「日の丸半導体」は復活できるか

 1980年代、日本の半導体産業が半導体の世界シェアの過半を占め、世界を席巻した。

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 その当時、米国は30%台、アジア諸国はわずか数%に過ぎなかった。

 1980年代中頃にはDRAMダイナミック・ランダム・アクセス・メモリ)市場ランキングのトップ5を、日本電気(1位)、日立製作所(2位)、東芝(3位)、富士通(4位)、三菱電機(5位)の日本企業が独占した。

 多くの日本人は、彼らを「日の丸半導体」と呼び、強い日本経済の象徴として誇らしく感じていた。

 しかし、「日の丸半導体」のあまりの強さは、米国との貿易摩擦にまで発展し、日米半導体協定などをきっかけとして、成長にブレーキがかかる結果となり、結局のところ「日の丸半導体」は凋落した。

 日本が凋落した理由については、拙稿「半導体逼迫:TSMCはなぜ強いのか、日本が凋落した理由とは」(2022.6.29)で述べているので、本稿では割愛する。

 さて、2021年の半導体国別市場シェアでは、1位米国54%、2位韓国22%、3位台湾9%、4位は欧州と日本が6%、6位が中国の4%である(出典:米市場調査会社IC Insights)。

 このままいくと将来的に日本のシェアは0%近くになってしまうのではないかとも危惧される。

 翻って、半導体を巡る世界情勢を見ると、今、米中が国家の命運を懸けた半導体戦争の只中にある。

 米国は、7兆円の補助金で半導体工場の国内建設を後押しし、安全保障にも欠かせない先端半導体の技術で世界をリードしようとしている。

 対する中国は10兆円以上の基金で、半導体の技術開発を加速させている。

 米中の狭間で、「どうする日本」である。

 エルピーダの失敗もあり日本政府および企業は重い腰を上げようとしない。

 エルピーダは、1999年に韓国勢との安値競争に敗れたNEC日立製作所DRAM事業を統合し、そして2003年に三菱電機DRAM事業を統合し、「日の丸半導体」復活の担い手と期待された。

 しかし、2012年に経営破綻し、2013年に米Micron Technology(マイクロン・テクノロジー)に買収された。

 原因は資金不足などであったとされる。ちなみに、エルピーダはギリシャ語の“希望”を意味する。

 そのような中、2021年5月21日自民党の半導体戦略推進議員連盟の初会合で甘利明会長は、会合冒頭、「日本にとって半導体戦略は今後の国家の命運を懸ける戦いになる」と発言した。

 その後、日本の半導体を巡る状況は大きく動いた。

 主要な事象は次のとおりである。時系列に沿って述べる。

 2021年10月15日TSMC(台湾積体電路製造)が、日本国内で初めてとなる新工場を建設し、2024年の稼働開始を目指す方針を発表した。

 2021年11月15日経済産業省の「半導体・デジタル産業戦略検討会議」が「わが国半導体産業復活の基本戦略」を公表した。

 同戦略では、足下から2030年代までの支援策をIoT(モノのインターネット)用半導体生産基盤の緊急強化(Step:1)、日米連携による次世代半導体技術基盤(Step:2)、グローバル連携による将来技術基盤(Step:3)の3段階で進める政府の基本戦略が示されている。同戦略の詳細は後述する。

 2021年12月6日、特定高度情報通信技術活用システムの開発供給および導入の促進に関する法律(以下、5G促進法という)および国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構法(以下、NEDO法という)の一部を改正した。

 高性能な半導体等の生産施設整備および生産に関する計画認定制度を創設した上で、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)に設置する基金から、計画実施に必要な資金の助成金の交付を行うという支援スキームが整備された。

 2022年8月10日、主要8社が出資し、2ナノメートル(ナノは10億分の1)(以下、nmという)以下の最先端ロジック半導体の開発・量産を行うことを目指し、ラピダスが設立された。ちなみに、ラピダスはラテン語の“速さ”を意味する。

 以上のように、一通り「日の丸半導体」復活の体制・態勢が整った。

 資金的支援についても、萩生田光一経済産業大臣は、2021年12月20日参議院経済産業委員会で官民合わせて1兆4000億円を超える投資を行っていくとしている。

 ところが、米中と比べると、日本の支援額はあまりにも小さい。

 台湾の民間企業であるTSMCの年間設備投資額は、ここ数年で平均して300億~400億米ドル(1ドル=131円換算で3兆9300億~5兆2400億円)の投資をしている。

 今後、日本政府の資金的支援がどの程度増えるか、どの程度継続されるかが注視される。

 では、本当に「日の丸半導体」は復活できるのであろうか。

 台湾の著名なアナリスト集団は、「ラピダスは2nm半導体を量産できるか」という問いに対して、「技術的には可能だろう。ただし収益性のある量産の実現はまだ難しい」と答えている。回答内容の詳細は後述する。

 さて、本稿は「日の丸半導体」の復活はできるのかという観点で、関連する事柄について取り纏めたものである。

 初めに半導体産業支援のための法整備について述べ、次に半導体産業の「復活」に向けた政府の基本戦略とその現状について述べ、最後にラピダスに関する台湾アナリスト集団の分析について述べる。

1.半導体産業支援のための法整備

 本項は、内閣委員会調査室柿沼重志氏著「我が国半導体産業の現状と課題~半導体支援法、経済安全保障推進法等による「復活」への道~」を参考にしている

「新しい資本主義実現会議」(議長:岸田文雄内閣総理大臣)が、2021年11月8日に取りまとめた「緊急提言~未来を切り拓く『新しい資本主義』とその起動に向けて~」(以下「緊急提言」という)では次のように説明されている。

「日本は先端半導体の輸入依存度が高く、先端半導体の製造能力を有していない」

「最先端半導体の受託製造でトップシェアを誇る台湾企業の日本進出は、日本の半導体産業の不可欠性と自律性を向上し、安全保障に大きく寄与することが期待される」

「こうした先端半導体の国内立地の複数年度に渡る支援、必要な制度整備を早急に進め、強靱なサプライチェーンを構築する」

 これを受け、2021年12月6日、「5G法促進法及びNEDO法の一部を改正する法律」が、第207回国会(臨時会)において成立した。

 これにより、高性能な半導体等の生産施設整備及び生産に関する計画認定制度を創設した上で、NEDOに設置する基金から、計画実施に必要な資金の助成金の交付(補助率は最大で2分の1)などを行うという支援スキームが構築された。

 なお基金創設のため、2021年度補正予算に6170億円が計上された。支援スキームの全体像は、次の図表1のとおりである。

図表1:特定半導体生産施設整備等計画の申請・認定に関するフロー

 この支援スキームの意義について、萩生田経済産業大臣は参議院経済産業委員会(2021年12月20日)において、次のように答弁している。

「現在、我が国では40nmまでのロジック半導体しか作れないが、この法律で設ける新たな支援の枠組みを使い、ミッシングピースになっている先端半導体に係る製造能力を獲得していく」

「これにより、国内製造業の需要に応じて安定的に半導体を供給する体制を築いていきたい。これは半導体産業復活への第一歩である」

 また、「緊急提言」では「サプライチェーン上の重要技術・物資の生産・供給能力などの戦略的な国内産業基盤の確保を推進するため、主要国の動向も念頭に、中長期的な資金拠出等を確保する枠組みも含めた支援の在り方を検討し、早期の構築を目指す」とされた。

 これを受けて、経済安全保障推進法のスキームでは、

内閣総理大臣が策定する特定重要物資に係る基本指針に則り、政令で特定重要物資(半導体など)を指定する。

②物資所管大臣が各物資の取組方針を作成、それに基づく事業者の計画(注1)を認定し、事業者に対して、基金等を通じて、幅広い支援を講ずる。

 経済安全保障推進法のスキームの全体像は次の図表2のとおりである。

図表2:特定重要物資等の安定供給確保のための取組に関する計画の申請・認定に関するフロー

 基金造成のための財源について、小林鷹之経済安全保障担当大臣(当時)は、参議院内閣委員会経済産業委員会連合審査会(2022年4月26日)において、次のように答弁している。

「法案成立後可能な限り早急に特定重要物資の指定を行い、支援に必要な財源の確保を図れるように関係省庁とも連携して検討を進めていきたい」

(注1)民間事業者は、特定重要物資等の安定供給確保のための取組(生産基盤の整備、供給源の多様化、備蓄、生産技術開発、代替物資開発等)に関する計画を作成し、所管大臣の認定を受ける。

2.政府の基本戦略とその現状

(1)復活のための基本戦略

 経済産業省の「半導体・デジタル産業戦略検討会議」が、2021年11月15日に公表した「半導体産業基盤整備緊急強化パッケージ」において我が国半導体産業復活の基本戦略が示された。

基本戦略では、2030年代までの支援策を次の3段階で進めるとしている。

第1段階:IoT用半導体生産基盤の緊急強化(Step:1)

第2段階:日米連携による次世代半導体技術基盤(Step:2)

第3段階:グローバル連携による将来技術基盤(Step:3)

 基本戦略の概要は次の図表3のとおりである。

図表3:我が国の半導体産業の「復活」に向けた政府の基本戦略

 同戦略について、萩生田経済産業大臣は、2021年12月20日参議院経済産業委員会で次のように述べている。

「3つのステップを考えておりまして、まず、ステップ1として、我が国にとってミッシングピースとなっている先端半導体の製造能力を獲得するため国内製造基盤の整備に取り組むこと」

「また、本法案(注2)はこれに位置付けられているものであり、新たな仕組みがつくられた後に速やかに実行していくこと」

「また、マイコンやパワー半導体など物づくりに必要不可欠な半導体製造拠点における設備の刷新支援にも速やかに取り組んでいく」

「そしてさらに、将来的には半導体製造技術において世界をリードしていくことを目指し、現在はまだ実用化していない先進技術について研究開発にも挑戦します」

「すなわち、ステップ2として、2025年以降に実用化が見込まれる次世代半導体の製造技術開発を国際連携にて進めるとともに、ステップ3として、2030年以降をにらみ、ゲームチェンジとなり得る光電融合などの将来技術の開発にも着手をしてまいりたいと思います」

「今回の補正予算案においては、これらの政策をパッケージとして7740億円を盛り込み、官民合わせて1兆4000億円を超える投資を行っていくこととしております」

「先端半導体の製造拠点整備とともに、世界をリードする研究開発も車の両輪として取り組むことで我が国の半導体産業の復活につなげてまいりたいと思います」(発言のURL

(注2)5G法促進法及びNEDO法の一部を改正する法律

(2)現状

ア.ステップ1

 ステップ1では、国内製造基盤の確保を推進する。

 先端半導体の技術を有する外国企業が国内に工場を建設する際、巨額の支援を可能とするよう法的枠組みを整え、複数年度にわたって支援する。

 このため、2021年12月6日に「5G法促進法及びNEDO法の一部を改正する法律」を成立させた。

 2022年6月17日には、先端半導体の製造能力を獲得するため国内製造基盤の整備に向けて、世界最大の半導体受託生産会社(ファウンドリー)である台湾積体電路製造(TSMC)を日本に誘致した。

 TSMCソニーグループおよびデンソーと共同出資するJASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)が、熊本県菊陽町に新工場を建設中で、2023年に建物を竣工、2024年までに車載用や画像センサー向けなどのロジック半導体の生産を開始する予定である。

 日本政府は、熊本県で建設中の工場に4760億円の支援を行うことを決めた。

 TSMCは、半導体の総売上高で米インテル、韓国のサムスン電子に次ぐ第3位の半導体メーカーである。

 時価総額は約60兆円で、日本のトヨタ自動車の2倍近い規模である。TSMCの半導体工場は、回路線幅が22~28nmのロジック半導体を生産する。

 TSMCは、TSMCジャパン3DIC研究開発センター(筑波)を2021年3月に設立している。

 目的は、3次元(3D)実装を含め、後工程の重要性が高まる中、日本の材料/半導体製造装置メーカーや研究機関、大学と連携しながら最先端の3D IC実装の研究開発を行うことである。

 また、TSMCが日本で検討している2番目の工場を熊本県菊陽町付近に建設する方向で調整に入ったと、2023年3月24日付の日刊工業新聞が報じた。総投資額は1兆円以上の見通しだとしている。

 その他、TSMC以外では、2022年7月にはキオクシアと米ウエスタンデジタルとのジョイントベンチャーに対して最大で約929億円、2022年9月には米マイクロン・テクノロジーに対して最大で約465億円の支援を決定した。

 製造基盤の確保を目的としたステップ1について少しずつ足下を固めてきた。

イ.ステップ2

 ステップ2では日米で連携しつつ、微細化などの次世代半導体技術の開発を支援する。

 2022年5月4日、萩生田大臣とジーナ・レモンド米商務長官は、第1回日米商務・産業パートナーシップ(JUCIP)閣僚会議を開催した。

 同会議において、次世代半導体技術の開発を目的としたステップ2に向けて、「半導体協力基本原則」を合意した。「半導体協力基本原則」の概要は次の通り。

 以下の基本原則に沿って、2国間の半導体サプライチェーンの協力を行う。

① オープンな市場、透明性、自由貿易を基本とし、

② 日米および同志国・地域でサプライチェーン強靱性を強化するという目的を共有し、

③ 双方に認め合い、補完し合う形で行う。

 特に、半導体製造能力の強化、労働力開発促進、透明性向上、半導体不足に対する緊急時対応の協調および研究開発協力の強化について、2国間で協力していく。

 2022年11月11日経産省は、半導体協力基本原則に基づいた日米間での共同研究の実施を見据え、日本版NSTC(米国立半導体技術センター)である「技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)」とラピダスを車の両輪として次世代半導体プロジェクトを進めることをニュースリリースにより公表した。

 同ニュースリリースにより、次世代半導体プロジェクトの研究開発拠点と、量産に向けた製造拠点が明らかになった。

(ア)技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)

①次世代半導体の量産技術の実現に向けた研究開発拠点として「技術研究組合最先端半導体技術センター(Leading-edge Semiconductor Technology Center:LSTC)」を2022年12月19日に設立した。

②米国NSTCをはじめ、海外の関係機関との連携を行う国内外にオープンな研究開発プラットフォームを構築し、次世代半導体の量産実現に向けた短TAT(生産の開始から終了までにかかる時間。Turn Around Timeの略語)かつ2nm以細の半導体に係る技術開発プロジェクを組成および実施する。

③国研や大学、産業界一体となって、我が国全体の半導体関連産業の競争力強化を目指す。

 参加機関は、(国研)物質・材料研究機構、(国研)理化学研究所、(国研)産業技術総合研究所東北大学筑波大学東京大学東京工業大学、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構、ラピダスである。

(イ)ラピダス

 ラピダスは日本版の最先端半導体ファウンドリー(製造受託会社)を目指して2022年8月に設立された。

 政府の支援の下、トヨタ自動車NTTなど民間8社が出資する。米IBMの2nm世代のプロセス技術に基づく「ラピダス版」の製造技術を開発し、ロジック半導体の試験(パイロット)生産を2025年、量産を2027年に始める計画である。

 ラピダス版の製造技術は需要拡大を見込む「ハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)」と「スマホの次などを見据えたウルトラローパワー(超低消費電力)」の2つに軸足を置くとされる。

 出資会社(出資額)は、キオクシア(10億円)、ソニーグループ(10億円)ソフトバンク(10億円)、デンソー(10億円)、トヨタ自動車(10億円)、日本電気(10億円)、日本電信電話(NTT)(10億円)、三菱UFJ銀行(3億円)の8社である。

 また、前述したが2022年11月、経産省は「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」のうち、「研究開発項目②先端半導体製造技術の開発」に関する実施者の公募を行い、採択審査委員会での審査を経て、ラピダスの採択を決定した。

 これに伴い、経産省は同社に対し「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」として、NEDOの基金を通じて現在700億円を補助している。

 以下、ラピダスの主要な活動状況を述べる。

a.ベルギー研究機関との連携

 2022年12月6日、ラピダスは、ベルギー半導体国際研究機関imec(アイメック)と最先端半導体技術の長期的、持続可能な協力に向けた覚書を締結した。

 ラピダスの小池淳義社長は「一つの国だけですべてをやるという時代は終わっている」と言い、日本独自ではなくグローバルに連携し発展していくと説明。

 アイメックと組むことで、先端の技術、特に次世代半導体製造に欠かせないEUV(極端紫外線)露光技術などの分野で将来のアプリケーションを含めた研究を進めることが重要とした。

 アイメックのルク・ファンデンホーブ社長兼CEOは日本の半導体バリューチェーンを「素材や装置の開発、モノづくりの面で独特な能力を持っている」と評価。

「アイメックの研究開発と日本のモノづくりというそれぞれの強みを持ち寄り、半導体を最大限に発展させていく」と述べた。

 次世代半導体の設計・製造基盤の確立に向けて、最先端の半導体プロセスの構築や日本からアイメックに技術者を派遣する人材育成など、具体的な連携の内容は今後検討するとされている。

b.米IBMと先端2nm半導体の共同開発で戦略提携

 2022年12月13日、ラピダスと米IBMは先端2nm半導体の共同開発で戦略提携すると発表した。

 両社は、最先端半導体を共同研究・開発すると共に、IBMがラピダスのエンジニアの育成と販売先の開拓などに協力することで合意している。

 次世代半導体の国産化を目指すラピダスは、米IBMと提携し、スーパーコンピューターなどに使う最先端製品の技術提供を受ける。

 経済安全保障上、半導体は最重要の製品だが、国内では先端品を生産できない。

 微細な回路の形成など日本にない技術を米欧との連携で補い、国内で量産できるようにするという。

 ラピダスは、電子機器の「頭脳」にあたるロジック半導体の技術の提供を受ける。

 半導体は回路の幅が細いほど高性能になる。世界でまだ生産技術の確立していない回路線幅2nmの製品の技術のライセンスを購入する。

 IBMは半導体の生産から2015年に撤退したが、研究開発は続けており、2nmの製品の試作に成功している。

 IBMが中心となっている米国の研究機関にも技術者を派遣する。契約料などは明らかにしていない。

 日本には回路の詳細な構造など先端品の量産に欠かせない技術やノウハウがない。

 ラピダスはベルギーの研究機関とも連携することで合意しており、米欧の友好国から技術を導入し、半導体を国内で賄えるようにする。

 量産できればスパコン人工知能(AI)などに使われる見込みだ。

c.北海道千歳に新工場建設

 2023年2月28日、ラピダスは、新工場を北海道千歳市に建てると発表した。また、2020年代後半の量産に向け、2025年に試作を始めることも明らかにした。

 ラピダスの小池淳義社長によると、試作までの研究・開発に2兆円、量産までに3兆円の資金が必要と想定しているという。

 2023年4月7日経済産業省は、千歳市に次世代半導体工場を建設するラピダスに対して3000億円規模の補助金を追加する方向で最終調整に入ったとされる。

 同社が2025年に運転開始を予定している試作ラインの整備を支援し、開発を後押しする。

 NEDOの基金を通じて現在700億円を補助しており、助成額を引き上げる。増額分は近く着工される工場建設費用の一部に使われるとみられる。

3.台湾アナリスト集団のラピダス分析

 本稿は、2023年2月20日に日経クロステックに掲載された台湾に拠点を置くアナリスト集団イザヤ・リサーチ(Isaiah Research)の副社長であるルーシー・チェン(Lucy Chen)氏のインタビュー記事を参考にしている。

 イザヤ・リサーチは、業界の近未来を的確に見通す調査力で高い評価を得ている。

 イザヤ・リサーチの見立てでは、「量産は技術的には可能であるが、歩留まりや生産性を高め、利益を生み出せる水準を達成できるかには疑問が残る」というものである。

(1)2nm半導体の量産が達成可能な理由

 米IBMベルギーimecからの強力な技術的支援や、日本の半導体材料・装置への強みがあるからである。これらの企業の支援によって2nm半導体の量産は可能である。

(2)収益性のある量産の実現が難しい理由

 理由は主に、先端半導体の量産経験不足、資金の不足および先端半導体を必要とする顧客の確保の不透明さの3つである。

ア.ラピダスは2nm半導体の量産経験がない。 

 ラピダスにとっては、2nm半導体の量産に必要な半導体装置や材料を手に入れるのは容易だとしても、一定のスケールメリットを得るにはプロセスインテグレーション(製造工程を組み合わせ、互いに矛盾しないよう製造すること)や生産性の向上に向けた調整など課題が山積みである。

 日本企業の現状の最先端半導体は、ルネサス・エレクトロニクスの40nmである。

 10nm世代以降の半導体を開発するには、FinFET やGAAのようなトランジスタの製造経験が必要となる。

 両技術はリーク電流やエネルギー損失を制御するカギであり、これなしに2nm半導体を高い歩留まり、かつ高性能で量産することは難しい。

 TSMCの3nm半導体を例にとれば、2022年下半期の量産開始時点では、40~50%のかなり低い歩留まりからスタートしている。

 TSMCがより収益性のある75%以上の歩留まりに向上するには、最短でも2023年下半期までかかりそうである。

 対する韓国サムスン電子を例にとれば、同社の3nm世代半導体は2023年2月時点で20~30%の歩留まりとみられ、TSMCより低い数値である。

 高効率で生産するにはまだ時間がかかる。

 両社のような先端半導体で第一線を行く企業でも3nm世代半導体の歩留まり向上には最短1~2年必要であるので、ラピダスの2nm半導体は言うまでもない。

 2nm世代半導体の基本構造として、GAAFET(Gate All Around Field-Effect Transistor) が挙げられる。

 GAAは部分的には前世代のFinFET(Fin Field-Effect Transistor)から製造する。

 ラピダスにとっては、GAAあるいはFinFETの量産技術ノウハウを得ることが重要になる。

筆者追記:微細化を進めると必ず問題が発生し、それを解決するためにトランジスタ(半導体デバイス)の形状も変化してきた。28/22nmまでプレーナ型で、16nm以降がFinFET、2nm以降がGAAとなる。図表4参照。

図表4:プレーナ型 FinFET GAAのイメージ

 GAAを実現するために、インテルサムソンTSMCは莫大な投資を行っている。

 サムソンは、先行してGAAの量産を開始しているが、歩留まりが低くまだ軌道には乗っていないようである。

 TSMCは3nm世代ではまだFinFETを採用するようだが、その先の2nm世代からGAAを採用することを先日発表している。

イ.2nmプロセス量産に向けた資金不足

 ラピダスの2nm世代半導体を円滑に進めるために日本政府は補助金を拠出しており、さらなる投資は後ろ盾となるであろう。

 しかしながら、TSMCの年次投資額と比べると、日本政府の拠出金はまだ小規模である。

 2022年11月、日本政府はラピダスに700億円を拠出すると発表した。大きな額ではあるが、TSMCの年間設備投資額がここ数年で平均して300億~400億米ドル(1ドル=131円換算で3兆9300億~5兆2400億円)であることを考慮すると極めて小規模である。

 今後、ラピダスへの政府からの投資がどの程度増えるか、どの程度継続されるかが焦点となる。

筆者追記:2月2日、ラピダスの東哲郎会長は、ロイターのインタビューに応じ、2020年代後半にも目指す生産ライン立ち上げには7兆円程度の投資が必要になるとの見方を示した。

ウ.先端半導体を必要とする顧客の確保の不透明さ

 現状、2nm世代の半導体を搭載する最終製品は、日本国内には少ない。

 確実に需要を取り込むには、「顧客と連携し、最終製品を想定しながら開発を進める」取り組みに加え、マーケティングや価格戦略など経営の総合力も試される。

筆者追記:ラピダスの小池社長は「今後はクラウドコンピューターをはじめ、完全な自動運転車などで2nm半導体が必要になる」と語っている。

(3)筆者コメント

 上記イザヤ・リサーチの分析は、一言でいうと「製造できるが採算が取れない」ということである。これは「エルピーダの失敗」と同じである。

 JBpressのコラムニストである湯之上隆氏は、「まだそんなことを言っているのか!間違いだらけの『エルピーダ破綻の原因』(2022.3.6)の中で次のように述べている。

 若干長くなるが、以下、湯之上氏の主張を引用する。

「エルピーダのDRAMは世界一高性能かつ世界一信頼性が高いかもしれないが、世界一高価であるということになった」

「つまり、一言でいと、PC用のDRAMとしては、『過剰技術で過剰品質をつくっている』ことが明らかになった」

「当時(2004年9月)、DRAMの集積度は512メガビットであり、エルピーダの歩留りが98%、サムスン電子の歩留りが83%と報じられていた」

「歩留りを60%から80%に上げるのは比較的容易だが、80%から98%に上げるためにはそれとは質の異なる多大な努力が必要となる」

「つまり、人、カネ、時間など膨大なコストがかかる。サムスン電子は歩留り80%以上ならビジネスが成り立つので、それ以上の歩留りを追求する必要がない」

「つまり、歩留り向上のために無駄にコストをかける必要がない」

「通常、歩留り向上にはコストがかかる。特に、高歩留りを目指すほど、そのコストは指数関数的に増大する」

「したがって、自社がどの程度の利益(率)を目標にしていて、その利益(率)を実現するにはどの程度の歩留りが必要なのかを明確に把握しておくことが必要である」

「何事にも費用対効果を考えることが重要なのだ。一言でいうと、エルピーダは『100%の歩留り』を目標としていた」

「しかしそれは、手段と目的をはき違えていたと言わざるを得ない」

「本来は、サムスン電子のように、利益を上げるための歩留り向上であるべきなのだ。エルピーダは、そこが理解できていなかった」

 以上が、湯之上氏の指摘である。

 筆者は、ラピダスの関係者は上記のエルピーダ失敗の教訓を肝に銘じて決して忘れないことを願っている。

おわりに

 台湾のイザヤ・リサーチは、ラピダスの課題は、経験不足、資金、顧客であると指摘する。

 経験不足は人材の問題でもある。

 かつて日本の半導体産業が元気であった時代に活躍していたエンジニアは、その後、活躍の場を韓国、台湾に求めて流出していった。

 そうした貴重な人材を再雇用できるかどうかである。

 さらに若者の育成も課題である。

 台湾のTSMCが熊本に進出することで、九州では大学や高等専門学校などで人材育成を急いでいる。

 東北も半導体分野に注力している。2022年3月29日、九州の産業界、教育機関、行政機関等(42機関)で構成する「九州半導体人材育成等コンソーシアム」が設立された。

 また、2022年6月には東北の企業や自治体、教育機関が集まり「東北半導体・エレクトロニクスデザイン研究会」が発足した。半導体や関連産業に関わる若者の育成を期待したい。

 資金の課題では、国の本気度が試されている。

 ラピダスの東哲郎会長は、7兆円程度の投資が必要であると言っているが、筆者は、官民合わせて10兆円の資金が準備できなければ、初めからこのプロジェクトは失敗だろうと思っている。

 最後に顧客であるが、ラピダスが目指すファウンドリー(半導体受託生産)のビジネスでは、良質な顧客の確保が重要である。

 そのためにはTSMCの大口顧客であるアップル、エヌビディア、アドバンスト・マイクロ・デバイシズ(AMD)といった米国を中心とした半導体企業を取り込まなくてはならない。

 こうしたグローバル企業の顧客を取り込むための販路の確立や人材確保も難題である。

 ところで、筆者の見立てでは、現状では「日の丸半導体」の復活は非常に難しいと言わざるを得ない。

 最大の理由は、巨額支援に対する国民の理解が得られているとは言えないからである。

 政府は、半導体の技術がどういう産業に生かされ、雇用がどう増えて国が豊かになるかについてもっと広報をするべきである。

 話は変わるが、米国を訪問した韓国の尹錫悦大統領ワシントン・ポスト紙とのインタビューで「日本が100年前の歴史のために膝をついて謝罪しなければならないという考えは受け入れられない」と述べた。

 尹錫悦大統領は、道徳的勇気のある政治家であると筆者は思う。

 正しいことをやり抜く道徳的勇気のない政治家は、反対勢力から独裁者と呼ばれることを恐れ、政策を断行できない。

 さて、岸田総理は、ラピダスに10兆円の金銭的支援をできるであろうか。

 今が「日の丸半導体」復活の最後のチャンスと言われる。

 今、やらなければ、半導体技術の進化に追いつけなくなり、将来的に日本の半導体国別市場シェアは本当に0%近くになってしまうかもしれない。

 筆者は「日の丸半導体」の復活を切に願っている。

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