荻上直子監督最新作、映画『波紋』(5月26日公開)のティーチイン付きのMOVIE WALKER PRESS試写会が17日、ユーロライブにて開催され、荻上監督が登壇し、作品を鑑賞したファンからの質問に答えた。

【写真を見る】劇中に登場する「枯山水」が印象的!

本作は、『かもめ食堂』(06)、『川っぺりムコリッタ』(21)の荻上監督がずっと温めてきたオリジナル作品で、新興宗教や老老介護、震災、障害者差別などのテーマを通じて“絶望”を描き出す物語だ。夫の失踪をきっかけに新興宗教に救いを求め、のめり込んでいく主人公、須藤依子を筒井真理子が演じ、光石研、磯村勇斗、柄本明、キムラ緑子、木野花、安藤玉恵、江口のりこ、平岩紙ら実力派俳優陣が脇を固めている。

本作の着想は、荻上監督がとある新興宗教施設の前を通りかかった時に目に入った傘立てだった。「昼間から綺麗な格好をした奥様たちが出入りしているのは知っていて、『ここはなんの施設だろう』と思い、検索したら新興宗教の施設だということがわかりました。ある雨の日に施設の傘立てにたくさんの傘が立てられていて。その量にゾッとしました。宗教を拠り所にしないと生きていけない人たちがこんなにいるんだと感じ、宗教にハマる主婦のお話を書いてみようと思いました」と振り返る。最初は家族の物語を描く予定だったという。「主婦、その夫、そしてその息子。それぞれにフィーチャーした『アメリカン・ビューティー』のような物語にしたかったのですが、脚本がうまくいかなくて。主婦の話に狭めて書き始めたら、うまく物語が転がり出し、いまの形に至ります。時間はかなりかかりました」と脚本作りの経緯を明かした。

筒井がフラメンコを踊るシーンについて。「踊りにはどんなメッセージが込められているのか?」という質問に「脚本を書いていて、ふと“フラメンコ”というワードが出てきたのですが、フラメンコのステップには『私はここにいる!』という意味合いがあるのを、あとから知って。結果ぴったり(でよかったな)と思いました」とニッコリ。筒井演じる主人公が丁寧に作り上げてきた庭を壊してほしかったそうで、「どうしたらグチャグチャになるのか。激しい踊りがいいのではという発想からフラメンコになりました」と説明し、筒井によるフラメンコシーンはワンショットでの撮影だったことにも触れた。

晴れているのにどしゃ降りで「不気味だった」という観客の感想に「撮影当日はカンカン照りで。曇りや雨の日に撮影日をズラす方法もあったけれど、予算がないからその日のうちに撮り切るしか選択がなくて…」と苦笑いの荻上監督は「最近、すっごい晴れの日に雨みたいな天気もあるし、幻想的なシーンなので(晴れでも雨が降ってていいと)割り切って撮影しました」と結果的に、本作らしいテイストに仕上がったと胸を張り、「実は狙いました(笑)」とニヤリとしながら言い換えると、会場は笑い声と拍手に包まれた。

母親と息子の描き方について荻上監督は「母親って息子のことが大事で大事で仕方がないというところがあると思います。私には兄と姉がいるのですが、どうしても兄が一番可愛いというのがわかるんです。母親はどんな彼女を連れてきても『うちの息子は騙されている』思っちゃう気がします」とコメント。息子から結婚相手として紹介された彼女が障害を持っていることについては「決して弱い存在ではないということを描きたかったんです。守ってあげなきゃいけない存在ではなく、もっとおもしろく描きたくて。私自身が見たかった気が強い彼女にしました」と意図的なキャラクター作りだったと語った。

ムロツヨシの出演については「ほぼほぼ友情出演です(笑)」と笑顔。「キャラクター自体は脚本にあったけれど、配役を誰にしようかと考えた時にムロさんにお願いしてみようと思って。直接電話して『1日だけ出てくれない?』とオファーしました。エンドロールで気づく人もいるようです」とこれまでに本作を観た人の反応も明かした。

■「生きていれば普通に災難が降りかかっている気がする」

主人公に父親の介護を押しつけ失踪するも、突然戻ってくる夫への復讐として登場する歯ブラシのシーンについては「Googleで”夫スペース仕返し”や”夫スペース復讐”と検索すると、上のほうに出てくるのが歯ブラシを使った復讐でした(笑)。先日の試写会では私と同年代の方も多く、大爆笑していたので『みんなやっているんだ』と確信しました。“復讐あるある”なのかなって。男性はすぐに歯ブラシを買い替えたほうがいいです」と荻上監督が豪快に笑い飛ばすと、会場のあちこちからも笑い声が漏れていた。

枯山水の話をするシーンについては「ない水をあるように表現しているのが枯山水。この作品は水をテーマにしているので、プールのシーンや新興宗教の水などともつながっています」と説明。また、現在ニュースで取り上げられている社会問題がたくさん盛り込まれていることについては「脚本を書いたのは3年前。撮影がスタートしたのは脚本を書き終えてから2年後でした。作品を仕上げているなかで、(世の中では)宗教の問題が浮き彫りになったりして、時代が私に追いついて来たような気がします」とニヤリ社会問題てんこ盛りにしたのは狙いではなく、登場人物それぞれの人生を描いていく上で自然にそうなったとし、「3.11やコロナ、老老介護などは普通にあること、ドラマティックなことではありません。生きていれば普通に災難が降りかかっている気がします」と見解を述べた。

プールのシーンは『かもめ食堂』にも登場。荻上監督にとって「泳ぐことに特別な意味があるのか?」という質問に「好きなんでしょうね、きっと」と回答。「周りに人がいても、夢中で泳ぐと一人になれます。泳ぐのが好きだし、水中で音が変わるから私も歌っている気がします。また同じネタを使っちゃいましたね(笑)。よくあるんです、繰り返しやっちゃうことって。気をつけます」と苦笑いする場面もあった。

これまでの荻上監督作品とはガラリと違う印象を受ける本作。「『かもめ食堂』以来、私のことをすごくいい人とか、料理がとても上手な人と思ってくださる人が多くて。でも、それは本当に勘違いで(笑)。料理は大嫌いだし、できる限り誰かにやってもらいたいと思っています。友達もいないし、意地悪だし、嫌いな人もいるし、20年くらい前の出来事もずっと引きずったりもします。そういうネガティブな感情を全部出してみたくて。歯ブラシのシーンしかり、撮影中もすごく楽しくて、自分はこんなにも意地悪を楽しんでいるんだと思ったら、もっと邪悪なものを作りたいと思うようになりました。次はもっと意地悪なものを作りたいです」と話したあとで、「でも、そうなったらお客さんいなくなるかな?」と口にしつつも、笑える映画を作り上げたことに満足の様子。さらに「映画は意味をつけ出すとおもしろくなくなります。皆さんの解釈で受け取ってください!」と呼びかけてイベントを締めくくった。

取材・文/タナカシノブ

最新作『波紋』に登場する”水”を手にニッコリの荻上直子監督