交通事故に遭い怪我をした。その際どんな対応をすれば、万事うまく収まるのでしょうか。多くの人にとって、事故には遭いたくないですし、経験値はほぼないもの。戸惑うのが一般的でしょう。そこで、ココナラ法律相談のオンライン無料法律相談サービス「法律Q&A」によせられた質問をもとに、交通事故の被害者になった際の的確な対応について、浅川有三弁護士に解説していただきました。

タクシー運転手の不注意でケガを負い…

相談者のりょうさん(男性・仮名)は、 乗車していたタクシー降車時に、足を轢かれてしまいました。扉が開き、降りると同時にドライバーがタクシーを動かしたためです。ケガ自体は軽度の打撲で全治一週間程度。現場に来た警察官は、物損事故扱いで処理し、その際、「後ほど人身にも出来ます」と相談者に言ったそうです。

相談者のりょうさんはどうしようか思案中。念の為、ネット等で調べてみたそうです。 すると「物損のままだと慰謝料を貰えない」との情報があったといいます。

そこで不安になった相談者のりょうさんは、ココナラ法律相談「法律Q&A」に次の2点について相談しました。

(1)物損のままで本当に慰謝料はもらえないのか。もらえる方法があるなら教えてほしい。

(2)人身事故にすることで慰謝料の額に影響が出ることはあるのか。あるとすれば最大でどのくらいになるのか。

物損事故と人損事故の違いとは

先に結論を申し上げますと、物損事故扱いのままであっても、交通事故によって怪我をしてしまったのであれば、慰謝料をもらうことは当然可能です。

そもそも、法律上は「不法行為によって相手に損害を与えてしまった時は、その損害を賠償しなければいけない」と定められており、交通事故を起こした加害者は、人身届けがされていようがいまいが、慰謝料を含めた被害者の損害を賠償しなければなりません。

従いまして、人身届けをしていなかったとしても、それによって慰謝料が請求できなくなる、ということはありません。

それでは、なぜ警察では物損事故と人損事故とを分けて受理しているのでしょうか。

交通事故を起こした加害者は、①民事上の責任、②行政上の責任、③刑事上の責任、の3つの責任を負うことになります。

①は被害者に対する賠償の問題、②は免許の点数の問題、③は罰金や懲役等の問題ですが、実は行政処分、刑事処分において事故として扱われるのは、原則として人身事故のみであり、物損事故で行政処分、刑事処分の対象となるのは、家やビルなどの建造物を損壊した場合に限られています。

そのため、本来どのような怪我であっても、定義上は人身事故に該当するのですが、あまりにも軽微な怪我にもかかわらず、刑事処分、行政処分の対象とするのは処分として重すぎてしまうこともあるため、物損事故のままで処理されることもあります。

なお、お互いに過失が存在する場合、人身事故に切り替えると、被害者も行政処分の対象となってしまうこともあります。

後から人身事故に切り替えようと警察に申し出た際に「あなたの免許の点数引かれることになるよ!」と脅された(?)ことがある人もいるかもしれませんが、これはこのようなことが理由です。

従いまして、「物損事故のままだと慰謝料がもらえない」ということはなく、交通事故によって怪我を負ってしまった場合は、警察での処理がどちらであっても、慰謝料請求をすることは可能です。

人身事故に切り替えると“慰謝料が増える”ってホント?

このように、交通事故を人身事故で処理するか、物損事故で処理するかの大きな違いは、行政処分、刑事処分の対象となるかという点にあり、警察で物損事故として処理されていたとしても、怪我の賠償が受けられなくなるわけではありません。

それでは、慰謝料の額などについても、まったく差はないのでしょうか。

この質問に答える前に、まず簡単に交通事故による慰謝料の額の決まり方について解説します。

そもそも慰謝料というのは「不法行為によって被った被害者の精神的苦痛に対する慰謝」の額のことであり、本来苦痛の感じ方は人によって異なります。

ただ、基準がないと人によって不公平な結論になってしまう恐れがあるため、ある程度客観的な指標が必要となります。

交通事故の場合は、「怪我の内容」と「症状固定時までの治療期間」が大きな指標となっています。

ざっくり言うと、怪我が重く、治療の期間が長引けば長引くほど精神的な苦痛は大きくなり、慰謝料の額も大きくなります。

ただここで問題となるのが、基準となる治療期間が、治療を終えたまでの期間ではなく、症状固定時までの期間である、という点です。

症状固定というのは、「これ以上治療を続けても、治療の効果がなくなった時点」とされており、これは主治医の判断はもちろん、受傷の程度や治療の内容、事故の状況など、様々な事情を総合的に判断して決めることになり、その中に、警察での届出がどうだったか、と言うことも含まれています。

そのため、物損事故で届出をしている、かつ治療期間が長くなってしまうと、加害者側から「物損事故で届出をしているのだから、事故は軽微で、怪我をしていたとしてもそれほど重篤な怪我ではないはずだ。症状固定までの期間は、せいぜい1ヵ月だ!」などと主張されてしまうことがあります。

もちろん、数多くの事情を総合的に判断することになりますので、警察への届出が物損事故だから、というだけで症状固定までの期間が短くなるということはありませんが、治療期間が短い方向に働く事情であることは間違いありませんので、慰謝料額も減ってしまう可能性は0ではありません。

それだけではなく、怪我の内容についても「重篤な診断名が書かれているが、警察へは物損事故で届出をしているのだから、それほど大きな怪我を負うはずがない。本件事故とは無関係の怪我だ」などと主張されてしまうこともあります。

そのため、事故直後は興奮状態であまり痛みを感じなかったが、事故後何日かして痛みが強くなってきた、というような事情がある場合は、人身事故への切り替えも考慮したが方が良いかもしれません。

また、双方で事故態様に争いがある場合も、注意が必要です。

交通事故が起きた直後は興奮状態にあることもあり、当事者双方が事故の状況などをはっきりと覚えておらず、または勘違いをしてしまい、後日争いになってしまう、ということもあります。

最近はドライブレコーダーを搭載している車も増えてきており、客観的に事故の状況が確認できるケースも多いですが、客観的な事故状況がわかる資料がない場合、警察の作成する資料が有力な証拠になります。

しかし、刑事で事故と扱われるのは、原則として人身事故に限られますから、物損事故で届出がされた場合、警察では詳細な資料を作成されません。

そのため、事故状況が立証できず不利に扱われてしまう、ということもあります。事故状況に争いが生じるような事案の場合、この点についても考慮が必要となります。

以上のとおり、警察に人身事故として届け出るか、物損事故として届け出るかは、民事上の損害賠償請求には直接影響はしません。

ただ、物損事故のままですと、怪我の状態や治療期間を判断する際、被害者に不利に認定されてしまう恐れがあることや、警察が詳細な調書を作成しない、というデメリットもあります。

従いまして、物損事故のままにするか、人身事故に切り替えるかは、この点も考慮して判断した方が良いでしょう。

(※写真はイメージです/PIXTA)