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東証が出した「お願い」は“的外れ”?

3月31日に、東京証券取引所は上場企業に対して、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応の「お願い」を出しました。また、4月19日には、金融庁も同様の議題について、有識者会議によるアクション・プログラム(案)を公表しています。

東証の資料には、「現状では、プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場会社がROE8%未満、PBR1倍割れと、資本収益性や成長性といった観点で課題がある状況であり、(中略)今後の各社の企業価値向上の実現に向けて、経営者の資本コストや株価に対する意識改革が必要との指摘がなされています」と書かれています。

そこで[図表1]は、過去20年の日米のPBR(株価純資産倍率=株価/1株当たり純資産)を比較したものです。日本株のPBRは、米国株に比べて低位で、なおかつ20年前や10年前の水準と変わりません。

「通常」なら、PBRとROEは正比例の関係にあるため、日本株は「低PBR=低ROE⇒低リターン」と考えられているのでしょう(→だからこそ「課題」とされているのでしょう)。しかし、以下に示すとおり、これは必ずしも正しくはありません。

過去10年、日本株はどうしてきたか

[図表2]に示すとおり、過去10年において、日本株は米国株よりも、①総利益を伸ばしており、なおかつ、②株数を減らしています。日本の上場企業は、利益の創出に努め、株主還元にも積極的でした。①と②を合わせると、③日本株の1株当たりの利益は、米国株より高い伸びとなっています。

また[図表3]に示すとおり、過去10年において、日本株は米国株よりも、ROEの伸びも高くなっています。日本株のROEは2012年度の6.0%から2022年度の9.4%へと約56%の上昇、米国株は16.3%から21.5%へと約32%の上昇でした。

こういうと「伸びはともかく、日本株のROEは依然、米国株の3分の1に過ぎない」と反論されるでしょう。そしてしばしば、その言外には「だから、日本株には投資をせず、米国株に投資をする」という考えが含まれているでしょう。

しかし、次節以降で示すとおり、ROEは投資家にとって十分な情報ではありません。また、低いROEが低いリターンをもたらすわけでもありません。

「ROEが低いから日本株はダメ」?

「米国株のROEは20%」というと、「米国株に投資すれば20%近い利回りで回る」とイメージされる方がいらっしゃるかもしれません。あるいは「日本株はROEが低い。だから、ROEが高い米国株に投資をしよう」と思われるかもしれません。どちらも誤解です。

実際には、「ROEをPBRで割る必要があります」。

たとえば、2022年度の米国株のROEは21.5%でした。しかし、前年度末のPBRは4.7倍でしたので、米国株の投資家が得たリターン(1株利益/株価)は「21.5%/4.7」で約4.5%でした。

他方で、日本株の投資家が得たリターン(同)は「9.4%/1.2」で約7.5%でした。すなわち、日本株の投資家が得たリターンのほうが高かったのです。

「投資家リターン」の計算方法

ROEは「1株利益/1株純資産」であり、株主に帰属する資本(≒純資産)の収益性を表す指標です。資本が生み出す利益ですから、「資本のリターン」(資本収益率)です。

ただし、「リターン」といっても、個別企業の株式であれ株価指数であれ、投資家は通常、ROEの「分母」である1株純資産(≒簿価)に相当する金額で株式を買うことはできません。当然ながら、投資家は、時価である株価の分のお金を支払う必要があります。

「支払った価格が持ち値」になりますから、「1株利益/買った値段」=「1株利益/株価」こそが、投資家にとってのリターンです。以下、これを「投資家リターン」と呼ぶことにします。

ROEをPBRで割ると「1株利益/1株純資産÷株価/1株純資産」=「1株利益/株価」となり、投資家リターンが計算できます。

では、「分母の株価はいくらで売られているのか」と問えば、株価は「1株純資産PBR倍」で売られています。このことをざくっと言い換えると……

「ROEが20%、すなわち純資産の20%のリターンを出す米国株に投資をしようと思えば、PBRが3倍なので純資産の3倍の値段を支払う必要がある。結果、米国株の投資家リターンは20%/3=6.6%となる、

他方でROEが8%、すなわち純資産の8%のリターンを出す日本株に投資をしようと思えば、PBRが1倍なので純資産と同じ値段を支払えばよい。結果、日本株の投資家リターンは8%/1=8%となる、すなわち、日本株の投資家リターンのほうが高い」

……と表せます。

すなわち、「高いROEを得たければ、たいていは高い価格を支払う必要があり、低いROEでよければ、必ずしも高い価格を支払う必要はない」ということです。

こうみると、改めて「高いROEを求める必要がなぜあるのか」と疑問をお持ちになるかもしれません。

ROEは投資家にとって「不十分な情報」

メディアやアナリスト、当局が強調するために、「ROEが高い株式に投資をするのがよい」と思われるかもしれません。しかし、前節でみたように、①投資家はROEで示される利回りで投資を回せるわけではなく、②たとえROEが高くてもPBRも高ければ、投資家は高いリターンを得られません。ROEは投資のための情報としては不十分です。

前節でみてきたように、大事なのは「ROEとPBRのバランス」、割り算で約分をすれば「1株利益と株価のバランス」であり、「投資家リターン」(=1株利益/株価)です。すなわち、最終的には「利益の成長性が高く、株価が割安な株式に投資をする」という基本に収れんします。

そして、[図表5]に示すとおり、過去10年のほとんどの期間において、日本株の投資家リターンは米国株を上回り、日本株は優れた投資家リターンを生み出してきました。

そして、[図表6]に示すとおり、現在(1年先の予想1株利益/現在の株価)も状況は同じです。

「ROEの低さ」なのか「人口減少」なのか、こうした情報を背景に「国内投資家の日本株離れ」が生じてきたとすれば、ほかの多くのことと同様、国内メディアの影響が大きいと筆者は感じます。

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重見 吉徳

フィデリティ・インスティテュー

首席研究員/マクロストラテジスト

(※写真はイメージです/PIXTA)