHRUB COFFEE NAGOYA」がオープンしたのは2022年5月のことだった。本店は三重・桑名にある自家焙煎コーヒー店。ここは、息子である野村優貴さんが任されている。店頭のメニューを確認したところ、コーヒーは1杯350円から。カフェラテは1杯400円から。パッと入ってサッと購入できるコーヒースタンドという営業形態とリーズナブルな価格から、通勤時やランチタイムにほぼ毎日コーヒーを買っていく常連が多いという。

そんなライトな使い方ができる店だが、扱っているコーヒーはかなりマニアック。まず、ブレンドは置いておらず、すべてシングルオリジンの豆が定番で6種類。それも、ニカラグアルワンダの豆のみが並ぶ。そして、6種類のうち4種類が浅煎り。さらに、抽出はエスプレッソのみで、ドリップコーヒーはない。メニューにあるコーヒーをオーダーすると、エスプレッソをお湯で割ったアメリカーノが提供される。日本、特に名古屋のコーヒー店としては、かなり異質な印象を受けた。

野村さんは、東海エリアのコーヒー好きに愛された名古屋・伏見の「MITTS COFFEE STAND」(現在は閉店)で長年店長として活躍し、世界で最も有名なコーヒー品評会であるCOEの国際審査員を務めるなど名古屋を代表する若手コーヒーマンのひとり。そんな野村さんが、東海エリアにまだ浸透していないコーヒーカルチャーを紹介する様子は非常に挑戦的で刺激的だ。例えば、「2023年2月に発売されたばかりの最新コーヒー器具『Paragon(パラゴン)』を、通常のペーパードリップと飲み比べできるメニューを始めました」と野村さん。希少なCOE受賞のスペシャルロットが店頭に並ぶこともある。

入口のハードルは低く、気負わず利用できるし、日常使いとしてもちろん重宝するだろう。しかし、ひとたび野村さんと言葉を交わそうものなら、そのマニアックなこだわりに興味をそそられてあっという間にコーヒーの沼にハマってしまう。ライトな層も、コーヒーマニアも、足繫く通う理由がある。

■浅煎りの豆をエスプレッソで抽出

SHRUB COFFEE」は、桑名の本店でも名古屋の店でも扱う豆の種類は同じ。しかし、抽出方法が異なる。桑名ではハンドドリップまたはフレンチプレスで抽出しているが、名古屋ではエスプレッソを主体とした抽出だ。飲み比べのような特別なものを除き、メニューはコーヒーとカフェラテのみ。「浅煎りの特徴に酸味が挙げられますが、ドリップコーヒーよりもアメリカーノのほうが、酸っぱいというより甘酸っぱい仕上がりになります。そうすると、浅煎りを飲みなれていない人も飲みやすいと思うんです。ただ、エスプレッソは豆の量が0.1グラム単位で味が変わってしまうので、技術的に求められるところが多い。だから、名古屋のスタッフには、私も含めて高いテイスティング能力が必要とされます」

抽出したエスプレッソをお湯で割る時も、ただ混ぜればいいのではない。正確に分量を測り、丁寧に作っていく。「エスプレッソの泡には、苦味が出やすいんです。これをきちんと取り除くと、すっきり飲みやすいアメリカーノができます」

6種類ある定番の豆なら、どれを選んでも値段は変わらないのもうれしいポイント。メニュー表にはザクロブルーベリーマスカットなど、豆ごとに特徴的なフレーバーを表記しているので、香りを頼りに選んでみるのもいいだろう。すっきりとしたアメリカーノだから、香りの違いも分かりやすい。

ミルクのコクが加わったカフェラテにも、果実のようなコーヒーのフレーバーははっきりと感じられる。豆の特徴を的確に表現するクリアな抽出だからこそ、違いが分かりやすいので、興味のある人は豆を変えて飲み比べてみてほしい。同じカフェラテでも、飽きずに楽しめるだろう。

エスプレッソには専用の器具が必要であり、自宅での再現が難しいことから、豆を購入したい人に向けた試飲はフレンチプレスで用意している。「ペーパーフィルターだと酸味が残りやすいこともあり、フレンチプレスでの試飲にしました。金属フィルターで淹れると、苦味がトロッとした味わいになります。豆の品質が高いので冷めてもおいしく飲めますし、味の違いも分かりやすい」と野村さん。気に入ったコーヒーが見つかったら、豆と一緒にフレンチプレスも購入して、自宅で楽しみたい。

■豆の違いを際立たせる焙煎

焙煎は、すべて桑名の本店で行っている。「父が、桑名で焙煎してくれています。焙煎機はプロバット社の古い年式のものですが、バーナーの本数を増やして、インバーターを後付けして、ドラムの回転速度を変えられるようにカスタマイズしました。だから、最新のものと変わらないくらいの使い心地です」

焙煎レシピのポイントは、豆の持つ特性やテロワールを表現すること。「6種類のシングルオリジンがあるのに2カ国の豆しか扱わないのは、その土地の個性(テロワール)や、同じ農園でも品種や作り方によって生まれる違いを知ってほしいから。そういう違うを楽しむためには、やはり浅煎りにしないとフレーバーなどの情報量が減ってしまうのです。ごく近いエリアの豆だと当然テロワールも似てくるので、なるべく情報量を増やしてその違いを感じられるようにしています」

■スペシャルティコーヒーの先にあるもの

こういったマニアックなコーヒーの一面を打ち出せる営業スタイルは、都心の店だからこそ。「ここは名古屋駅から徒歩圏内であり、人通りの多い場所です。だから、より多くの人に、スペシャルティコーヒーの楽しみ方と、できればもうちょっと先の部分まで突っ込んだ提案ができるのではないかと考えました。私が最初に感じたコーヒーの魅力は、ワインのように地域の特性が楽しめるという点。だから、産地の奥深いところまで入り込んでみないと分からないコーヒーの違いを提案してみたいと思いました」

加えて、野村さんには「コーヒー店として、生産者から消費者までつながるサプライチェーンを完成させたい」という想いが根底にある。「例えば、ほかの国ですごくコーヒーの消費量が増えた時に、日本に質の高いコーヒーが入ってこなくなる可能性が考えられます。生産国においても、環境を考慮しない無理な生産をしていると、年々生産量が減ってしまうかもしれない。私としては、なるべくいいコーヒーを、安定して日本のお客さまに飲んでもらいたい。そのためには、生産者との密な繋がりが必要だと思うのです」

今の店の規模だと、ニカラグアで1つの生産者、ルワンダで1つの生産者と関係を築くことで精一杯。だが、店が拡大して消費量が増えれば、もっとたくさんの生産者と繋がれるようになる。一見すると相反するようにも思えるが、野村さんが取り組むマニアックなコーヒー店の在り方が、巡り巡って持続可能なコーヒーカルチャーの形成につながっていくのかもしれない。

■野村さんレコメンドのコーヒーショップは「haru.」

「ご夫婦で営業している名古屋・川名のカフェ『haru.』をおすすめします。コーヒーを担当しているご主人は、扱う商品もスタッフの技術も日本トップレベルのコーヒー店である『丸山珈琲』出身。コーヒーのいい部分だけをほんのりと出して、悪い部分を出さない、バランス感覚に優れた一杯を淹れてくれます。コーヒーの能力は非常に高いのに、やっていることはカフェという、誰でも気軽に立ち寄れる営業形態。こういった、おいしいフードやスイーツの中にレベルの高いコーヒーを潜ませている点は、非常に興味深いですし、応援しています」(野村さん)

SHRUB COFFEE NAGOYAのコーヒーデータ】

●焙煎機/プロバット「GN12」半熱風式12キロ

●抽出/エスプレッソマシン(ラ・マルゾッコ GB-5-2)

●焙煎度合い/浅煎り~深煎り

●テイクアウト/あり

●豆の販売/100グラム600円~

取材・文=大川真由美

撮影=古川寛二

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抽出はエスプレッソのみ。テイクアウトの利用も多い「SHRUB COFFEE NAGOYA」