この数年に渡って、VTuber~バーチャルタレントシーンを先導してきた事務所といえば、にじさんじホロライブのふたつが代表的な存在として挙げられるだろう。

 キズナアイ輝夜月ミライアカリ電脳少女シロらがバーチャル四天王と言われていたころからはすでに大きな変遷を辿っている。このことは、シーンに長くいる方ならばご存知であろう。

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 そんな二大事務所がシーンを牽引するなかで、三番手・四番手の事務所・プロジェクトとして目されているのが、FPSプレイヤーやそのシーンとの親和性が高い「ぶいすぽっ!Virtual eSports Project)」と、2019年6月ごろから本格的に活動をスタートした「ななしいんく(旧:774 inc.)」のふたつである。

 本稿では改めてふたつの事務所のこれまでの活躍や目下の状況、そしてシーンにおける現在位置をまとめてみようと思う。

 まずは「ぶいすぽっ!Virtual eSports Project)」に関して。

 2018年10月11日に花芽すみれ、花芽なずなの2人がデビューしたことから端を発する同プロジェクトは、2020年7月7日に現在の名称へと変わり、現在17人のメンバーが活躍している。

 同プロジェクトについては以前筆者が執筆した記事の中でも触れているので、これまでの来歴などについては軽く触れるのみに留めたい。

 重要なポイントは、2022年末にぶいすぽっ!の運営会社であった株式会社バーチャルエンターテイメントが、株式会社Brave groupとのM&Aにより経営統合されたことだ。Brave groupは他にもVTuber事業やVR事業を手掛ける会社を複数保有しており、

SuperYellow株式会社:RIOT MUSIC/StarryResonance運営
株式会社バーチャルエンターテイメントぶいすぽっ! Virtual eSports Project運営
MateReal株式会社:Palette Project運営
And Epoch株式会社:MUGEN LIVE運営
株式会社MetaLab:メタバース事業
株式会社Game & Co.:e-Sports関連事業・オンラインスクール事業

 これら関連事業の一部として、ぶいすぽっ!は組み込まれているわけだ。

 ぶいすぽっ!所属メンバーらを含めた関連チャンネル登録者数は合計500万人を越えており、チャンネル登録者数でいえばホロライブにじさんじに次ぐ多さを誇っている。

 始動したタイミングや在籍人数の違いが大きな影響を与えているとはいえ、FPSなどのジャンルを中心にしたゲーム配信で人気を集めており、ストリーマーシーンとのかかわりが深いこともあってその人気はいわゆる“VTuberファン”に留まらない。

 以前の記事ではぶいすぽっ!がスタートした「研究生制度」について触れたが、あれから2ヶ月経った現在、Brave groupによる全プロジェクト対象の総合オーディションが4月10日からスタートすることが発表された。さらには新VLiver事業「HareVare(ハレバレ)」の始動と第一期生オーディションが同時開催されることが明らかになっている。

 ホロライブがかつてコラボレーションした日清「カレーメシ」など、ぶいすぽっ!メンバーを中心にコラボ商品・事業も複数展開されており、順風満帆にも見えるぶいすぽっ!及びBrave group。ぶいすぽっ!以外のグループ、「RIOT MUSIC」「Palette Project」といった音楽に強みのあるVTuber事業も大きなブレイクに向けて目下活動中であり、「StarryResonance」や先にも述べた「HareVare」といった新規事業がスタート予定。今後の期待値などを含めれば、「まだまだこんなもんじゃない」というところだろうか。

 また、VTuberのタレント事業だけではなく、2023年1月には同グループ会社の株式会社MetaLabからメタバース構築エンジン「Brave Engine」がリリースされた。続く4月にはメタバースの学校「MEキャンパス」を開校している。

 これらの事業はまだスタートし始めたばかりだが、こうした動きからはメタバース空間やアバターを活用するという環境や状況を、若年世代から根付かせようというBrave groupの狙いがみえてくる。「メタバースやバーチャル空間にも“目くばせ”している」というレベルではないのだろう。

にじさんじホロライブが見せるVTuberタレント事業に大きな注目が向けられがちであるが、ぶいすぽっ!運営元であるBrave groupは他2社とは違った視点を持った事業展開を目指しているといえそうだ。

・“にじさんじの妹分”、有閑喫茶あにまーれの活動から垣間見えていた窮状

 次に記していくのは、ななしいんく(旧:774 inc.)について。ななしいんくについては、今年に入ってかなり激しく揺れ動いている状況にもフォーカスしていきたい。

 2018年6月1日に「有閑喫茶あにまーれ」が活動開始、にじさんじを運営していた当時のいちから株式会社が制作に協力し、「にじさんじの妹分」と呼んだことでも話題を集めた。彼女らの活動を皮切りに、「ハニーストラップ」「ブイアパ」「シュガーリリック」「緋翼のクロスピース」と1年に1グループがデビューしてきた。

 以来、それぞれのグループを運営してきたのは774 inc.であったが、2023年1月7日に「ブイアパ」の解散を発表すると、2か月後の3月21日から全5グループ・全所属タレントを統合し、現在の「ななしいんく」とすることが発表された。

 活動5年目を迎えたなかでの突然の変化に、長きに渡ってシーンを知っているファンにとっては寝耳に水だったかもしれない。だが過去の配信を通じて、ななしいんくの窮状は公になってはいたのだ。

 筆者が「まずいかもしれない」と感じたのは、ちょうど1年前となる2022年5月10日因幡はねるあにまーれのメンバーを集めておこなった配信を見たときだ。

 この配信で話されたのは、2022年6月18日に開催予定であった『AniMare 4th Anniversary あにまーれ学園祭!』にまつわることだった。なんと、この4周年イベントのチケットが「全然売れていない」ことが明らかになったのだ。

 因幡はねるによれば、5月2日の告知から10日ほど経った時点での販売数が、3周年イベントの告知初日に売れた販売数を大きく下回り、この配信の前日の販売枚数は5枚。なんと、配信時点でのチケット総販売枚数は全部で243枚と、危機的な状況。

 これは赤字どころの騒ぎでなく、因幡はねるが「はねるがデビューした時のイベントよりも少ないです」とはっきり口にするレベルだった。

 配信序盤こそ、リーダーでもある因幡はねるが「笑いごとじゃないよ!」と牽制し、それがお笑いのフリのようになっているが、配信時点のチケット販売数が発表され、改めてその窮状を知ると、リスナーどころか集まったメンバーすらも真っ青になった。

 この後、配信に集まったリスナーからもアイデアを拾いながら、集まった7人から改善案が次々と提案されていった。そもそも「イベントが開催されること自体を知らなかった」というコメントが多くあがったのをきっかけに、「何日にやるか」「チケット発売はいつか」「値段はいくらか」という基本情報が周知されてなかったことが判明。「いったい何をするのかわからないのにチケットは買えない」という声もあがるなど、二重・三重での障壁があったことがわかる。

 「イベントチケットをどうやって売っていこうか?」と頭を悩ませる7人のメンバーだが、結果的に“この配信自体がひとつの宣伝”ともみれるようなドキュメンタリータッチな内容となったことで、この配信中・配信後にチケットが販売されていったようだ。

 また、半年後となる2022年12月3日には立川ステージガーデンで『ななしふぇす2022"JUMP!"』開催されたが、この際も「チケットの売り上げが厳しい状況」であることが因幡はねるの口から明らかになった。

 もちろん、新型コロナウイルスの流行による影響も大きく、2020年から2022年の間でリアル会場でのイベント開催どころか、業界全体として小規模な3Dイベントすらも開催中止・断念していたことは無視できない。

 しかも、11月11日から数日のうちに宗谷いちか瀬島るい季咲あんこ不磨わっと、紫水キキ、涼海ネモ、大浦るかこ日ノ隈らんと、所属タレントが次々にコロナウイルスに罹患してしまった発表され、これがチケット販売に大きな影響を与えたのだろう。

 そこから年が明け2023年にはいると、高い人気を誇っていた小森めとぶいすぽっ!へと移籍、彼女が所属していたブイアパは解散。先述したように、その2か月後には残った全グループ・全所属タレントが統合され、大きな再編を迎えることになったのだ。

・4月以降も落ち着かない状況が続くが、それでも前を向くタレントとライブへの期待

 4月に入ってからは、不安と期待が綯い交ぜになったニュースが続くこととなる。

 不磨わっとの活動引退、瀬島るいの誕生日ライブの中止・活動休止発表など、数年に渡って活動してきたメンバーが次々と離脱を発表した。

 ファンにとってなによりショックだったのは、『周防パトラ Solo Live “kawaii holic ahibuya”』の開催にあたって、運営スタッフの不備により本来のクオリティに届かない状態での開催になるとして、本人が謝罪を口にしたことだろう。

 4回目のソロイベントで、「Spotify O-EAST」とこれまでにない規模の会場でおこなわれるライブを楽しみにしていたなかでのこの一報は、リスナーはもちろんパトラ本人も大きなショックを受けたようだ。その後には配信枠を設け、彼女自身の口から説明がなされた。

「この間のリハをみて、(やろうとしていて)出来ていなかったことが発覚しました。きちんと運営さんからパトラにも謝罪がありました」
「いまからでもクオリティを向上できるよう改善案を提案してくれたり、本来ならリハーサルスタジオではできないと言われたものができるようになったり、舞台を良くしてくれています。厚かましいかもしれないですけど、ぜひ見てほしいと思ってます」

 リスナーはもちろん、パトラ自身も不安であろうなかで非常に前向きなコメントを残している姿には頼もしさを感じずにはいられない。後日のリハーサルでも目まぐるしく変わったステージを褒めつつ、報告後におこなわれた彼女の配信では「Pantera」「Megadeth」「METALLICA」など“メタル魂”全開でギターをかき鳴らしていた。まるで鬱憤を晴らすかのようであり、筆者もおもわず見惚れてしまった。

 この一連の流れを見ていると、「運営スタッフが上手く動けていないのでは?」と感じる方もいるだろう。

 活動休止をアナウンスした瀬島るいがコメントした「周防パトラさんのソロイベントの準備がままならない状況で、自身の3Dライブを実施することがどうしても受け入れられなかった」という内容は、運営スタッフの内情を慮る気持ちとしても読み解ける。

 ななしいんくのメンバーといえば、ここ数年はテレビ番組『ガリベンガーV』を中心にテレビ出演も多くこなしており、こういったタレント業務に不得手ではないのは明らか。だが、一方で運営側に目線を向けてみると、先述したようなコロナウイルスの影響とその対処に追われ、イベントの告知などでどうしても後手に回ってしまった部分があるのだろう。

 そこにグループ統合が加わったことで、2023年に入った現在もバタバタとした状況が続いており、ファンの期待を大きく裏切ってしまった……といったところだろう。

 だが、ななしいんく周辺がいつもネガティブなニュースばかりではないことも付け加えたい。

 おなじ4月には「天羽衣」「いなうるう」「日向ましゅ」と新人タレント3名がデビューを果たし、初々しい姿を見せてくれている。

 そこに加え、オンライン3D無料ライブ『NANASHI Sing up vol.1-Sparkle-』が5月に、6月と7月には2か月連続のライブイベント『太陽と月とエトワール』が開催と、3か月に渡ってライブイベントが続くことが発表された。『太陽と月とエトワール』に関しては、ライブ会場が「Spotify O-EAST」と「Zepp Shinjuku」であることも明らかになり、力の入ったイベントになりそうだ。

 こうして直近のニュースや過去数年の流れを振り返ってみると、ななしいんくの周辺はポジティブなニュースとネガティブなニュースとが混ざり合った状況であることがよくわかるだろう。リスナーだけでなく、所属タレントからも不安な声が上がってしまうほど、ななしいんくはいま激動の時を迎えている。

 ここ何年かにわたってマイナスな出来事が重なるなか、ファンの不安を一発で吹き飛ばすようなビッグニュースが急に現れるとは思えない。だが、現状のドタバタとした状況が落ち着いた先に、ななしいんくの快進撃が訪れることを期待して見守っていきたいところだ。
(文=草野虹)

プレスリリースより