美大在学中から音楽活動をスタートしたシンガーソングライター・小林私が、彼自身の日常やアート・本のことから短編小説など、さまざまな「私事」をつづります。今回は、オフの日の茨木ひとり旅の話です。

三月はやけに忙しく、四月もやたらと忙しくなりそうな予感を抱いた。このままではただバタバタしただけで終わってしまうという焦りを感じ、適当な空いている月、火、水の三日間を休日ということにした。

元々は暫く行けていないキャンプでも行くつもりだったのだが、前日になったらなったで、翌日にテントを立てている自分が想像出来なかった。

ということで、茨城は大洗に向けて車を走らせていた。以前も連載で栃木旅行について書いたのを思い出す。あの時は片道二時間程度の運転で到着出来る、適当な場所...と思って何の目的もなく栃木に向かったのだが、今回も同じである。

一つ違うのは、栃木で遭ったようなハプニングがまた起きて、エッセイのネタにでもなればいい、そんな下心がないわけではない、という点である。なにか起こってくれ!

行きの車では何事もなく、三車線に跨る大きな鳥居をくぐった先のホテルに到着。部屋は畳張りで大きな窓があり、真正面には海が見える。一人旅で見るには少々勿体ないくらいの景色だ。灯台らしき古びた塔がぽつんと建っていて、ふらふら歩いている人が数人。良い、非常に良い。あとで行こう。

部屋に少々の荷物を置いて、付近の施設を調べる。徒歩圏内には博物館、水戸の方まで行けば茨城県近代美術館や科学未来館などもあるらしい。が、しかし、思いつきで来てしまったが故、どこも空いていない。月曜はどこもかしこも閉館らしく、まあ明日起きてからと思い直し、あとで行くつもりだった海岸にはすぐ行くことになった。

海は案外磯の匂いが薄く、砂ではなくこぶし大のやたら丸い石がゴロゴロ転がっていた。どの石を見てもやけに丸く、荒波に何度も洗われて角が削られているような、まさしく大洗という地名の由来に思いを馳せさせる。調べたら実際そんなようなことらしい。へー。

灯台のような塔は調べると実際に灯台らしく、検索に出てきた写真よりも目の前の塔はかなり錆びきっている。振り返るとやはり大きな鳥居が目に入り、どうやら少し歩けば神社にも行けそうだ。

大洗磯前神社(いそさき、と読むらしい。いそまえだと思っていた。)に向かう坂を登る途中に赤い小さな鳥居があった。なにか違和感を感じてよく見てみると、柱に書かれている「奉納」の字が手書きだった。特に「納」は明らかにサインペンのようなもので書かれている。まあ、全然良いのだけど、妙な可笑しさがある。

道中のアスファルトは薄いのか、近くの木々の根っこが這い回ってヒビを入れていて血管のようになっている。

こんなことを細かに覚えているのは、神社では何も起きなかったからだ。他に覚えていることと言えば、顔がボロボロになった狛犬(のような像)にあの丸っこい石がこれでもかと積まれていたことぐらい。神社や寺にある台としての機能がある場所には例外なく何かしらが積んである。

そういえば積んでいる最中の人間を見たことはない。いったい誰が積んでいるんだろう。そういう集会があるんだろうか。仮に積むのが正解として、出来立ての神社の台という台にアイスクラッシャーとして幾つか積んでいる関係者とかいるのだろうか。

こんなどうでもいいことを書いてしまうくらい何も起きなかった。

すごすごとホテルに戻り、夕食の会場に行く。一人旅のときは大抵素泊まりで付近のコンビニで済ませてしまうのだが、キャンプに行かなかった分、忙しい分を取り戻すかのように朝夕飯付きのプランにしてしまった。しかもビュッフェ形式。グルメでなく小食だから、意味がない。栃木の時も似たようなことを書いた気がする。

腹をパンパンにして部屋に戻る。大浴場もあるらしいが、入らない。部屋に風呂がついているからシャワーで済ませられる。

この歳になって気付き始めてきた、大浴場って全然好きじゃない。風呂は入るまでが面倒だが入ってしまえばどうということはない、という人もいるが、全然そんなことはない。面倒くさいなと思いながら入って面倒くさかったなと思いながら出る。

大浴場、銭湯、温泉はその面倒くささに加えて「せっかく来たのに汚れを落とすだけでいいのか?」とプレッシャーを与えてくる。だから露天風呂で何故か外気を浴びる羽目になったり全然入りたくないサウナを覗いてしまったりする。そもそもサウナってマジでなんなんだ。意味が分からない。最近の流行りだから、と試してみていい類の遊びじゃない。ふざけやがって...と、そういう気持ちにさせてくる。

しかし、今日は部屋に風呂がついている。俺は堂々と汚れを落とすだけの作業をする。人間を舐めるな

二日目の朝。昨日はどこにも行かず、何も起きなかった。しかし今日は幾つかの施設も空いているはずだし、昨日よりは何か出来るし何か起きるだろう。まず、一番近くの博物館は土日祝のみの営業だったので割愛。まずは美術館、それから水戸市でも少しうろついて土産でも買って、休みはもう一日あるからどこかでもう一泊してもいい。

大洗から水戸へは車で約30分ほど。どの地方に行ってもほぼ同じような景色の道路を経る。広い真っすぐな道路の両サイドに駐車場がやたらと広い店が立ち並んでいる。こうしないといけない決まりでもあるんだろうか。

そんなことを考えながら茨城県近代美術館に近付いていく。月曜は惜しくも休館。祝日でもなかったから振替休日ということもない。なのに、何故だろう。白い立て看板に赤い字で「本日休館」と書いてある。原稿を書く傍ら調べたところ、2023年度の臨時休館だったらしい。その次の臨時休館は9月。何故、何故なんだ。

完全に旅のやる気を失くしてしまった。端からあってないようなものだったが、これにより0。完全に0だ。適当な道路沿いの土産屋にでも寄って帰ろう。インター付近の土産屋が近そうだ。

少し車を走らせると、コンビニとドライバーの休憩所を兼ねている道の駅がある。車を停めて入ったのも束の間、バスから降りてきた観光客がどっと押し寄せてきた。最悪だ。トイレを借りたつい5分前までは、ほとんど貸し切りだったのに。

肝心の土産ものもなんか、変なのしかない。干し芋、梅、野菜、干し芋、納豆、干し芋干し芋......干し芋で埋め尽くされた干し芋コーナーすらある。いくらなんでも干しすぎだ。

幾つかの土産を買って外に出る。小腹が空いたが、ご飯処は予約の団体客しか受け付けていないらしい。流石にコンビニで済ませるのも癪で、調べると近くに蕎麦屋がある。もうなんか、何でもいい、そこに行こう。

天もりそばを頼んだ。結論から言うと蕎麦は凄く美味しかった。天ぷらもアツアツで最高だった。だがアツアツすぎて口内を強く火傷した。上あご付近の皮膚がべろべろだ。インター近くの道の駅まで来て良かった。すぐ帰れるからだ。

こうして、無事故・無事件・無施設・無探訪口内火傷皮膚べろべろ男の旅は終わった。

ザ 茨城無探訪/※本人提供写真