「最近注目の俳優は?」という質問をよく受けるが、ここ数か月は「パク・ジニョン」と答えている。韓国で昨年12月に公開された『聖なる復讐者』(公開中)を観てからだ。それだけ衝撃的だった。アイドルグループ・GOT7のジニョンが俳優としても活動していることは知っていた。特に昨年放送されたドラマ「ユミの細胞たち2」では、主人公・ユミ(キム・ゴウン)の相手役ユ・バビを演じ、爽やかな笑顔にメロメロになった視聴者が続出、「ユ・バビシンドローム」と言われたほどだ。

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■一人二役で真逆のキャラクターに扮したGOT7のパク・ジニョンが新人賞に!

『聖なる復讐者』では双子のイルとウォルを一人二役で演じたジニョン。顔は同じだが性格は真逆と言っていいほど違う。兄のイルはけんかっ早く荒々しい性格で、弟のウォルは知的障がいがあり、おとなしい。クリスマスの朝に死体となって発見されたウォルを殺したのは誰なのか? 不良グループが怪しいとにらんだイルは真相を探るため、わざと罪を犯して少年院に入る。イルもウォルもユ・バビとはあまりにもかけ離れた役で、映画を見ながら目を疑った。

ドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」で、自閉症スペクトラムのウ・ヨンウを演じたパク・ウンビンが絶賛されたように、障がいのある役は俳優にとっては大きな挑戦ではあるが、演じきった暁には高い評価につながる可能性も高い。『聖なる復讐者』のジニョンは、それに加えて一人二役。4月に開催された第59回百想芸術大賞で見事、新人賞に輝いた。授賞式の舞台に上がったジニョンはまず、キム・ソンス監督に「僕を信じてこのキャラクターを任せてくれて、本当に本当にありがとうございました」と感謝の言葉を述べた。

ちなみに受賞のあいさつで開口一番、「名前を聞いてびっくりしたと思いますが、本名です」と言ったのは、パク・ジニョンと言えば韓国では真っ先に思い浮かべるのが、日本では「J. Y. Park」で知られるJYPエンターテインメントのパク・ジニョン代表だからだ。しかもGOT7はJYPからデビューしたグループで、パク代表と区別するためジニョンは「Jr.」と呼ばれていた。だが、『聖なる復讐者』の名演によって俳優パク・ジニョンの知名度は一気に上がった。「これからがスタートだと思っています。尊敬する先輩たちのように長く演技をやっていきます」と宣言し、アイドルのジニョンから、本格的に俳優の道を歩んでいく、その決意が感じられた。5月に陸軍に入隊したが、除隊後またどんな演技を見せてくれるのか、いまから楽しみだ。

■被害者の存在を際立たせた異色の復讐劇

韓国での公開前にソウルで開かれた記者会見には、キム・ソンス監督とジニョンをはじめ主要キャストが参加した。キム・ソンス監督は、映画『美しき野獣』(05)やドラマ「君を守りたい~SAVE ME~」(17)などを手がけてきたが、「これまでの作品がジャンル性の強い作品だったとすれば、今回は復讐劇というジャンルよりも、なにを語るのかに集中して作った。いつも考えていたのは、復讐劇に被害者の存在感がないということ」と話していた。逆に言えば、キム監督はこれまでの復讐劇とは違い、被害者の存在感を際立たせた、ということでもある。

映画の冒頭、ウォルは遺体で見つかる。が、その後も、回想シーンなどで生前のウォルがたびたび登場する。イルは復讐を試みる中で、ウォルがどんな人生を送ってきたのか、そのウォルに自分はどう接してきたのか、ということと向き合うことになる。復讐に燃えるイルだが、自分自身、障がいのあるウォルに決して優しく接してきたわけではなかった。監督は会見で「ヒューマニティ」という言葉を何度か使ったが、『聖なる復讐者』は主人公が復讐を果たすことにポイントがあるのではなく、復讐の過程でヒューマニティを獲得していく主人公を描いた映画だった。ただ、イルがヒューマニティを獲得するまでの道のりは険しい。イルはウォルの復讐のため、自ら事件を起こして少年院に入る。ウォルをいじめていた不良グループが先に少年院に入っていたからだ。そこは日常的に暴力が繰り返される無法地帯

圧巻だったのは、風呂場のけんかのシーンだった。つるつる滑る風呂場で、裸に近い状態でのけんかは、ジニョンも「心理的にも体力的にも大変じゃなったと言うとウソです」と苦笑い。かっこいいアクションよりも生々しい暴力を見せるため、呼吸を合わせるような練習をせずに挑んだという。キム・ソンス監督は「ありのままの暴力を撮りたかった」と言う。暴力シーンを見た観客が「暴力は嫌だ」と感じる感情こそ、監督が目指したものだった。

『聖なる復讐者』の韓国の原題は『クリスマスキャロル』で、チュ・ウォンギュの同名小説が原作だ。よりによってクリスマスの朝、遺体で見つかるウォル。キム・ソンス監督は「イエス・キリストの誕生日に、逆説的に悲惨な死。人は極限の状況で神にすがり、祈るが、大抵は助けてもらえない。信仰とはなんだろうという問いかけを込めた」と話していた。映画の中で何度かウォルがクリスマスキャロルを歌うが、どこか悲しい響きだった。ウォルはなんらかの苦痛に耐える時にクリスマスキャロルを歌っていたのだ。

韓国はクリスチャンが多く、街中にたくさんの教会がある。ラストシーン、暗闇の中でたくさんの教会の十字架が赤く光る光景が目に焼き付いた。こんなにたくさんの教会があって、そこで祈る多くの人たちがいるはずなのに、誰も苦しむウォルに手を差し伸べることができなかった。キム・ソンス監督の信仰についての問いかけは、映画全編を貫いていた。

■脇を固めるベテランのキム・ヨンミンと将来有望なキム・ドンフィ

殺伐とした少年院の中で、1人場違いのように優しい教師スヌ(キム・ヨンミン)は、一匹狼で周りは敵だらけのイルにとって、砂漠の中のオアシスのような存在だ。キム・ヨンミンは大ヒットドラマ「愛の不時着」で北朝鮮の盗聴係“耳野郎”の役を好演し、日本でも知られるようになったが、それよりずっと以前から演劇、映画、ドラマで幅広い役を演じてきた演技派だ。そのキム・ヨンミンが、少年院で1人穏やかに笑っている姿を見ると、どこか不気味な感じがする。

会見でキム・ヨンミンは「スヌは優しそうに見えて、そういう人が持っている裏の面、それがポイントだった。その裏面をどの段階でどこまで観客に見せるのか悩んだ」と話していた。耳野郎のお人好しで純粋ないい人とはまた違う、一見いい人のようでそれが逆に観客を不安にさせるようなスヌの複雑なキャラクターは、キム・ヨンミンだからこそ、だった。

ジニョンの他にもう1人、注目の若手であるキム・ドンフィも出演している。現在日本でも公開中の『不思議の国の数学者』(22)で名優チェ・ミンシクと共に主演し、昨年の青龍映画賞新人賞を受賞した。『聖なる復讐者』では不良グループの末端でこき使われるファンを演じた。ファンは保身のために不良グループにくっついてはいるが、実はウォルと親しかった。イルはファンを通して、自分が気づけなかったウォルの真実を知る。不良グループのリーダー、ムン・ジャフンを演じたソン・ゴニが会見で「イルが怖かった。目を見るだけで逃げ出したくなった」と言うと、キム・ドンフィは「僕はあなたが怖かった」と恨めしそうにソン・ゴニを見ながら言った。ジャフンは親の権力を笠に着て少年院でもやりたい放題の傲慢なキャラクターだったので、役柄とは打って変わって怖がりのソン・ゴニと、役柄のシニカルな雰囲気そのままのキム・ドンフィの対照的なやりとりに会場が沸いた。

キム・ソンス監督は、復讐を果たす痛快なハッピーエンドよりも、「イルがもう少し生きてみようと思うような機会を与えたかった」と話していた。その、イルにもう少し生きてみようと思わせるのは、ファンだ。結局手を差し伸べるのは神ではなく、人間だった。凄惨な復讐劇の先に「人間」という一縷の望み、そんな余韻が残る作品だった。

文/成川 彩

荒っぽい兄・イルと知的障がいを持つ弟・ウォルを一人二役で演じたパク・ジニョン/(c)2022 FINECUT Co., Ltd. & BLUE PLAN’IT Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED