ネットフリックスがKコンテンツに25億ドルの巨額投資

 今年4月、世界のコンテンツ業界にとって衝撃的なニュースが流れた。訪米した韓国の尹錫悦大統領ネットフリックスサランドス共同CEOと面会し、ネットフリックスが今後4年間で、韓国発のドラマや映画などの「Kコンテンツ」に25億ドル(約3350億円)もの巨額投資をする方針を表明したのだ。

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 尹大統領は「韓国のコンテンツ事業や創作者、ネットフリックスに大きな機会となる」「破格の投資決定を心から歓迎する」と述べた。大統領ビジネス大成功である。

 韓国政府は金大中政権以来、グローバル展開を目指してコンテンツ産業の支援を強化してきた。今年1月にはKコンテンツ支援に7900億ウォン(約832億円)を投入することを発表し、コンテンツ輸出額を2023年は150億ドル、2027年は220億ドル(約3兆円)まで増やす考えだという。

 そんなKコンテンツの好調が止まらない。ネットフリックスでは『イカゲーム』や『ザ・グローリー』が世界的に大ヒットした。

 今年3月にパート2が公開されたソン・ヘギョ主演の復讐ドラマ『ザ・グローリー』は、公開3日目にして世界ランキング首位になった。韓国をはじめ日本、香港、台湾などアジアはもちろん、メキシコ、ブラジル、モロッコカタールなど38カ国で1位になった。日本では5月初旬まで12週間TOP10入りしていた。ちなみに最新テレビ番組部門(5月10日)ではTOP10のうち4作が韓国ドラマとなっている。

 映画では『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ監督)が2019年のカンヌ国際映画祭パルムドールを、2020年にはアカデミー賞作品賞を受賞し、世界中で絶賛されたのは記憶に新しい。

日本を大きく上回るKコンテンツ輸出額は過去最高を記録

 Kコンテンツは韓国経済にも大きく貢献している。

 韓国の文化体育観光省の1月の発表では、2021年のKコンテンツ輸出額は124億5000万ドル(約1兆6300億円)となり、過去最高を記録した。放送、映画、出版、音楽、ゲームなど11分野の集計分だ。これは他の主要輸出品目である家電(86億7000万ドル)や電気自動車(69億9000万ドル)を上回り、今後も上昇傾向を続けると予測している。

 各産業別の輸出額は不明だが、2020年(総輸出額119億2428万ドル=当時のレートで約1兆3600億円)でみると、もっとも多いのはゲーム産業で約82億ドル。それ以外では放送6億9279万ドル(約791億円)、音楽6億7963万ドル、アニメ1億3453万ドル、映画5416万ドルなどとなっている。

 さて、そうなると気になるのが日本のコンテンツ(Jコンテンツ)の世界マーケットへの輸出動向である。

 総務省の「放送コンテンツの海外展開に関する調査」によると、2020年度の放送コンテンツ海外輸出額は571億円、海外販売作品数は3539本だった。前年に比べ輸出額は45億円増えている。「クールジャパン」が始まった2013年度の138億円と比べると、4倍超に拡大したことになる。

 ジャンル別ではアニメが圧倒的で496億円、バラエティ30.4億円、ドラマ25.4億円の順。輸出額の約半分がアジア向けで、次が北米向けで4分の1となっている。

 集計の違いなどもあるため日韓の単純比較はしにくいが、総務省は2015年(日本は年度、韓国は年)のデータで日韓比較を公表している。商品化権、ビデオ・DVD化権、フォーマット権・リメイク権、インターネット配信権等、番組放送権のトータルで、日本の289億円に対し韓国は388億円で、日本の1.34倍の水準だ。

 日本はアニメが約6割だったのに対し、韓国はドラマが約8割となっている。2020年の両国の公表数字から判断して、コンテンツ輸出総額において韓国が日本を大きく上回っていることは間違いない。

鳴り物入りで始まった「クールジャパン戦略」は大失敗

 コンテンツ輸出というと誰もが思い浮かべるのが、前出の「クールジャパン戦略」だ。第2次安倍政権下の2013年11月、政府は日本の魅力を海外に売り込む事業などに出資し支援する官民ファンド「海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)」を設立し、漫画やアニメ、日本食などのコンテンツ輸出拡大に向けて、民間事業者に出資、支援する形で取り組んできた。

 当時の戦略担当大臣は稲田朋美氏だった。2013年にパリで開かれた日本の「カワイイ文化」を紹介するイベントで、“ゴスロリ”姿で記者会見に臨んで話題になったものだ。安倍元首相は当時の施政方針演説で「『クールジャパン』を世界に誇るビジネスにしていきましょう」と強調していた。

 しかし、話題先行で業績はパッとしなかった。その結果、機構は2021年度末時点で309億円の累積赤字を出して、「抜本見直し」に追い込まれた。大失敗と言っていい。2023年2月末時点での政府の出資額は1156億円、民間が107億円となっている。

 機構の投資決定案件をみると、これまでに全57件、総額1339億円となっており、メディア・コンテンツには16件(15社)に505億円が出資、支援された。だが、官民ファンドの見通しの甘さで事業撤退に追い込まれたケースもある。

 たとえば、日本の番組コンテンツを海外諸国の現地語で放送する有料衛星放送チャンネル「WAKUWAKU JAPAN」があった。支援決定額は44億円。2015年にスカパーJSATとクールジャパン機構が計110億円出資してWAKUWAKU JAPAN株式会社を設立した。アジアを中心に2020年度までに22カ国に進出し、視聴可能世帯4100万世帯を目指すとしていた。政府にとっても、海外における日本の魅力を伝えるコンテンツを展開する期待の事業だったはずだ。

 当初はインドネシアミャンマーで事業を開始し、2019年には台湾やシンガポールなど全7カ国・地域、総視聴可能世帯数1600万世帯となり、クールジャパン機構が保有する全株式をスカパーJSATが譲り受け、完全子会社化した。

 その後放送エリアは10カ国・地域まで拡大したが、2022年「収益性の観点から展開中の全エリアで放送・配信を終了することといたしました」とのニュースリリースを発表した。魅力的なコンテンツが少なかったことなどから視聴率が低迷、多額の損失を計上して放送終了に追い込まれたのである。

 ネットフリックスアマゾンプライムなど、多彩なコンテンツを揃えているネット配信のストリーミングサービスがアジア諸国でも台頭するなか、中途半端な“日本コンテンツ”では太刀打ちできなかったのだろう。

「スラムダンク」大ヒットに見る日本アニメのパワーと可能性

 クールジャパン機構に関しては「日本のアニメが世界で認知された」と肯定的な声もあるが、大半はネガティブなものだ。

「大量のコンテンツが生産され、巨額マネーが動いたが、結局は大手広告代理店や特定企業、コンサル会社に流れただけ」
「末端の制作関係者に恩恵が及ばず、アニメ制作は海外発注が増えた」
クールジャパンにかかわる政治家や官僚らは日本のすごさを強調するだけで、コンテンツの専門家が少なすぎた」

 など、さまざまな批判、問題点が指摘されている。

クールジャパン」は、コンテンツ文化の底支え、人材・産業育成に力点を置く取り組みではなく、日本の文化を利用した官民ファンドの出資ビジネスというのが実態で、設立後から無責任体質、投資判断力の甘さ、ガバナンスの欠如が指摘されていた。スローガン先行で中身が伴わなかったということだ。

 見落としてならないのは、「クールジャパン」の失敗にもかかわらず、Jコンテンツの輸出自体は着実に拡大してきた事実である。その背景にあるのは、なんといっても日本アニメの持つパワーと魅力、そして官民ファンドに頼らずネット配信事業などを通じてJコンテンツを世界展開した関連企業のビジネス戦略がある。

 実際、「クールジャパン」とは関係なく、世界で注目されるJコンテンツが確実に増えてきている。最近の話題でいえば昨年12月に公開されたアニメ映画THE FIRST SLAM DUNK』(スラムダンク井上雄彦監督・脚本)だろう。

 韓国では1月4日に公開され、『君の名は。』(新海誠監督)の記録を破り韓国での日本映画歴代興行記録を更新して1位となった。原作漫画の新装再編版の単行本の売り上げは100万部を超えたという。4月20日に公開された中国でも爆発的人気で、公開4日後には観客動員が1000万人を突破、公開から約2週間で興行収入は6億人民元(約120億円)を超えたと報じられている。

 Jコンテンツの世界的人気、実力はスラムダンクだけではない。『ポケモン』、『ワンピース』、『ナルト』、『ドラゴンボール』、『美少女戦士セーラームーン』、『進撃の巨人』『鬼滅の刃』など世界を凌駕してきたアニメのオンパレードだ。アジア、アメリカ、ヨーロッパ、ロシア、中東など世界各地に幅広いファンがいる。秋葉原はJコンテンツ目当てに訪れるインバウンドの聖地となっている。

アニメやゲームなど「Jコンテンツ産業」の基盤を強固にするために

 一方で、アニメや漫画に関してはこれまで海賊版が跋扈し、本来の売り上げや輸出額を大幅に損ねてきたことも忘れてはならない。

 コンテンツ海外流通促進機構CODA)は4月、2022年の日本コンテンツ海賊版の被害額は年間約2兆円と発表した。2019年の約5倍に膨れ上がった。

 一方、今年に入り海賊版サイトの摘発が相次いでいる。CODA側の告発を受け、今年2月、中国の公安当局が日本アニメ配信の海賊版サイト「B9GOOD」の運営者を摘発した。4月にはブラジルで現地視聴者向け海賊版サイト、そして5月には京都で動画の「リーチサイト」(違法アップロードコンテンツに誘導するサイト)が摘発された。

 それでもまだ氷山の一角である。海賊版被害額の年間2兆円といえば、Kコンテンツの年間輸出総額を上回る規模である。海賊版がなければJコンテンツの輸出額がどれだけ膨れ上がっていたことか。

 こうした経緯を振り返り、今後について考えると、「クールジャパン」は一旦白紙に戻し、国を挙げて海賊版撲滅のための施策やアニメ制作現場の労働環境改善、コンテンツ制作支援策などに取り組んでいく方向に舵を切り替えるべき時期に来ているのは明白だろう。

 文化庁の「文化行政調査研究」(令和2年度=6カ国調査)によると、日本の文化支出額は1166億円で韓国の3438億円の3分の1の水準。韓国はフランスに次ぐ規模となっている。政府予算に占める割合では日本の0.11%に対し韓国は1.24%と10倍以上である。過去10年間で韓国は文化支出額が229%で6カ国中最高となったが、日本は114%どまり。韓国の力の入れ方は歴然だ。

 史上最悪の貿易赤字が続くなか、今の日本には自動車産業に代わるリーディング産業がない。アニメやゲームなどのコンテンツ産業基盤を強固にして、新たなキラー産業にしていく。そんな議論が活性化しないものだろうか。

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韓国大統領が訪米、ネットフリックス共同CEOと会談(写真:YONHAP NEWS/アフロ)