「新型コロナの感染拡大当初、政府の『やってる感』をアピールするために、全国の小中高校を一斉に臨時休校にしたのと似ていると思います」と語る山下洋平氏
新型コロナの感染拡大当初、政府の『やってる感』をアピールするために、全国の小中高校を一斉に臨時休校にしたのと似ていると思います」と語る山下洋平氏

全国初の"ゲーム条例"として2020年に成立、施行された「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」。18歳未満の子供を対象とし、一日のコンピューターゲームの利用時間を「平日は60分、休日は90分まで」などと定めた条例は、全国的にも大きな議論を呼んだ。

条例が成立に至る過程で何があったのか? 香川と岡山をエリアとする地元放送局、KSB瀬戸内海放送の記者である山下洋平氏が『ルポ ゲーム条例 なぜゲームが狙われるのか』を上梓。施行後も、この問題を追い続ける中で見えてきた、日本の地方政治の実態とは?

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――20年3月に香川県議会で、いわゆるゲーム条例が成立してから約3年がたちました。山下さんが、粘り強く取材を続けた理由はなんですか?

山下 きっかけは、香川県議会がゲーム条例の制定に向けて募集したパブリックコメントパブコメ)で、条例に賛成の意見が全体の8割に上ったという発表への強い違和感でした。

この条例案は「時代に逆行している」「家庭の問題に行政が踏み込むべきではない」といった異論が噴出し、それがSNSを通じて広がり、全国的な話題になりました。

それなのに、県民の8割以上が賛成というパブコメの結果を聞いて、率直に「そんなバカな。これは絶対おかしいよな」と。また、2686件というパブコメの多さにも驚きました。香川県が過去に行なったパブコメに寄せられた意見の数とは、桁違いどころか3桁違います。

私はパブコメの発表があった翌日すぐに、県議会の事務局に行って情報公開請求をしたのですが、その中身は想像を超える「異様」なものでした。

2268件に上る賛成意見の多くが「賛成いたします」「賛同します」といった短くて似たような言葉でした。また「明るい未来を」とか「判断の乏しい大人」といった特徴的な言い回しが何度も使われていて、それを仕分けると、上位4パターンだけで見ても、120件以上あることがわかりました。

このように賛成意見の大半が、コピペして貼りつけたような文言なのに対して、反対意見は長文で条例の問題点を精査してきちんと指摘している内容も見られ、多様でした。

――県民の声を聞くためのパブコメが、この条例をどうしても成立させたい人たちの組織票でゆがめられた可能性がある、と。

山下 そう感じざるをえないですよね。ちなみに、われわれがパブコメの中身を確認した時点で、すでに条例は成立していました。成立後は報道も一気に減ってしまうことが多いのですが、ここでメディアが追及しないと、成立の過程で何が起きたのかわからないままで終わってしまい、同じようなことが繰り返されかねないと思って、取材を続けました。

――そこから、どのような問題が見えてきたのでしょう。

山下 大きくふたつあって、ひとつは「地方政治で物事が決まっていく上で、こういう不透明な決められ方はどうなのか?」という疑問です。

このゲーム条例に関する審議も、当初はマスコミに公開でやっていたのが、突然非公開になったり議事録を作っていなかったり、県議会の一部には「もうちょっと慎重に議論するべき」という会派もあったのに、結局、賛成多数で可決されてしまいました。

4年前の香川県議選は、13のうち9つの選挙区が無投票で候補者が当選していましたし、最大会派である自民党県政会が多数派として主導権を握っています。

――国政よりも身近な政治であるはずの県政が、逆に「ブラックボックス化」しかねない?

山下 そうですね。もうひとつは条例の制定など、行政の政策が科学的な根拠もないまま行なわれていることが多いのではないかという問題意識です。

今回のゲーム条例の審議過程でも、子供のゲーム時間を60分までにすれば、本当に依存症対策になるのかといった検証や議論が、しっかりとした根拠に基づいて行なわれた形跡はありません。推進する議員に聞いても「あくまで目安だから」とかわされてしまう。

それは、新型コロナの感染拡大当初に安倍元首相が全国の小中高校を一斉に臨時休校にしたのと似ていると思います。あのとき、首相の要請に感染対策としての科学的な根拠や合理性があるのかわからないのに、政府の「やってる感」をアピールするために、休校という措置が取られたと感じるのです。

ですから、県政だけではなく国政もそうですが、政策や条例の制定など、物事の決め方の過程の透明性と、その政策の科学的根拠の有無というのは、きちんと検証されなければならないと思うんです。

――そうした地方政治の問題を、山下さんのように追及し続けるというのは、地方メディアの大事な役割ですね。

山下 こうして条例が成立した後も取材を続ける中で、香川の高校生がゲーム条例を違憲だとする裁判を起こしたり、弁護士会が条例を批判する声明を出したりといった形で、さまざまな議論を巻き起こしたのは事実だと思います。

――その後、条例はどのように運用されているのですか?

山下 制定の過程からさまざまな批判を浴びたことで、議会側は「もうこの問題に触れてほしくない」「なかったことにしたい」という雰囲気です。

ただし、依存症対策に年間1000万円の予算はついていて、小中高校生を対象に年に1回、実態調査を行なっています。コロナの影響もあると思いますが、子供のゲームの時間は増えています。

私はゲームクリエイターや医師らにも取材して「実効性のあるゲーム依存対策のあり方はこうあるべきなのでは」といった意見もたくさん伺いました。では条例を運用する県側が、そうした声に耳を傾けているかというと、そうは見えない。

そう考えると、あれほど強引に条例の成立を推進した人たちが、本当にゲーム依存の問題をなくしたいと考えていたとは思えません。唯一のポイントは、「全国初」のゲーム依存対策条例を作ったという実績作りだったのかもしれません。

――まさに、やってる感?

山下 条例を推進する人たちにとって何がモチベーションだったのかはいまだにわからないのですが、それは大きいんじゃないかと思いますね。

●山下洋平(やました・ようへい)
KSB瀬戸内海放送記者。1979年生まれ、香川県出身。東京大学文学部卒業後、放送局に入社。ニュース取材やドキュメンタリー製作を行なう。高知県で起きた白バイとスクールバスの衝突死事故を巡る検証報道で、2014年にギャラクシー賞の報道活動部門大賞受賞。企画・取材・構成を担当した『検証ゲーム条例』が、2021年に日本民間放送連盟のテレビ報道番組部門優秀賞受賞。著書に『あの時、バスは止まっていた――高知「白バイ衝突死」の闇』がある。

■『ルポ ゲーム条例 なぜゲームが狙われるのか』
河出書房新社 1892円(税込)
「ゲームは一日60分まで」。2020年3月、香川県議会で突如として成立した"ゲーム条例"。メディア、SNSでも話題に上ったこの条例は、どのように成立し、その過程で何があったのか? 賛成意見が8割に上った疑惑のパブリックコメント、成立に至るまでの経緯と背景などを3年にわたって取材をしてきた著者が、この問題の核心に迫る

インタビュー・文/川喜田 研 撮影/村上宗一郎

「新型コロナの感染拡大当初、政府の『やってる感』をアピールするために、全国の小中高校を一斉に臨時休校にしたのと似ていると思います」と語る山下洋平氏