ポケモンと工芸の邂逅! 2023年3月21日より、石川県金沢市にある国立工芸館で開催されている、『ポケモン×工芸展-美とわざの大発見-』(以下、ポケモン×工芸展)は、人間国宝から若手まで20名のアーティストによる「ポケモン×工芸」作品・72点が楽しめる展覧会だ。

【画像】ポケモン×工芸展で展示されている作品の一部(全7枚)

 会場では、多種多様な素材や技法で作られた器・着物・帯留め・オブジェなどといった作品が展示され、ポケモンと工芸を掛け合わせることで生まれた“かがく反応”を味わうことができる。

 なぜポケモンと工芸が出会ったのか? そしてそれぞれの作品はどのようにして制作されていったのか? そんな気になる問いを、ポケモン×工芸展を担当する国立工芸館主任研究員の今井陽子氏に伺った。

〈プロフィール〉
■今井陽子
国立工芸館主任研究員。成城大学大学院文学研究科博士課程前期修了(美学美術史専攻)。同館にてさまざまな近現代工芸に関する展覧会を企画する。

ポケモンと工芸が正面切って出会ったことで何が生まれたのか!?

ーーポケモン×工芸展が開催されることになったきっかけは?

今井:株式会社ポケモンさんから、旧・工芸館(当時の東京国立近代美術館工芸館【※1】)あてに、「アートや工芸の分野において、何かポケモンが貢献できることはありませんか?」とお話をいただいたのが、そもそものきっかけです。

【※1】東京国立近代美術館工芸館は、国の地方創生施策の一環である政府関係機関の地方移転として石川県金沢市に移転し、2020年10月25日に同地で活動を開始。2021年4月1日より、当初通称としていた“国立工芸館”が正式名称となった。

 そのときは、具体的に「展覧会をやりましょう」というお話ではなかったのですが、私がエデュケーターを兼務していることもあり、ポケモンさんとのミーティングに出席させていただいたんです。それがちょうど2020年の3月ごろ。

 そこから紆余曲折を経て、「ポケモンと工芸を掛け合わせた、本格的な展覧会を開催しましょう」という話に昇華し、私たちがキュレーションすることになりました。

ーーアーティストおよびポケモンの選定はどのようにして決まっていったのですか?

今井:アーティストに関しては、ポケモンさんと密に情報交換をしながら決めていきました。

 工芸館からは「このような工芸を作るアーティストがいますよ」とご提案しつつ、ポケモンさんもいろいろと調べていただき、ときには「よくこんな素晴らしいアーティストを見つけましたね!」と、その調査能力に舌を巻いたほどです。

 なお、そのときはちょうどコロナ禍だったこともあり、移動制限によって、私たちが県外の調査ができなくなっている時期でした。

 そんな状況のなか、株式会社ポケモンのみなさんが、都内で開催されている個展や展覧会をまわって情報を集めてくださったのは本当に助かりました。

 ……そして、作品のモチーフとなっているポケモンの選定については、基本的にはそれぞれのアーティストに決めていただいています。

 複数の方が同じポケモンを選ぶ可能性もありましたが、各アーティストの素材・技法の違いはもちろん、作風ごとに個性が際立つので、それもまた面白いだろうと……。また、工芸はある種こだわりの強い造形なので、制作の方向によって「選ぶポケモンも異なるのでは?」と楽しみなところもありました。蓋を開けてみれば、ほどよく重なりつつも、本当に多種多様なポケモンが登場し、良いバランスに収まったのではないかと思います。

 もちろん、今回依頼した20名のアーティストのなかには、ポケモンに詳しい方もいらっしゃいましたが、そうでない方もいらっしゃいました。

 ですから、「たとえば、こんなポケモンもいますよ」と情報提供はいたしましたが、「このポケモンをモチーフとして作ってください」というお願いはしていません。

 各アーティストが、ご自身の作風や技を活かせるポケモンを選んだ結果が、それぞれの作品に繋がっているんです。

ーー作品を依頼したときの、各アーティストの反応はいかがでしたか?

今井:アーティストのなかには、幼少期に『ポケットモンスター 赤・緑・青・ピカチュウ』を遊んだ、いわゆる“ポケモン第一世代”と言われる方も何人かいらっしゃいます。

 企画内容を説明させていただいた瞬間に「面白い! ぜひぜひ!」と即答してくださった方もいれば、「いま私がこういう作品を作っているのには『ポケモン』の影響があります。ぜひやらせてください!」と語ってくださった方もいらっしゃいました。

 もはや当然のことながら、“ポケモンを知らない”という方は、ひとりもいらっしゃいませんでしたね。

 今回、いちばんの年長者である金工作家の桂 盛仁さん(人間国宝・重要無形文化財“彫金”保持者)も、もちろんポケモンという名称はご存知でした。ただ、ポケモンにそれほど詳しくないということを懸念されて、最初は少し心配されているご様子でした。

 なお、各アーティストの方々に制作を依頼したのはちょうどコロナ禍で、さまざまな活動が制限されているときでした。

 そんななか、ポケモンというモチーフに魅力を感じていただき、「できるかどうかわからないけど、やってみたい」と制作意欲を掻き立てる動機付けに繋がった側面もあると思います。

 桂さんも「ポケモンは知っているけれど、パッと思い付くのはピカチュウくらい」とおっしゃりながらも、「でも、なんだかとっても面白そうなのでその話の続きを聞いてもいいですか?」とおっしゃっていて……。

 さらに、桂さんと親交の深い弊館の研究員がポケモン好きということもありまして(笑)、桂さんに「こんなポケモンはどうですか?」、「こんなポケモンもいますよ!」といろいろ情報をご提供させていただきました

 そのうえで、金工・彫金の特徴や技法を考えながら、「じゃあブラッキーをモチーフに作ってみよう」ということになったんです。

ーー本展覧会のコンセプトは?

今井:キーワードは「真剣勝負」と「かがく反応」です。

 ポケモンと工芸、正面を切って出会わせたらどのようなことが起きるのか、ということをコンセプトのひとつにしています。

 ポケモンは仮想世界の生き物ですが、私たちがポケモンと出会う時は、そのほとんどがモニター越しです。

 ですから、ポケモンの姿かたちについては、よく知っているようで気づかなかった側面があるかもしれません。

 昨今のゲームは描画技術の向上によって、3Dグラフィックで描かれることも多いですが、それでも私たちは2Dのモニターを通して認知します。

 そんなポケモンたちを立体物で表現するにあたり、それぞれの作品に工芸ならではの高い技術、そして豊かな物質感などが加わっていきます。

 きっとそこには、ポケモンファンの方々でも気が付かなかったようなテクスチャーや生き物ならではの存在感が生まれるのではないか……。

 だからこそ、生き物として出会ったときに「こんな姿だったんだ!」とその存在感に驚きを感じて欲しい、そのような部分に対してアーティストの方々は真剣に取り組んでくださいました。

 そしてもう一方で、工芸はアーティストの内側にある“作りたい意欲”から立ち上がってきた造形作品です。

 アーティストが関心のあることや、素敵だなと思うことを表現するのですが、ただし今回はポケモンというテーマが前提条件です。

 そこに挑んでいくにあたり、アーティストの方々は、それまで蓄積してきた経験や知見をフル稼働させていきます。そうすると、あらためてこれまで自身が作品を作ってきたこと――つまり、技法のこと、素材のこと、そして何のために作ってきたのか、ということを、考えるきっかけにも繋がったそうです。

 そういった、工芸の面白さや輝きというものにも、ぜひ注目していただければ嬉しいです。

ーー本展覧会の見どころは?

今井:展示は、「すがた ~迫る!~」、「ものがたり ~浸る!~」、「くらす ~愛でる!~」の3部で構成されています。

 各アーティストの傾向や、ポケモンと工芸を掛け算で結び付けたときに、「こんなことが期待されるのではないか?」ということで考えついたのが、この3つのテーマです。

 「すがた ~迫る!~」では、ポケモンの姿かたちを質感豊かに表わし、存在感に迫った作品を展示しています。

 「ものがたり ~浸る!~」では、ポケモンと工芸の2つの世界観を行き来する物語を楽しめるようになっています。

 最後に、「くらす ~愛でる!~」では、装飾や機能などといった工芸の価値観にポケモンたちが飛び込んできたような作品(生活のシーンで活躍する工芸作品)を集めました。

 なお、アーティストの方々には、あらかじめ部構成であることをお伝えし、どのセクションに展示するかをご提案していました。

 ですから、各セクションのテーマからイメージをふくらませて制作に取り組んでいただいた方もいらっしゃいます。

 なお、「ものがたり ~浸る!~」には、ポケモンの姿かたちではなく、ポケモンの“わざ”をモチーフとした作品もあります。

 漆造形作家の田中信行さんはゴーストタイプの技“かげうち”と、ご自身の長年のテーマである漆黒の意味を重ね合わせました。またガラス作家の新實広記さんはこおりタイプの技“つららおとし”が見せる恐ろしさと美しさが共存したイメージをガラスで表現しています。

 「ポケモンファンの方々にどのくらい伝わるだろうか」という懸念も少しありましたが、実際に会場にお越しくださった方々を拝見すると、インスタレーションとして、その場の雰囲気、そしてポケモンと工芸とが築いた世界観を楽しんでいらっしゃるようです。

 作品の横に掲示した解説をじっくりと読んで頷いていらっしゃったり、またご家族連れのお子さまが、「この“つららおとし”は、当たるとヤバいやつだから!」などと、お母さま、お父さまに熱心に説明されている場面も見受けられ、思った以上に見る方も“真剣勝負”で、作品のなかに入り込んでくださっている印象です。

ーー工芸の面白さ、魅力はどのような部分ですか?

今井:工芸の魅力を語るうえで、“用と美”という言い方をすることがよくあります。優れた機能性、そしてその美しさを指す言葉です。

 なぜ、その機能と美しさが追及されたか。それは本展の「くらす ~愛でる!~」のセクションとも関係してくるのですが……“LIFE”という英単語には、「人生・生きる」、「生活・暮らす」という意味がありますよね。

 私たちが、“生きて・生活”していくなかで、「こうだったらいいのにな」という願いと、行為を通してそれを実現していこうとする要素が工芸にはたくさん詰め込まれています。

 たとえば水を飲むには、紙コップでもどんぶりでも、もっと言えば手で飲んでもいいわけです。しかしみなさん、自分の好きなカップってありますよね。

 お気に入りのカップを使うことでちょっと元気になったり、生活空間のなかにあるだけで気分が上がったり、触れると「気持ちいい」と思えたり……。

 人間は生きていくうえで、克服していかなければならないことも多いですが、“心豊かに生きて生活”するツールの、もっとも身近なものが工芸だと思うんです。

 工芸には、多くの知恵が盛り込まれ、しばしば使う人への愛情……たとえば「快適でありますように」、さらには「健やかでありますように」といった願いも含まれています。しかも、それをいちいちと主張しない。しかし、私たちは数々の工芸とそれを手掛けた人の想いに支えられながら日々を送っています。

 また、最近は多様性という言葉をよく耳にしますが、まさに日本の工芸は多様性の権化です。

 西洋のお皿だと、ある程度決められたサイズ感で展開していますが、日本の工芸は、お皿とも鉢との境界も曖昧な器も多いです。

 海外の器とは比べ物にならないほど、多様な形状があるんですよね。

 たとえば英語にするとBowl(ボウル)と訳される器を見てみると、汁椀、飯碗、蓋物、盒子(ごうし)、向付、猪口(ちょく)、玉割、中付など、さまざまな呼び方をします。このように種類(名称)が多いのは、それは作った人・使う人への思いが込められているからです。

 これらが、まとめて食卓に置かれたとしても、かたちはバラバラだけど一緒にあることでそこにハーモニーが生まれる。それはまさに、異なるものを認め合う多様性ということでもあります。

 以上のようなことが、工芸の面白さのひとつだと思っています。

 そして、この多様性、あらゆるものに価値を見出せる文化というのは、まさにポケモンにも通じることだと感じています。

ーー「ポケモンは好きだけど工芸に詳しくない」という人は、本展をどのように楽しめばいいですか?

今井:まずは、好きなポケモンがいるかどうかを探してみるのも楽しいと思います。お気に入りのポケモンたちの迫力に満ちた存在感と向き合ったり、文様や機能になりきったその活躍ぶりをぜひ見届けてください。

 また、好きなポケモンがいなかったとしても、展示している作品を通じて「こんなポケモンもいたんだ」、「このポケモンの姿かたちはこんな風だったんだ」と観察しながら、そのどんなところにグッときたのかを探ってみてください。ご自身の感性を奮い立たせながら、出会いと発見を楽しんでいただければと思います。

 また、本展は写真撮影も可能です(フラッシュ、三脚撮影、動画撮影は禁止)。SNSでハッシュタグ「#pokemonxkogei」をつけてつぶやいていただけば嬉しいです。

 このような展覧会で作品を見るときには、基本的には“作品と私”という1対1の関係ですが、たとえばSNSを通じて、ほかの方の感想や見方を知ることによって、「それって、そういうことだったんだ!」など、また新たな発見が生まれることもありますよね。

 展覧会という物理的な空間のなかだけではなくて、家に帰ってからも、あるいは展覧会に来るまえからも“その展覧会で何が起きてるのか”ということを楽しんでいただけたらと思います。

ーー72点もの新作が展示されているなかで、とくに今井さんが注目する作品は?

今井:もちろん、すべての作品がオススメなのですが、個人的にひとつ挙げるとしたら、染色家・小宮康義さんの〈江戸小紋 着尺 「ゲンガー・ゴースト」〉です。

今井:〈江戸小紋 着尺 「ゲンガー・ゴースト」〉は、全展示作品のなかでいちばん最初に拝見したものなので、忘れがたい1点です。

 江戸小紋は、型紙を使用した型染めと呼ばれる文様染めの技法です。その構成要素は極小の点・線・面のみと、ものすごくミニマムです。

 今回の作品では、整列したゴーストたちの輪郭線を辿っていくと、離れたり近づいたりする曲線が浮かび上がると思います。

 このような曲線は、日本の伝統文様のひとつで“立涌(たてわく)”と言います。対向する曲線2本で構成し、水蒸気が涌き立ちのぼるさまに見立てられ、縁起の良い文様とされています。

 ちなみに、ゴーストは“ガスじょうポケモン”ですから、“水蒸気×ガス”といった浮遊するイメージとぴったりです。

 一方、ゲンガーは、とある部分のみ、文様のどこかに隠れています。隠れ上手なゲンガーの姿をすべて表さなかったのは、ちょっと洒落た感じもありますよね。

 江戸小紋と呼ばれる染めが生まれた江戸時代は、庶民のあいだで洒落た文化が流行った時代です。「そんな遊びの文化を、現代にも呼び起こしたいですね」と、小宮さんと少しお話ししていたのですが、そんな会話の記憶も作品に落とし込んでくださいました。

 見た目は平らな生地ですが、これにドレープ(たるみ・ひだ)ができると、ゴーストたちがすごくゆらゆらするんですよね。

 ドレープの場所によっては、生地に浮かぶ陰影のなかでゴーストが、隠れたり現れたりします。ポケモン(ゴースト)のパーソナリティと文様の特質が絶妙に作用しあった、作品だと感じています。

ーー最後にひとこと

今井:来館者のみなさまがSNSで投稿してくださったコメントや写真を見ると、本当に作品の魅力に正面から向き合ってくださっているんだな、と感じます。

 「ポケモンが好き!」だけで終わらず、そのポケモンの魅力とともに、それと同じくらい工芸の魅力、そしてそれを作ったアーティストの方々への想い、というのも熱く語られていて、それが非常に嬉しく、また本展を開催して良かったなと思っています。

 もし、作品に関心をお持ちいただけたのなら、それがどんな背景から作られたのかなど、その先にある工芸の魅力にも触れていただければ幸いです。

 たとえば、家にあるお皿のすべすべ感をあらためて味わったり、“この模様にも何か意味があるのだろうか”といった、工芸のことをちょっと考えるきっかけが生まれたらいいな、と感じています。

 たくさん魅力的な作品が揃っていますので、まだの方は、ぜひ会期中にご来館いただければ嬉しいです。

〈メイン写真クレジット〉
吉田泰一郎
個人蔵 撮影:斎城卓
サンダース

〈取材・文=ローリング内沢

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吉田泰一郎「サンダース」個人蔵 撮影:斎城卓