年の離れた資産家夫婦。突然、妻が亡くなり、生活のすべてを頼りきっていた89歳の男性は、困り果ててしまったといいます。家族や親戚から「1人暮らしは無理だから」と施設への入居を検討するよう勧められますが、聞く耳をもたなかった結果、後悔する日々を送っているといいます。

妻が急逝…下着の場所さえわからない!

庄田憲一さん(89歳)が34歳の時にお見合いで結婚した妻は14歳年下。平均寿命を考えても、老後の面倒は妻に任せられると安心していました。しかし、3年前に突然、くも膜下出血で妻が他界。家のことはすべて妻が仕切っていたので、家事が回らなくなるのはもちろん、預金通帳や印鑑の場所はおろか、自分の下着さえ見つけられないありさまです。

息子が二人いますが仕事の関係で長男は海外、次男も遠方に住んでいます。庄田さん自身の姉が手伝いに来てくれましたが姉も高齢です。1週間ほどで疲れきり、姉の娘である姪が助けに来てくれたものの「おじ様、一人での生活は絶対無理よ。息子さんたちと同居するか、施設に入るしかありませんよ」とはっきり言われてしまいます。

他人の世話になるなんて想像もできない

姪の言葉に一度はうなずいた庄田さんですが、他人に介護してもらう将来など想像したこともありません。葬儀を含め、もろもろの手続きを姪と次男が仕切ってくれたあと「何とかなる」「放っておいてくれ」と虚勢を張ってしまいました。姪は「資産があるのだから、病気でなくても良い老人ホームに入居できるはず。探すのを手伝いましょうか?」と言ってくれましたが頑としてはねのけてしまいます。次男に「もう、話しても無駄。自分で何とかしろよ!」とさじを投げられ、孤独な生活が突然スタートしたのです。

一日一回、コンビニに行き、弁当と下着を買います。洗濯機の使い方がわからないので下着は使い捨てにしていました。服はタンスの中ら次々と引っ張り出し、3日くらい着たら次の服に着替えました。汚れた服はゴミ袋に詰めています。妻が生きていたころは、その日の気候や予定に合わせて妻が服を出してくれていて「センスが良い」と周囲から褒められていたというのに……。

風呂を洗う方法がわからないのでシャワーしか使いませんが、清潔なタオルがあっと言う間に足りなくなり、ごみ袋に詰めた洗濯前の服で体を拭き、掃除はおろか、ごみを収集所に持って行くこともありません。いわゆるゴミ屋敷の始まりです。生活はめちゃくちゃになっていきました。

ゴミ屋敷のような家、髭と髪が伸びた悲惨な状態に

一日一食しか食べず、誰とも会話をせずに一人暮らしがスタートして約2ヵ月。庄田さんに悪い予兆が見え始めました。朝になると次男に電話をかけるようになり、「金が盗まれた」「泥棒が入った」と、明らかに妄想を見ているような話をするのです。

3日間電話が続いたために次男夫婦が実家に戻ってみると、汚れた洗濯物とゴミで埋まった和室に父親がボーっと座り込んでいます。髭と髪がぼさぼさに伸びた父親は、次男たちが知っている様相とはまったく異なっていました。

その日の庄田さんには認知症のような言動はなく「母さんのご飯が食べたいよ」「なんで俺より先にいっちゃったんだ」とポロポロと涙を流すばかりでした。

無理やり入院させられ、子どもの決めた施設へ

次男はすぐに自治体の福祉担当者に会いに行きました。次男夫婦は働き盛りの年齢、小中学生の子どもを抱えており、長期間実家にとどまることができません。すぐにでも施設を探してほしいと相談しましたが、要介護の認定までは時間がかかると言われてしまいます。

そこで、翌日、次男夫婦は市立病院へ庄田さんを連れていきます。高血圧と尿酸値が高いことを指摘されてはいたものの、大きな病気は持っていません。しかし健康時から比べて7キロも体重が落ちており、さすがに何か病気があるのではと予測したのです。

検査の結果は栄養失調と脱水。そして軽度の認知症の疑いでした。点滴治療が必要ということで、とりあえず入院となり、その間に、要介護度の認定や施設を探す運びとなりました。

狭い居室、楽しいことがひとつもない毎日

入院してからは妄想を見ることもなく精神的には落ち着いていましたが、退院後の生活について次男が庄田さん本人の希望を聞くことはありませんでした。病院のソーシャルワーカーやケアマネと相談して、すぐに入居できる介護付き有料老人ホームをあっという間に決めてしまい、「これでいいね?」と確認をされただけです。一人で暮らせない以上、拒否はできませんでした。

入居した施設は市内のはずれ、山間部に位置し、交通の便が非常に悪い立地でした。簡易的な洗面とベッド、ちょっとしたロッカーがあるだけの狭い居室。日中は興味ある/なし関わらずレクリエーションに参加、食事はお世辞にも美味しいとは言えない薄味でものたりません。風呂は週に2回だけ、毎日の日課となっている散歩も苦痛でした。

すぐに老人ホームを探していればと後悔

入居者はほとんどが認知症か、病気で寝たきりの人ばかり。話し相手は施設の職員だけですが、子ども扱いされるのが耐えられず必要最低限の会話以外はしなくなりました。

家族と会うこともありません。一度だけ次男が手続きのために来訪しましたが、感染症予防のために面会には予約が必要で対面することはかないませんでした。

妻が亡くなった直後、姪のアドバイス通り老人ホームを選んでいたら、第二の人生を新たな環境で過ごせたかもしれません。足腰が弱くなり、指先の細かい作業も難しくなった今、別の老人ホームを探す元気もなく孤独な日々を過ごしています。

※画像はイメージです/PIXTA