取材・文・撮影=中野香織

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地域ブランディングが活性化する日本

 ここ40年ばかりのグローバリズムに代わる新しいラグジュアリーの観点では、ローカリティが重要になる。地域に基盤をおくラグジュアリーを創造しようとするとき、製品やサービスの付加価値に根拠を与える要素として、地域全体の個性が視野に入ってくる。

 とすれば、これからのラグジュアリーを考えるときに、地域ブランディングを看過するわけにはいかなくなる。

 現在の日本ではかつてないほど地域ブランディングが活発化している。瀬戸内ニセコはいち早く成功した地域に見えるが、多くの地域は、独自性を活かしつつ長期目線で取り組む必要のある課題として、ブランディングを進めている途上にある。

 ほとんどのケースにおいて、目的はラグジュアリー製品やサービスの価値を上げることではなく、観光・移住・地域創生である。とはいえ、地域のブランディングがうまくいき、地域全体に幸福がもたらされれば、結果として、その土地の製品やサービスの価値にも善き影響を及ぼすことになるのは必至であろう。

 今回、地域ブランディングをまさに現在進行形でおこなっている勢いある自治体のひとつ、富山県を例にとって、地域をブランディングするとはどういうことかを考えてみたい。

 新田県知事は、富山県をその凡庸なイメージから脱出させるべく、株式会社ニューピース代表取締役CEO、クリエイティブディレクターの高木新平氏を富山県のクリエイティブディレクターに任命した。

 新田県知事は2021年から「成長戦略会議」を発足、ウェルビーイング強化による関係人口1000万人の実現を目指して各領域で取り組みを進めていた。2023年2月には、観光・広報政策やクリエイティブ表現を横断的に統一し、富山県のブランドイメージを強化するため、知事自身を本部長とした富山県ブランディング推進本部を設置した。そのプロジェクトをクリエイティブ観点から率いるのが高木氏である。

富山を寿司の聖地にする

中野 富山県のクリエイティブディレクター就任、おめでとうございます。富山のブランディング第一歩として「寿司といえば、富山」というイメージを作ること、と伺いましたが、その理由は?

高木新平さん(以下、敬称略) 富山は世界に誇るすばらしい地域なのですが、イメージ上は、可もなく不可もない県です。これまでも「海のあるスイス」とか「くらしたい国、富山」とか、いろんな発信をしていますが、浸透できているかと言えば怪しいです。事実として、さまざまな都道府県ランキングではどれも真ん中の20番台。ポジションが切れていないのです。ブランドとは、その名前や記号を見聞きした人が脳内で想起するイメージのことです。富山といえば「〇〇」と想起してもらえるような、一点集中作戦、絞り込み戦略が必要でした。

中野 そこに「寿司」を選んだのですね。でも、くどいですが、なぜ、寿司なのですか? 

高木 富山には地の利があります。高低差4000メートルもあります。海越しに3000m級の山が見えるのはレアで、こんな地形は世界に3か所しかないと言われています。イタリアジェノバから見えるアルプス山脈、チリのバルパライソ市から見えるアンデスの屋根、そして富山の雨晴海岸から見える立山連峰です。美食地政学でも、標高差は食の豊かさに直結するとされています。

 たとえば、地球上に魚類は3700種いるなかで、魚が美味しいといわれる日本海には800種いますが、なんと富山湾だけで500種もいるんです。さらに東西の食文化の融合地帯でもあります。だから富山は、どこよりも多様な寿司を楽しめるエリアになれるはずなのです。寿司って高単価なので、いろいろなものの入り口になれますし。

中野 魚、米、ばかりでなく、水、お酒、器、クラフトと広がっていくというわけですね。

高木 まさに。世の中の期待と富山の強みが合わさるところに寿司があるのです。これまでは生産地の富山、消費地の金沢、という認識でした。そのパラダイムも一点突破で変えていけるんじゃないかという目論見もあります。実際、高いレベルのシェフが集まり始めています。ミシュランの北陸版で、2016年から現在にいたる寿司の星数の変化を見ると、石川が9個ずつで変わりませんが、富山が4個から9個に増えました。伸び率が高いし、人口比で見ても、この数は多いのです。

中野 具体的にどのような取り組みをなさっていますか?

高木 これまでも県では、寿司屋をネットワーク化して「富山湾鮨」という取り組みを進めていました。これからは「寿司の聖地」にすべく、世界から寿司をやりたいシェフを呼び集め、富山の魚で寿司を握れる「シェフ・イン・レジデンス」や、寿司に関わるクリエイターを欧州に留学できるようなプログラムも構想しています。つまり、寿司にまつわるシェフやクリエイターをエンパワーすることにお金を使いましょう、という働きかけをしています。

中野 寿司クリエイターを起点に「富山=寿司の聖地」とブランディングするということでしょうか。

高木 そうです。これだけ環境が整っているので、富山は寿司にふりきったほうが遠くまで飛べます。空港名も現在の「富山きときと空港」じゃなくて「富山寿司空港」のほうがいいんじゃないですかという提案もしています。寿司戦略では、「メイド・イン・富山」でやり切れるのです。外のアートを持ってきた観光ではなく、寿司にまつわる技法をシェアする場となり、県全体の寿司レベルを上げていくのです。

中野 SUSHI AIRPORTだと世界中で検索にもひっかかりやすいですね。「きときと」は富山らしい方言ではありますが・・・。世界中の誰が見てもパッとわかることも重要です。

高木 行政って役割上、あちこちにいい顔をしなくてはいけないので、一点にしぼれないのですよ。でもしぼらないとブランディングはできません。金沢は駅を降りると巨大なオブジェがあって、伝統工芸の町とわかります。一方で、富山は駅をおりたときにも何の象徴もない。いっそ、SUSHI―SHINKANSENにしてしまい、駅にものすごく長い寿司カウンターでも置くほうが、外から来た人の印象に残ると思います。

中野 思わず写真を撮りたくなるし、強烈で忘れがたい光景になりそうです。

情報発信し、外に向けて開放することで未来は開ける

中野 逆にブランディングしていくなかでの富山の弱みとは何だと思われますか?

高木 富山に限らずどこの地方でもそうですが、何が世の中的に価値があるのかの判断基準をもてないことでしょうか。魅力があっても当たり前になっているので。

中野 外からの視点で指摘されないと、もともとあるものに何の意味や魅力があるのか、わからないことは多いですよね。内川地区や東岩瀬地区では昔からあったものを活かしたリノベが進み、観光地としても開発されていて、魅力が増した印象です。一方、それによってもとから住んでいた人たちが違和感を覚えているという話も聞こえてきます。

高木 自分たちのわかるものだけがある、というのが「村」の発想なのです。同じような人しかいない村社会よりも、多様性のある環境のほうがイノベーションが生まれます。それがいずれ産業や仕事になる。強烈な警戒心は、インバウンドのようなチャンスをなくしてしまいます。

中野 「村」的な発想は、富山県が他県に比べても、25歳から35歳の女性が県外に出ていっているという成長戦略会議での課題感ともつながりそうです。もちろん、この問題は性別役割的な仕事観や家族観など、さまざまな要因がからんでくるので単純なものではありませんが。情報の流れも要因としてあります。外で起きている楽しそうなことが流れてくるばかりという。

高木 これがイケてる!という情報は東京から入ってくるもので、その逆はあまり経験していないのです。東岩瀬の開発を進めた桝田さんらは自分たちで価値発信しています。それを見て、クラフト作家やシェフなど外から集まってきています。そういう自発的な流れをもっと作ったほうがいいですね。

中野 クラフト作家を集めるといえば、住んでいる人だけに固執しない、「関係人口」1000万を掲げていますね。

高木 住む人だけではなく、富山に旅したり、一時的に仕事したりなど、何らかの形で関わってくる人の数が関係人口です。ぼくは「SUSHIを起点に幸せ人口1000万」を掲げています。そのためにはいろんな才能が集まったり、関わったりしてくれなきゃいけないのですが、それを富山の人が警戒するというのはよいことではないですね。いろんな人が入ってくる状態にするしかないのです。慣れていただかないと、未来はないのです。

中野 多拠点居住の人を受け入れることにもつながれば、開放的になり、若い女性が出ていってしまう問題の解消にもよい影響を及ぼしそうです。閉鎖的な環境は安心感をもたらすこともあるとは思いますが、一方で息苦しさや閉塞感につながると思うので。

高木 富山の有名な工芸ブランド「能作」の会長もたしか福井から来た方だし、「アジアのベストレストラン」60位にも登場した「レヴォ」の谷口シェフも大阪の人です。内川を開発した明石さんも尾道から来ています。そのほかの場所も、一度、東京や海外に出た人が関わることで面白い場所になっているという現実に目を向けた方がいいですね。

日本は安全確実なオペレーションでブランディングできる

中野 石川、富山、福井を含む広域のブランディングは考えていらっしゃいますか?

高木 「北陸」というくくりでいいですね。ただ、組むときって力が拮抗しないと対等に組めないと思っていて。ブランドとしては北陸のなかでは金沢が突出していますので、富山がブランド化していく必要があります。北陸ってどこか北欧的ですよね。富山は日本のスウェーデンと呼ばれることもありますし。気候的にも近いですし、富山はウェルビーイングの先進地域で、福井も近いことを言っています。北陸は日本の北欧のようなポジションをとればいい。三国で、「北北(ほくほく)同盟」って勝手に言ってるんですが。

中野 「富山は日本のスウェーデン」って井出栄策さんの著書のタイトルでもありますね。公教育の水準の高さ、貧困の少なさ、待機児童ゼロなど「豊かさ」の水準が高いということで富山をスウェーデンになぞらえた本です。「北北同盟」、社会がめざす方向としても語感的にも、相性はばっちりですね。では、地域のスケールを超えて、日本全体を世界にブランディングしていくとしたらどうでしょう?

高木 個人的には、日本に来てもらうのは食・文化、出ていくのはオペレーションと考えています。食はハイエンドから町の定食屋までレベルが高いので、食を起点とした文化で売れます。

 ただ、これは大きい産業にはなりにくいです。大きい産業で考えるとすれば、オペレーションでしょうか。たとえば日本のタクシーは世界一です。新幹線のオペレーションも圧倒的に優秀です。巨大な渋谷駅の工事を2日間でやってしまうというオペレーションなんて、世界広しといえど日本にしかないでしょう。技術の発明では勝てないかもしれないですが、それを運用するのは日本が得意だと思っています。この運用技術を世界に輸出したら、需要があります。

 たとえるならば、日本は世界の「アクセンチュア」を目指すのです。空港のオペレーションなども、日本人が行って教育するのです。空港、駅、タクシーといった主要交通のオペレーションを握るって外交上、強いですよね。

中野 斬新です。オペレーションでブランディングするという発想がそもそもありませんでした。実際、日本の鉄道は世界で最も時間に正確という定評があって、その強みに基づいた国際規格も規定されていますね。日本はこの分野で国際的なリーダーシップをとっていける、というか、すでにとっているといっていい。鉄道事業者が海外展開して世界のリーダーになるという可能性はきわめて大きいように思えます。

高木 オペレーションを通じて、安全を売るのです。「セコム」とか「コマツ」など、強いですよね。「日本=安全」というブランディングができます。

中野 「日本=安全」というキーワード、それこそ「外」の視点だからこそ見える長所ですね。日ごろ、それこそ空気のように「安全」に浸りきっているので意識的に見えてはいませんでした。日本を世界に売るといえば、アニメ、原宿、和の伝統というコンテンツになりがちでした。来日するファッションデザイナーも、相変わらずそのあたりを絶賛していきますし。

高木 コンテンツは正直、韓国が圧倒的ですよね。中国もすごい勢いです。ゲームはまだ日本が強いですが、それで大きな日本を支えられるのかというと、僕にはわかりません。そういった意味でも、各地域の経済がそれぞれ自立するのが大事になってきますよね。

中野 富山、北陸、日本、と地域ブランディングの現在進行形の計画はじめ、構想やアイディアまで伺ってきましたが、地域ブランディングをおこなうにあたって、最も大切なことは何でしょうか?

高木 いろいろありますが、まずは外の目線でシンプルにとらえなおすことでしょうか。たとえば、香川県はある意味、振り切っていますよね。「うどん県」。あれくらいわりきるのは大事です。そういうおもしろい発想をする地域に行きたいじゃないですか。

 富山を「寿司の聖地」と言うと、行政は山側で暮らす人が「それは海側の文化や」って言うことを心配するんですけれど、世界の人から見たら、車で一時間もいけるところなんて「ほぼ海沿い」ですよ(笑) 。そんなふうに世界目線で、俯瞰した目線で見ることが大切です。外の目線から見た価値で絞りなおす、そこからブランディングが始まります。

中野 ありがとうございました。地域ブランドが確立すれば、多くの人やエネルギーが集まり、観光・移住・地方創生に好循環をもたらすことが期待できます。地域全体が幸福になる結果として、地域で生み出される製品やサービスの付加価値を堂々と上げる基盤が創られるとも思っています。高木さんの今後のブランディング戦略に注目していきます。

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