犬や猫、牛や豚、馬や羊など、いわゆる家畜やペットと呼ばれる動物たちには、何故か同じような特徴があるという。
これは19世紀にダーウィンがすでに気づいていたことで、「家畜化症候群(Domestication syndrome)」と呼ばれている。
まったく異なる種であるのに、なぜ人に飼いならされると、一見無関係に思える特徴が共通して現れるのか? それどころか、私たち人間の方も、家畜と同じような特徴が見られるという。
オーストラリア国立大学の研究チームは、『Proceedings of the Royal Society B』(2023年3月22日)に掲載された論文で、こうした進化の謎を解明する新しい説を提唱している。
「家畜化された動物の生活スタイルの変化」が関係しているのではないかというのだ。
あなたの隣で寝ている猫ちゃんも、牧場で草をはむ牛たちも、野生の種に比べれば攻撃的ではなく、ずっとおとなしい。
こうした人間への従順さは、長年人間に飼いならされ、家畜化された動物に共通する特徴だ。
私たちの祖先がおとなしい動物を求め、それを選んで育てたことを思えば、当然のことかもしれない。
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だが人間や家畜自身にとって、あまり好ましくなさそうな変化もある。たとえば、顔が短い、歯が小さい、骨がもろい、脳が小さい、皮膚や被毛の色が違うといったものだ。
良きにせよ、悪しきにせよ、こうした家畜に共通点が現れることを「家畜化症候群(Domestication syndrome)」という。
「家畜化症候群」は、チャールズ・ダーウィンが『家畜化された動物と植物の変異』で最初に指摘したもので、家畜によって差はあれど、なぜか一見無関係に思える多くの特徴が、異なる種に現れる。
その原因については様々な仮説があるものの、今も議論が続いており、決定的な解明には至っていない。
一部の野生動物にも家畜化の特徴を持つものが存在、そして人間も
意外にも、ボノボや都会のキツネなど、野生の動物の中にも人間に飼い慣らされたわけでもないのに、家畜化の特徴が出ているものがある。これを「自己家畜化」という。
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それどころか、私たち現代人にもまた、大昔の祖先に比べれば、家畜化と思われるような特徴が見られる。
家畜化を進めているはずの私たちも、なぜか家畜化が進んでいるという。一体どういうことなのか?
野生動物でありながら家畜化の特徴が見られるボノボ photo by Unsplash
これまで考えられていた家畜化症候群にまつわる2つの仮説
では家畜化症候群はなぜ起きるのだろう? それを説明する仮説は大きく2つある。
1つは、古代人がおとなしい従順な動物を選んで育てたことで、それがまた別の特徴を生み出すきっかけになったというもの。
この仮説は、ロシアで行われたキツネの飼育実験で裏付けられたとされている。
この実験では、従順さを目安にキツネを選んで繁殖したが、従順さだけではないまた別の特徴も現れた。
もう1つ仮説は、上記の仮説を補完するもので、家畜化症候群の特徴はすべて「神経堤細胞(胎仔期に一過的に出現し、様々な組織に分化する細胞)」を制御する遺伝子に関係しているというものだ。
たとえば、従順さもまたこの遺伝子に関係している。それゆえに、人によく懐く動物を選べば、この遺伝子が司っているすべての特徴に変化が現れることになる。
従来の仮説は単純に考えすぎていると指摘
だが、オーストラリア国立大学のベン・トーマス・グリーソン氏とローラ・ウィルソン氏は、この2つの仮説は、単純化しすぎでいると語る。
たとえば、先ほどのキツネの実験に関して、この実験では野生のキツネを飼いならすことから始めていないと、彼らは指摘する。
その実験のキツネたちは、もともとカナダの農場で飼育されていたものなのだ。そして、その時点ですでに家畜化症候群の特徴が現れていた。
しかも、この実験では攻撃的なキツネを選んで交配させてもいるのだが、こちらでも同じように家畜化症候群の特徴が確認されている。
また1930年代にラットで行われた同様の実験では、特に従順さや攻撃性を基準に繁殖させたわけでもないのに、やはり家畜化症候群と同じ変化が確認されている。
そもそも従来の仮説では、私たち人間に家畜化が進んでいる理由を説明できない。つまり家畜化症候群は、「従順な動物を選んだ結果ではない」かもしれないのだ。
環境の変化が関係しているという新説
そこでグリーソン氏とウィルソン氏は、家畜になったことによる「環境の変化」が関係しているとの新しい仮説を提唱している。
たしかに人間が人懐っこさを好んだことも重要だろう。だが、野生動物にあった特徴は、本来自然に選択されたおかげで発達したものだ。
もし家畜になったことで、そうした自然の影響が消えたのだとしたらどうなるだろうか?
たとえば、家畜は人間に外敵から守ってもらえるので、自分の身を守るための性質が失われるかもしれない。また子供を作るためにメスを巡って争うことも少なくなるかもしれない。
もちろんエサだって定期的に与えられるのだから、エサを手に入れるための特徴はそれまでより必要なくなるだろうし、代謝や成長が変わることだってある。
両氏が考える家畜化症候群の原因は、「オス同士の争いの減少」「子供を残せるオスが選別される」「より確実なエサと、より少ない捕食動物」「母親のストレスが上昇し、最初は子供の健康や生存率が低下すること」の4つであるという。
子供を引き離される母親のストレスへの適応も、自己家畜化の要因と考えられるという / image credit:unsplash
なぜ人間も環境の変化で家畜化が進んでいる可能性
では、私たち人間に家畜化の傾向が見られるのはどういうことなのだろう? これもある種の環境の変化が関係しているかもしれない。
人間の自己家畜化についての有力な説によれば、社交的な「ベータ・オス」が協力して「アルファ・オス」を殺すようになったからだという。
ここでいうアルファ・オスとは力を持つ男性のことで、ベータ・オスは力の劣る下位の男性たちだ。
それまでアルファ・オスに虐げられてきたベータ・オスたちは、持ち前の社交能力を活かして団結し、いじめっ子に対抗するようになった。
これがオス同士の競争の仕組みを変えて、大きくて攻撃的なオス(男性)が少なくなった。
ただしグリーソン氏とウィルソン氏は、それ以外の要因もあると考えている。
一例として挙げられているのが、私たちの祖先が子供の世話をみんなで行うよう進化したことだ。
チンパンジーの母親などは、他人に子供の世話をさせることを非常に嫌がり、大きなストレスを感じる。だが私たちの祖先はこうしたストレスに適応して、効率的に子供を育てられるようになった。
ほかにも私たちは集団で食べ物を集めて、それを分け合うし、外敵がいれば一致団結して身を守る。
ベン・トーマス・グリーソン氏とローラ・ウィルソン氏によれば、こうした行動が私たちをより社会的かつ協力的な生き物にし、家畜によく見られる特徴が現れたのかもしれないそうだ
一番身近な動物たちの家畜化という謎に迫ったら、私たち人間社会についても少し新しいことが見えてきた、そんな新説だ。
References:Why do animals living with humans evolve such similar features? A new theory could explain 'domestication syndrome' / written by hiroching / edited by / parumo
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