2022年から始まった、世界的名門ボーディングスクールの開校ラッシュ。富裕層からしても「超高額」な費用を払い、幼い我が子を全寮制の学校へと預ける…。日本人にとってなじみの薄い英国式ボーディングスクールが、ここ数年で支持を拡大しているのはなぜなのか。国内でいち早く開校したハロウインターナショナルスクール安比ジャパンを例に、日本の国際教育の現在地を見ていきましょう。教育ジャーナリストの佐野倫子氏が解説します。

富裕層が選ぶ「教育の場」に地殻変動

代々慶應幼稚舎に通うご家庭でも、お子さんに小学校受験をさせず、インターナショナルスクールやボーディングスクール(全寮制校)に通わせる方がでてきました。中学受験がハードになりすぎたため回避、小学生や中学生から英語や国際教育に全振りするご家庭もあり、小・中学受験より割安、という声も上がっています。

かつて小学校受験や中学校受験をしていた層に、「地殻変動」が起きたのはここ数年のこと。そのきっかけの一端を担うのが英国式名門ボーディングスクールの日本開校ラッシュです。

この記事では、教育ジャーナリストの佐野倫子氏が、「ボーディングスクールに超高額な学費を払ってでも通いたい」と富裕層が考える理由を探るため現地をレポート。またグローバル教育の潮流に造詣の深い竹中平蔵氏、ハロウ安比校校長ミック・ファーリー氏へのインタビューを通して、日本の国際教育の現在地を検証します。

開校ラッシュの先駆け、ハロウ安比校に迫る

「明日からホリデイなので、生徒の多くは一時帰宅します。今日は保護者が、世界中からこの岩手県安比高原のキャンパスに集まっていますね。せっかく来ていただいたので、今夜は生徒が得意なことを披露する『タレント・ショウ』というイベントが開催されます。ピアノやチェロバイオリン、ダンス、バンド、歌、劇など…どんなことでもOK、それぞれが得意なことをコミュニティとシェアできる会です。友達とグループを組む子もたくさん。音楽コンクールで入賞している超実力派もいます」

取材中、そう語ってくれたのはハロウインターナショナルスクール安比ジャパン(以下、ハロウ安比校)の広報担当者。

ハロウ安比校は、日本における英国式ボーディングスクール開校ラッシュの先駆けとなった全寮制インターナショナルスクールです。イギリスの本校、ハロウスクールは450年の歴史を持つ英国の「ザ・ナイン」と呼ばれる世界有数の教育機関で、イートン校と肩を並べる英国の超名門校。

その流れを汲む10番目の海外姉妹校として2022年に誕生したハロウ安比校は、1年間の授業料と寮費が900万円超ということでおおいに話題になり、ご存じの方も多いでしょう。11歳から18歳(日本の小学校6年生から高校3年生)の7学年制なので、7年間通えば6,000万円以上となります。

今回はそのハロウ安比校に取材を申し込み、実際に生徒が暮らす寮や授業、食事や放課後の過ごし方を見せていただきました。

現在は一期生として11歳~15歳の男女約180人が学ぶキャンパスは広大で、ハイレベルな教育水準を叶えるために緻密に設計されています。

STEAM教育の舞台であるイノベーションセンター、クリエイティブアートセンター、講堂、室内プール、すべてが新築。建物を出ればゴルフ、テニスフットボールラグビーなどあらゆるスポーツに取り組むことが可能です。また、安比高原のスキーリゾートに近接しているため、冬は授業後にシャトルバスに飛び乗り、スキーなどのウィンタースポーツ三昧。ハード面では圧巻の一言でした。

日本の学校のイメージに比べると、ぐっと少人数制で生徒たちは授業を受けています。講師は世界中から招聘された、各分野で実績がある面々で、ソフト面も最高の環境と言えるでしょう。

しかし取材中何よりも驚いたのは、これほどインターナショナルかつハイレベルでありながら、アットホームという言葉がぴったりの愛情と笑いにあふれた校内の雰囲気でした。

「3週間の春休みを終えて帰ってきた生徒に、休暇はどうだった? と聞いてみると、『早く学校に戻ってきて、友達に会いたかった。兄弟がいっぱいいるみたいな学校に戻ってきたかった!』という声がたくさんきかれました。入学した7ヵ月前は幼さもありましたが、今ではハロウ生らしく、自信に満ち、自立した表情を見せているのが何より嬉しいですね」(ハロウ安比校広報担当者)

果たして、子どもたちに「早く学校に行きたい!」と言わしめる環境とは、一体どのようなものなのでしょうか? さっそく詳細を取材してみました。

国際的かつ家庭的なケアを受けられる稀有な環境

寮は授業棟と隣接しており、生徒たちは4つの寮のグループである「ハウス」のいずれかに所属。寮母のような役割の「ハウスマスター」は共に寮の一角に住み、24時間体制で生徒をケアするとのこと。

「たとえばイレギュラーな音楽のリハーサルや、ミーティング、スポーツの練習などがあれば、ちゃんとその活動に間に合うように朝起こしてくれたり、準備物が揃っているか確認してくれたり。寮長先生はまさに家でご両親が面倒を見てくれるように、それぞれの子どもを気にかけています。

薬を飲む必要がある子には、きちんと時間ごとに飲ませたり、思春期特有の悩みがあるときはとことん一緒に考えたり、個々の心身の成長に寄り添ったきめ細かいケアをしています。入学当初はホームシックになる子もいるので、そんなときはハウスマスターが夜間も付き添うことも。そんな風にじっくり子どもたちと濃密な信頼関係を築いています。また、学習面ではもちろんチューターがつき、その子の興味や才能にあったカリキュラムや課外活動を設計します」(ハロウ安比校広報担当者)

取材する前は漠然と、11歳から15歳の子どもが保護者から離れて英語で暮らすのはハードなのではないかとイメージしていました。しかし各分野のプロが、しっかりと個々の性格や能力を把握していて、かつ温かく生徒たちを育てている様子を見て、そのメリットは確かに存在すると思いました。

また、全寮制ならではの学年を超えた「縦割り」交流の影響も大きいようでした。あえて縦割りの環境にすることで生まれる、家族のような関係性。それが子どもたちに大きなプラスの作用を与えていました。

日本人の感覚をもってすると子どもが幼い頃に離れて暮らすのは淋しいようにも思えますが、教育のプロフェッショナルのもとで自立心やリーダーシップを養えるというメリットがあり、だからこそヨーロッパでは古くからボーディングスクールが発展したのでしょう。

「子どもが1人しかいない我が家は、当初離れて暮らすなどとは考えられませんでした。しかし説明会で、自然豊かな環境と、学校のビジョンに魅了され、検討するように。最終的には子どもが自分の意志でここに通いたいと決めました。初日はホームシックになりましたが、『でも自分で決めたからね、頑張る』と。

今では楽しく学校生活を送っていますし、お休みの際に家に帰ってくるたび、幸せに暮らしていることを子どもの様子から感じます。守られて愛情をもらい、自信に満ち溢れて育っている。そのことが、会うたびに子ども自身から感じられて、とても嬉しく思います」(ハロウ安比校22年入学保護者)

改めてなぜ今、国内外の教育熱心な保護者が「日本にある全寮制インターナショナルスクール」を選ぶのでしょうか?

その理由について、グローバル人材育成に詳しい東洋大学グローバル・イノベーション学研究センター客員研究員、慶應義塾大学名誉教授である竹中平蔵氏、そしてハロウ安比校の初代校長ミック・ファーリー氏に伺います。

トップランナーが考える「真の国際教育」

――なぜ今、ボーディングスクールが注目を集めるのでしょう?

竹中氏:グローバル教育とは人と人とが繋がる基礎と言えます。国境を超えた知的な交流は、社会そして世界を繋げるもの。たとえば、第二次世界大戦後、日本から未来を担う若者が選ばれ、アメリカで学ぶというプログラムがありました。実は、これが現在の日本とアメリカの強い関係性の基盤のひとつになっているのです。

ハロウ安比校をはじめとするボーディングスクールも、このような影響を与えるはずです。ここで交わされる「知の交流とコネクション」が、これからの社会を変える基盤となるかもしれません。

――なるほど、教育そのものはもちろん、国際的な環境で生まれる絆そのものにも価値があるということですね。

竹中氏:留学や、ハロウ安比校のような学校で行われる知の交流は「自分の人生をどう充実させるのか」という学びも含まれるでしょう。文化を楽しむことも含まれます。文化は、人間のクリエイティビティにおいてとても重要な役割を果たしています。国際的なイベントであるダボス会議を例に見てみても、必ず芸術パフォーマンスがあり、スポーツ選手や、著名な文化人なども招待されます。グローバルに活躍する人材にとって文化を楽しむということは欠かせないこと。このような点からも全人教育を通じて、スポーツ、アート、社会貢献の素養が身につく学校こそ、グローバル教育の模範であると思います。

――包括的な教育こそが鍵となり、そのことを体感している熱心な保護者が、全寮制インターナショナルスクールを選んでいるということですね。現在、日本でも「アクティブラーニング」の促進を掲げています。これに関しては、ファーリー氏が校長をつとめるハロウ安比校に一日の長があると思いますが、どのように取り組んでいらっしゃいますか?

ファーリー氏:まず私たちの「コア・カリキュラム」(平常授業)では、先生たちは生徒が主体となり、意欲的に学べるように様々な工夫をしています。STEAM教育においては自分自身で手を動かしながら、教科の垣根を超えイノベイティブに学ぶことが大切ですね。

そして何より、生涯かけて意欲的に学ぶ人材の育成のため「スーパー・カリキュラム」(科目を超えた学び)を大切にしています。生徒は自分の興味のある分野に対して、さらに深く探究し、教員にとっても自分の専門分野を生徒と共有できる機会でもあります。この経験を通じて生徒たちは「意欲的に学ぶこと」、「ギーク(オタク)であること」はカッコいいのだと気づき、より没頭することができます。これまで社会に影響与えてきたイノベーターやリーダーをみてみると、みなさん自分の分野に情熱を持ったギークですよね?

ハロウ安比校では、さらに芸術、スポーツ、社会貢献などの学びが加わることで全人教育を提供しています。このような複合的な学びができる日本では類を見ない学校と自負しています。

日本の国際教育が目指すもの

日本の国際的競争力は以前のような勢いを欠き、正念場を迎えています。そのなかで、日本という枠組みにとらわれずに活躍できる可能性を子どもに与えたい。そのような保護者の願いに応えるもののひとつが、全寮制インターナショナルスクールなのでしょう。

学費は高額ですが、ボーディングスクール卒業後は世界的名門大学に進学したり、国際的に活躍したりする人が大多数です。この「教育投資」は充分にリターンが見込めます。

これまで長い間、日本の教育は「受験競争に勝つこと」に比重を置いていたことは否めません。しかしその風潮についに風穴があいたとも言えるでしょう。入試における過度な負担を避け、可能性を評価してもらいながら、最高の教育が受けられるとなれば注目を集めるのも頷けます。

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<ハロウ安比校の場合の入学選考ステップ>

ステップ1:オンラインアプリケーションの提出

ステップ2:オンライン試験+英語ライティング試験

ステップ3:オンライン面接(生徒のみ)

※2023年度入学の受験に関しては、Year7~Year 11(11歳~15歳)の学年を募集。年齢に該当する生徒であれば受験可能。

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もちろんボーディングスクールは現状で誰もが選べる選択肢ではありません。しかし日本においてそのような教育機関が台頭しはじめたことは、国全体の国際教育水準を押し上げるはずです。

先の見えない時代、教育の重要性は高まる一方です。多くの方が、さまざまな考え方に触れ、納得のいく選択ができることを願ってやみません。

佐野 倫子

教育コラムニスト、小説家

東京都生まれ。埼玉大学教育学部附属小学校、共立女子中学高等学校を経て早稲田大学教育学部英語英文科卒。イギリス国立ロンドン大学ロイヤルホロウェイに留学。

就職・教育関連雑誌およびウェブサイトの編集者・ディレクターを経て、講談社WEBマガジンmi-mollet、ダイヤモンド・オンライン、東京カレンダーWEB、月刊[エアステージ]、Paranaviにて小説・教育コラムを多数執筆。

多数の受験生保護者への取材と自身の経験をもとに小説『天現寺ウォーズ』、『知られざる空港のプロフェッショナル』を出版。2023年11月には中学受験関連書籍を出版予定。

(※写真はイメージです/PIXTA)