2023年4月10日、『ChatGPT』を開発して世界を席巻したOpenAI社のサム・アルトマン(Sam Altman)CEOが来日。岸田文雄内閣総理大臣と面会するとともに、自由民主党が主導する「AIの進化と実装に関するプロジェクトチーム」の会合にも出席した。本稿では来日における同CEOの言動と最近の動向をまとめることで、同社の過去と現在の立ち位置、さらには今後のAI開発方針を分析していく。

【画像】OpenAI社の沿革

・与党プロジェクトチームと会談

 「AIの進化と実装に関するプロジェクトチーム」の活動は、衆議院議員の塩崎彰久(あきひさ)氏がNoteにつづった記事にまとめられている。その記事には同プロジェクト第9回ミーティングの活動記録も掲載されており、アルトマンCEOが発表したスライド資料「『ChatGPT』などの利活用と日本への提案」が閲覧できる。
〈出典:自民党AIの進化と実装に関するプロジェクトチーム〉

 アルトマンCEOが発表した資料の冒頭には、OpenAIの使命として「汎用人工知能(AGI)が人類全体に確実に利益をもたらすようにすること」が掲げられている。汎用人工知能とは人間の知的活動全般が可能なAIを指しており、対義語には特化型人工知能がある。後者は画像認識など特定の知的活動のみが可能なAIのことであり、現在のAIすべてがこのカテゴリーに分類される。

 この分類においては『ChatGPT』や『GPT-4』も言語処理の特化型人工知能だが、現状ではもっとも汎用人工知能に近いAIと言えるだろう。筆者は、同社がその使命を達成できたとしても、それはかなり先の未来になるだろうと予想している。だが、こうした使命を果たせる可能性のある企業の第一候補には、OpenAI社が挙げられるだろう。

 資料ではOpenAIの沿革もまとめられている。7年前に非営利団体として設立された同社は、4年前に「利益上限つき(capped-profit)」の営利法人に転進した。この転進の背景にはAI開発には膨大な資金が必要となり、そうした開発費を調達するには非営利団体のままでは困難であった可能性が指摘できる。もっとも、後述するように転進の引き金になった要因としては、イーロン・マスク氏との関係悪化もある。

 資料には「AIの安全性」に関するOpenAIの取り組みについても書かれている。その一環として、同社は『ChatGPT』をはじめとしたAIをオープンソース化するのではなく「API」(※1)の形で提供している。これには、同社がAIアプリ開発をコントロールすることで安全にAIを普及させたいという狙いがあると思われる。

 これは、Appleが(iPhoneのOSである)iOSをオープンソースとして提供せずにApp Storeのアプリ開発をコントロールしているのと似たようなことを、OpenAIが同社のAIを活用したアプリ開発に対して行っている、と考えるとわかりやすいだろう。

(※1「API」:ソフトウェア開発において、外部アプリと連携しやすくするために設けられたアプリの出入り口のようなもの)

支援者からライバルになったイーロン・マスク 打ち切られた10億ドルの資金援助

 前述のようにOpenAIは非営利団体から利益上限つき営利法人に転進したのだが、このきっかけとなったのは、同社とイーロン・マスク氏との間に生じた確執が原因とみられる。このことは2023年3月25日、ニュースメディアSemaforが「知られざる歴史」として報じている。

〈出典:Semafor「The secret history of Elon Musk, Sam Altman, and OpenAI」〉

 その記事によれば、2015年の同社設立に関わり10億ドルの資金援助も約束していたマスク氏が2018年、アルトマンCEOに対して同社の経営を自分に任せるよう提案をしたという。マスク氏から見れば同社は“Googleに致命的な遅れをとっており”、巻き返すためには自身が指揮を執る必要があると主張したのだ。

 以上のマスク氏の提案に対して、アルトマンCEOをはじめとするOpenAI幹部らは反対を表明。すると、マスク氏は同社取締役を退任したのだ。この退任劇の後もマスク氏の資金援助は続くと見られていたが、退任までに支払った1億ドルで援助は終了してしまった。この騒動が巻き起こった時期には、画期的なAIを開発するのに膨大な資金が必要であることが判明しており、OpenAIは言わば“はしごを外された”状態に陥った。

 この窮状を脱するために2019年、OpenAIは利益上限つき営利法人に転進することを発表、同年7月にはMicrosoftとの技術提携を発表した。これによってOpenAIはMicrosoftが提供する膨大な計算リソースを活用して大規模AIを開発できるようになり、こうした2社の協力関係から『ChatGPT』や『GPT-4』のような画期的AIは誕生したのだ。

〈参考:Microsoft公式ニュース「OpenAI、マイクロソフトと コンピューティングパートナーシップを締結 新しい Azure AI スーパーコンピューティング技術の構築へ」〉

 時は下り、OpenAIが『GPT-4』を発表して1ヵ月ほど経過した2023年4月17日、マスク氏はアメリカ大手メディア「Fox News」の独占インタビューにおいて、新たな対話型AIを開発することを表明した。『TruthGPT』と命名されたそのAIについて「宇宙を理解しようとするAIが人類を消滅させる可能性は低いという意味で、これ(TruthGPTの開発)が安全への最良の道なのではないかと考えている」と同氏は語った。

〈出典:Fox news「Elon Musk to develop 'TruthGPT' as he warns about 'civilizational destruction' from AI」〉

 『TruthGPT』は“真理の探究”という高尚な目的のために開発されるとの主張だが、その名称には“真のGPT”という意味が込められていることは想像に難くなく、『ChatGPT』への対抗心があるのは明らかである。こうして、かつてはOpenAIの支援者だったマスク氏は、いまや最大のライバルの1人となったのだ。

・アメリカより好意的だが中国ほどではない

 ところで、アルトマンCEOはなぜ“来日を選んだ”のだろうか。この疑問に対しては、OpenAIのシェイン・グウ(Shane Gu)日本担当幹部が日本メディアの取材で答えている。同幹部いわく、「日本はドラえもんなどの文化的影響により諸外国よりAIに好意的」であることが来日の決め手になったという。

ChatGPT」日本での事業に力を入れる理由 オープンAI社幹部「人工知能に好意的」|TBS NEWS DIG

 日本を含めた世界各国のAIに対する感情については、スタンフォード大学が毎年発表しているAIに関するレポート「AI Index Report」の2023年度版で詳しく論じられている。同レポートの第8章「公衆の意見」では、世界各国の国民が抱くAIに対する感情が多角的に調査されている。その調査のなかには「AIを使った製品とサービスには欠点よりも恩恵がある」という質問に対して、各国民が「そう思う」と答えた割合をまとめたものがある。

〈出典:AI Index Report 2023「CHAPTER 8:Public Opinion」〉

 以上の質問に対して「そう思う」と答えた日本人は42%であるのに対して、アメリカ人は35%であった。ほかのG7各国の調査結果を割合の多い順に並べると、イタリアが50%、イギリスが38%、ドイツが37%、カナダが33%、フランスが31%であった。もっともAIを好意的にとらえているのは中国で、その割合は78%にものぼる。ほかのアジア諸国はインドが71%、マレーシアが65%、韓国が62%と、いずれも日本より好意的な結果となった。この調査結果より日本は「G7諸国のなかではAIに好意的ではあるが、世界各国と比べるとそれほどAIを好ましく思っていない」ということがわかる。

 「AI Index Report 2023」に見られるように、アメリカはAIに対して否定的な傾向にある。『GPT-4』がリリースされた約1週間後の2023年3月22日、同国のペンシルバニア州に拠点を置く研究機関「FLI」(Future of Life Institute:直訳で生命の未来研究所)は「巨大AI実験の停止に関する公開書簡」を発表した。この書簡は、大規模AIモデルがもつ社会への影響力を鑑みて、『GPT-4』より強力なAIの訓練を少なくとも6カ月間停止することを要請したものだ。この公開書簡は2023年5月2日時点で27,565名が署名しており、そのなかにはイーロン・マスク氏も名前を連ねている。

〈出典:FLI「Pause Giant AI Experiments: An Open Letter」〉

 世界全体が必ずしもAIに好意的でないなか、OpenAIとしては「G7諸国のなかでは比較的AIに好意的な日本にぜひとも好印象を抱いてもらいたい」という思惑があり、それが今回のアルトマンCEOの来日という結果につながったのだろう。

・スケーリング則の終焉? モデルサイズ競争とは異なったアプローチを模索するAI開発業界

 アルトマンCEO来日と同じか、それ以上に関心の的となっている話題として、“OpenAIは今後どのようなAIを開発するのだろうか”という疑問があるだろう。

 近年のAIモデルはAIの擬似的な脳神経細胞の数を表す「モデルサイズ」、これを増やす方向で進化してきた。こうした開発方針・手法は「スケーリング則」と呼ばれ、OpenAIやGoogleはモデルサイズをめぐってしのぎを削ってきた。しかし、今後もこうした開発競争が続くのだろうか。より効率のいいアプローチがほかに無いのだろうか。この疑問に対するヒントは、2023年4月19日WIRED.jpが公開した記事にある。

 WIRED.jpの記事によれば、4月13日にアメリカ・マサチューセッツ工科大学で開催されたイベントでアルトマンCEOはOpenAIの今後のAI開発方針について「巨大なモデルを用いる時代は終わりつつあると思います」と語った。この発言は、同社はもはやスケーリング則にしたがってAIを開発しない、とも解釈できるものだ。一方で、新しい開発方針については「ほかの方法でモデルを改善することになるでしょう」と述べるにとどまった。

〈出典:WIRED.jp「OpenAIのCEO、「巨大AIモデルを用いる時代は終った」と語る」〉

 実のところ、スケーリング則から脱却する研究は2022年頃から盛んにおこなわれている。たとえば、Meta社のAI部門が公開している公式ブログでは同年2月23日、同社のチーフAIサイエンティストを務めるヤン・ルカン(Yann LeCun)氏が提唱する「世界モデル」が紹介された。世界モデルとは、簡単に言えば“常識のあるAI”を開発するアイデアのことである。同氏によれば、AIが人間と同じように常識を理解できれば、「AIの学習データ量を劇的に減らすことができる」という。こうした設計思想にもとづいたAIは、現在のAIと比較することが難しく、その根底が異なるので、スケーリング則が通用しないと考えられる。

〈出典:Meta AI「Yann LeCun on a vision to make AI systems learn and reason like animals and humans」〉

 カナダトロント大学所属のジェフリーヒントン名誉教授もまた、全く新しいアプローチでスケーリング則から脱却するアイデアを展開している。2023年12月1日にZDNETが報じたところによると、同教授は「ソフトウェアとハードウェアの分離」という現在のコンピュータの基本原理の見直しを提唱しているという。ソフトウェアの状態に応じて“変化するハードウェア”を実現することによって、『ChatGPT』のベースとなっているAIである『GPT-3』が抱える電力消費の課題を改善できるとしている。

 というのも、昨今の最先端AIが抱える問題として、消費電力が大きいことが挙げられ、スタンフォード大の「AI Index Report 2023」の第2章「技術的パフォーマンス」によれば、『GPT-3』の消費電力は1,287MWhにもなる。同レポートで示された2021年における米電力会社の顧客の年間平均電力消費量が10.6MWh(10,632kWh)ということを踏まえれば、その消費量がいかに大きなものであるかおわかりいただけるだろう。同教授のアイデアはこの根本問題を解決する可能性があるのだが、このアイデアにもとづいて開発されたAIもまた、現在の設計思想と著しく異なるのでスケーリング則は適用できないだろう。

〈出典:ZDNET「We will see a completely new type of computer, says AI pioneer Geoff Hinton」〉

〈画像出典:「AI Index Report 2023」〉

 ちなみにこれは余談だが、ジェフリーヒントン名誉教授と前出のヤン・ルカン氏、そしてヨシュア・ベンジオ正教授の3人は、今日のAIの基礎技術であるディープラーニングを発明した功績で「計算機科学のノーベル賞」と言われるチューリング賞を2018年に受賞している。

 以上のようにサム・アルトマンCEOの最近の言動をまとめることで、OpenAIの過去・現在・未来を展望できた。この展望からわかるのは、現在こそ『ChatGPT』をはじめとする大規模AIモデルの最盛期であり、より大規模なAIモデルによる画期的な業績は見られないかも知れない、ということだろう。その一方で、大規模AIモデルをプラットフォームとする覇権争いは今後も激化が予想され、この争いにおいてOpenAIは“台風の目”であり続けるだろう。
(文=吉本幸記)

『ChatGPT』のスクリーンショット