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 量子力学の分野は奥が深いというか難しいのだが、「シュレーディンガーの猫」という言葉は聞いたことがあるだろう。

 超簡単に説明すると、箱の中に猫と毒ガスを入れて、毒ガスが発生する割合が50%とした場合、箱を開けるまでは、生きているか死んでいるかわからない、世にも奇妙な状態にある猫のことだ。

 チューリッヒ工科大学の研究チームは、それと同じ状況を振動する結晶と量子ビットを利用することで再現。見事に生きていながら、死んでいる状況を作り出すことに成功した。

 その量子の猫は原子や分子より数十億倍も重く、これまでで一番太ったシュレーディンガーの猫であるという。

 『Science』(2023年4月20日付)に掲載されたこの研究は、私たちが普段暮らしている巨視的な世界で量子効果が消えてしまう理由の解明につながるほか、技術的な応用も期待されるとのことだ。

 

【画像】 生きながら死んでいる量子の猫「シュレーディンガーの猫」

 物理に興味がない人でも一度は聞いたことがある有名な「シュレーディンガーの猫」は、オーストリア物理学エルヴィン・シュレーディンガーが考案した次のような思考実験だ。

 まず外からは中身が見えない箱に、猫・放射性物質・検出器・毒ガス装置を一緒に入れておく。

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 このとき放射性物質の原子が崩壊すれば、それによって生じた放射線が検出されて、毒ガスが発生するようになっている。

 そうなれば哀れな猫は死んだろう(そんなの耐えられないと言うならば、シュレーディンガーの猫を助ける方法だってある)。

 だが量子力学によるなら、原子の崩壊とは”確率的”な現象であり、実際に箱を開けて観測してみるまで崩壊したかどうかは不確定だ。

 つまり、箱を開けるまで猫は「生きている状態」と「死んでいる状態」で同時に存在することになる。常識的にはちょっと考えられない世にも奇妙な猫が誕生してしまうのだ。

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量子ビットで量子の猫をシミュレーション

 現実には、量子効果は極小の世界で生じるものなので、本物の猫でシュレーディンガーの猫実験を試すことはできない。

 そこでチューリッヒ工科大学のチュ・イーウェン教授らは、猫の代わりに「振動する結晶」を、放射性物質の原子の代わりに「超電導量子回路」を使って、シュレーディンガーの猫を再現してみることにした。

 この回路はいわゆる「量子ビット」を扱うことができ、「0」と「1」のほか、「その両方が重ね合わさった状態」をとることができる。

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 この実験で検出器や毒ガスの代わりになるのが「圧電物質」だ。

 これは、結晶が振動して形を変えるときに電場を作り出す。その電場は量子ビットの電場と結びつくので、量子ビットの重ね合わせ状態をそのまま結晶に投影することができるのだ。

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科学史上一番太ったシュレーディンガーの猫を作ることに成功

 この実験の結果、結晶は「上/下」と「下/上」の2つの方向に同時に振動できるようになったという。猫で言うなら、同時に「生きて」「死んでいる」状態にあるということだ。

 その重さはたった16マイクログラムしかない。それでも原子や分子より数十億倍も重く、これまでで一番太ったシュレーディンガーの猫であるそうだ。

 この実験で作られた結晶の振動状態が本当にシュレーディンガーの猫のそれと同じと言うためには、大きな視点で振動の状態を区別できる必要がある。

 つまり振動の「上向きの状態」と「下向きの状態」の差が、熱や量子による結晶の原子の揺らぎよりも大きくなければならない。

 研究チームはそれを確かめるべく、超伝導量子ビットを利用して、2つの状態が空間的にどのくらい離れているのか測定してみた。

 すると原子よりも短い距離ではあったが、2つの状態をはっきりと区別できたという。

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生きている状態(上)と死んでいる状態(下)を同時に再現できる、より太ったシュレーディンガーの猫を作ることに成功 / image credit:: Yiwen Chu / ETH Zurich

本物の猫の大きさではなぜ量子効果が消えてしまうのか?

 研究チームは将来的に、シュレーディンガーの結晶猫をさらに大きくしたいと考えている。

 不思議な量子効果は、本物の猫が生きているような巨視的な世界で消えてしまうが、シュレーディンガーの猫をもっと太らせれば、その謎を解明するヒントにつながるはずだ。

 それはまた、ただ学術的に興味深いだけでなく、技術的な応用も期待されている。

 たとえば、単一の原子ではなく、結晶内の膨大な量の原子で構成されたシュレーディンガーの猫を利用することで、量子ビットに格納された量子情報をより堅牢なものにできる可能性がある。

 さらに重ね合わせ状態にある物体が、外部からのノイズに敏感に反応することを利用すれば、重力波や暗黒物質によるかすかな乱れを検出できる可能性もあるとのことだ。

References:Fat quantum cats | EurekAlert! / written by hiroching / edited by / parumo

 
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物理学者が、これまでで最も太った「シュレーディンガーの猫」を作ることに成功