企業の入社試験の第一関門である「エントリーシート(ES)」。面接に進める内容のESを書くために、多くの就活生が頭を悩ませてきたことだろう。しかし、昨今話題の対話型AI「ChatGPT」を使えば容易に、それなりに完成度の高いESができてしまう。書類選考の「信頼度」が危うくなる事態を前に、採用する企業や人事担当者は、どう就活生と対峙すべきなのだろうか。

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(岡部 隆明:就職コンサルタント、元テレビ朝日人事部長)

ChatGPTに志望理由を書いてもらうと…

「自己PR」「志望理由」「やりたい仕事」は、就職活動において昔も今も定番の質問です。

 30数年前に就職活動をしたとき、私はこれらの回答を仕上げるのに苦労しました。自分自身のことなのに案外難しく、何度練り直しても凡庸な感じで焦りました。そうかと言って、飾ったり誇張したりすると嘘っぽくなり、思案に暮れて立ち往生したものです。

 しかし、今やそんな苦労は必要なさそうです。使う人の要望に応えて、それらしい文章を生み出すChatGPTがあるからです。

 試しに、テレビ朝日を志望した30数年前の私に戻って、ChatGPTに「志望理由」を作成してもらいました。

<質問> テレビ朝日の政治記者になりたい。行動力をアピールした、内定できる志望理由を1点に絞って教えて?

<回答> 私は、行動力に自信があり、課題に取り組む際に主体的に行動することができます。例えば、大学時代には学生新聞の記者として、日々のニュース取材や記事執筆を通じて、行動力を発揮してきました。また、海外留学経験を通じて、異文化環境での適応力や主体性を養うことができました。そのため、テレビ朝日の政治記者として、日々変化する政治のニュースに対して、自ら積極的に情報収集や取材に取り組み、迅速かつ正確な報道を提供することができると考えています。

就活生の「良きアドバイザー」に

 どうでしょうか?

 とりあえず、「何を言いたいのか」が明快です。日本語として間違っているところもありません。誤字・脱字など基本的な間違いもChatGPTは犯さないようです。

 そして、「学生新聞の記者」「海外留学経験」という具体的な課外活動を2つ提示して説得力を持たせているところも賢いと思います。嫌味にならない程度に自信をのぞかせたり、「企業が学生に求めたい資質」で上位項目となる「主体性」をうかがわせる要素も入っていたりして、要領の良さまで感じます。

 もっとも、そういう周到さや優等生過ぎる空気感が気になりますが、人事部で採用業務を長らく担当し、多くのESを読んできた私の目からみて、それなりのレベルには仕上がっているように思います。

 続けて「政治記者に必要な資質は何か?」をChatGPTに尋ねたところ、「政治の裏側にある事情を見抜く洞察力」「高いコミュニケーション能力」「スピード感とストレス耐性」などを挙げてくれました。

 少しずつ質問を変えて、回答を引き出す作業を繰り返し、使えそうな言葉に差し替えていけば完成度の高い文章に仕上がっていくことがわかりました。

 就活生としては選考を通過するために、よりよいESを作成したいのは当然です。そうした中で、今般登場したChatGPTは、おそらく最も有用なアドバイザーとなるでしょう。

これまではESが過剰に重視されてきた

「それくらい自分で考えなさい」とは決して言わず、従順に寄り添ってくれます。すでに心強い右腕として、就活生の問いかけに日夜、誠実に回答していることでしょう。

 私の就活時代は、履歴書に書き間違えないように鉛筆で下書きしてから、ペンで志望理由などを黙々と記入していました。入社後しばらくしてパソコンが浸透し、WEB上で採用エントリーする時代になったときには隔世の感がありました。

 その後、スマートフォンの台頭もありましたが、ChatGPTは、企業の採用選考においても新たな扉を開ける予感がします。

 すでに、ChatGPTを使ってESの添削指導を行う就職支援会社もあるそうです。もはや、就活生が提出するESには多かれ少なかれChatGPTが使われている、そういう前提で捉えるべきものになっています。

 リクルート就職みらい研究所によると、2024年春入社の採用選考は、4月1日時点で48.4%の大学生(大学院生除く)が内定を得ているそうですが、政府の求めるルールに基づくと6月1日に選考の解禁になります。

 今年の選考は「ChatGPT採用元年」になることが確実で、ESの取り扱いには見直しが進むと予想されますが、私はネガティブには捉えていません。むしろ良い機会だと考えています。

 なぜなら、就活でESが重視され過ぎている風潮にずっと疑問を感じてきたからです。

画一化・定型化してきたESの記述

 というのは、ES、つまり書類で人物の本質がわかるはずがないと思うからです。面接などで時間をかけて直接向き合っても、学生の本音や本性をつかめたかどうか迷うものです。まして、ESに書かれた文字情報だけで選別するのは至難です。

 かつての「履歴書」が「エントリーシート」と呼び名が変わり、それも略して「ES」となったあたりから、就職市場では必要以上に、そこに重きが置かれるようになった印象があります。

 就職情報会社にとってはビジネスなので当然ではありますが、「ESはこうあるべきだ」と、正解のようなものを作り上げていったこともES重視が行き過ぎた一因なのだろうと思います。

 就活生や企業も、就職情報会社が提供する正解のようなものが正解だと信じることになり、さらには「ガクチカ」(「学生時代に力を入れたことは何か?」という質疑応答)が取り沙汰されて、就活全体の中でESが幅を利かすようになったと理解しています。

 新卒一括採用は、同じようなリクルートスーツを着て、画一的で没個性だと揶揄されがちです。本来は個性を発揮する場であるべきESが、画一化・定型化を助長しているのではないかと思います。

 私はかつて、ESの自己PRで似たような記述ばかりになっていることに気づきました。

 それは、「ボランティア活動」「短期留学」「体育会・サークル活動における役職経験」を記入する人が、ある時期から急増したことです。

書類選考に対する考え方を見直す機会に

「行動力」や「リーダーシップ」などのアピールを「ES」に記入するために、そういう活動したのではないかと邪推したくなるほどでした。性善説にのっとり、真摯に受け止めましたが、あまりにも似たようなエピソードが多く、違和感がありました。

 ChatGPTが出現する前から、ESを独力でなく、先輩や友人など他人の手を借りて仕上げている人は多くいたでしょう。ほとんど全部、代行者に作成してもらう人がいた可能性だって否定できません。

 昨今、その代行者ChatGPTになっただけと言えばそうなのかもしれません。

 ChatGPTは大変便利な道具であることに違いなく、ES作成に役立てることを誰も止められません。仮に多少の手助けくらいなら許容するとしても、個々人のESにおいて、ChatGPTの使用度合いは見極めようがありません。

 また、ChatGPTの回答が秀逸だと、事実と異なっても、そのまま使ってしまうかもしれません。あるいは、本心や本音と開きがあっても、ChatGPTの言葉を自分の気持ちの表れとして、すり替えてしまう可能性もあります。

 ChatGPTの登場で、ESが形骸化し、就活生の本当の姿が反映されないリスクはいっそう高まったと言えるでしょう。多くの企業が面接重視であるとは思いますが、ESや書類選考の考え方を見直すタイミングなのではないでしょうか。

 私は、ChatGPTを使ってみて、想像以上の「賢さ」に触れたことで、チャールズ・チャップリンの映画『モダンタイムズ』を思い出しました

 製鉄工場で働く主人公が、単純労働に嫌気がさして問題を起こすという内容です。主人公を演じるチャップリンが歯車に挟まれるシーンは有名ですが、機械文明を皮肉り、人間の自由や尊厳を問いかけるものでした。

採用選考は企業と就活生の「出会い」の場

 ChatGPTのようなAIが今後、さらに進化していくと、人間は考えなくなり退化していくのではないかと心配になります。AIとの対話を繰り返すうちに、AIの回答に委ねる部分が増えていき、最後はAIに全幅の信頼を寄せて、思考そのものをしなくなる・・・、それは人間の尊厳の喪失にほかなりません。

 本記事の冒頭で、ESの「志望理由」をChatGPTに作成してもらいました。私はAIに投げかける質問(というか注文)を考えるだけで、あとは「もっともらしい回答」をわずか20秒くらいで生み出してくれたのです。

 便利さを獲得する代償として思考力の衰退を招く恐れがあるのではないかと実感しました。

 採用選考は、企業と就活生の「出会い」の場であり、人生を左右する重要な機会です。採用する側は就活生に対して、バイアスを極力排して、本音を探り、本性をつかまなければなりません。そのためには結局、面接などでじっくりと向き合うしか有効な方法はないのだと思います。採用選考で「内定」に至るのは、心と心が通じ合う結果なのです。

 AIが進化するたびに、「人間の価値や尊厳とは何か?」という命題を呼び起こします。人材獲得において、「頭脳」はもちろん重要ですが、「心」がよりいっそう重要になってくることを示唆していると思います。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  チャットGPTの本当の衝撃、プログラマーの仕事が消えていく

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