かもめ食堂』(06)や『彼らが本気で編むときは、』(17)で知られる荻上直子監督のオリジナル最新作『波紋』が、5月26日(金)より公開される。主演の筒井真理子を筆頭に、光石研、磯村勇斗、キムラ緑子、江口のりこ、平岩紙、柄本明ら実力派キャストが顔をそろえた本作は、現代社会や女性が抱える闇、そこからの脱却を毒気たっぷりに描く“絶望エンタテインメント”だ。

【写真を見る】夫への不満、身の回りの嫌な人、嫁姑問題…日常のあるあるをダークに描く『波紋』

公開に先駆けて実施した試写会でこの衝撃作を鑑賞した人からは、「クスッと笑えつつ、本当にイヤな部分もあり、じめじめとしていてよかったです」(20代・女性)、「ブラックジョークと言うにはあまりに黒くてよかった」(20代・女性)、「日頃の鬱憤を自分の代わりに晴らしてもらったような、不思議な爽快感があった」(30代・女性)など、“絶望”を描く作品にもかかわらず、意外にも「おもしろかった」や「笑えた」といった第一印象を抱いた人が多かった。

なかには「最初は他人事なので笑っていた。“頭のおかしい人”に共感している自分に気づいて笑えなくなった」(30代・女性)、「主人公の追い詰められ具合が怖くて、身につまされて…笑える余裕が持てませんでした!」(30代・女性)と、笑いがしだいに恐怖に変わっていった…という声も。「現実に存在する構図に考えさせられることが多かった」(40代・男性)という意見も寄せられた本作の“わかりみ”ポイントを、試写会アンケートに寄せられた回答と共に紐解いていきたい。

■自分もなり得たかもしれない…主人公、依子の人物像

荻上監督が歴代最高の脚本と自負するこの物語の軸となるのが、夫と息子と要介護の義父と4人で暮らしていたある日、突如として夫の修(光石)に姿を消されてしまった主人公の須藤依子(筒井)だ。

夫に押し付けられた義父の介護が終わり、息子の拓哉(磯村)は遠く離れた九州で就職。独りになった依子は、よりよい自分になるべく「緑命会」という新興宗教に大金をつぎ込み、朝から庭の枯山水の手入れをし、心を整える穏やかな日々を送っている。

パート先のスーパーでは癇癪持ちの老人に怒鳴られてもグッと感情を押さえ込み、「緑命水」を飲んで心を落ち着かせようとする依子。すがったものが新興宗教だっただけで、その内面はどこにでもいるような抑圧された日々を送る女性なのだ。そんな依子と自分が似ているところはある?という質問をユーザーに投げかけてみた。

「自分もイライラしてもガミガミ言えず無視してしまう」(40代・女性)

「細かくて、いちいち気にしてしまうところ」(30代・女性)

「ふとした差別が噴出する」(20代・男性)

「基本的には誰にでも優しく親切心があるが、たまにプツりとキレて、本音(本心?)が出てしまうところが自分と似ている」(20代・女性)

「他人のマイナス面を見て、くすりと笑う」(40代・女性)

といったコメントが寄せられているように、どこか一歩違えば自分も依子になり得たのかも…と考えさせられる人物像になっている。

■依子が経験する日常の些細な出来事にシンパシーを覚える?

なんとか日々を平穏にやり過ごそうと努めてきた依子だが、東日本大震災に関する放射能のニュースを見たあとに行方をくらましていた夫が、突如として玄関先に現れる。ガンを患っており余命わずかだと明かす夫を仕方なく家に上げるものの、穏やかな日々を土足で踏みにじっていく夫にイライラは募るばかり…。

失踪前から介護も家のこともすべて妻に任せきり。家に帰ってきたあとも靴は脱ぎっぱなしで、大切にしている「緑命会」の水晶をベタベタと触り、病気を理由になにもせず…。デリカシーのない言動を繰り返す夫の修に対して既視感を覚えた人も多かったようで、アンケートではパートナーへの不満が大爆発!

「家族に無関心なところ、自分だけ稼いでいると思ってる」(40代・女性)

「自分ができていないことを子どもに注意する」(40代・女性)

「貯金がいくらあるのか教えてくれない」(30代・女性)

トイレットペーパーの補充をせず、使い終わった芯がちょこんとトイレに残されている」(40代・女性)

という女性側の意見が目立ったが、男性からも「家のことは独裁権があると思っている?」(70代・男性)という声が。さらに「家にまだ行かせてもらえないところ」(40代・男性)という、少しせつない回答も…。

さらに依子の日々を悩ませるのは夫だけではない。お隣さん(安藤玉恵)はなにかと家庭の事情を詮索してくるが、庭に飼い猫が入ってくることを指摘すると「本当にうちの猫ですか?」ととぼける始末。パート先のスーパーでは「(売りものに)傷がついているから半額にしろ」と偏屈な老人(柄本明)に怒鳴りつけられる。

そんな日常にいる“ちょっと嫌な人”が、絶妙なリアリティと共に描かれており、身に覚えのある観客も多かったのか、実際に出会った“ちょっと嫌な人”談も数多く寄せられた。

「スーパーのビニール袋をめちゃくちゃ取る人」(20代・男性)

「職場のおじさんが若い子に入ってきてほしいと、聞こえるように言ってくる」(30代・女性)

「人の悩みを聞いて相談に乗ってくれるふりをして、他の人にそのネタに話していた」(40代・女性)

「なにか話していても自分の話に持っていこうとし、アドバイスをすれば上から目線で返してくる」(40代・女性)

「『この人嫌い』と言いながら、自分から誘って遊んでいる人」(40代・女性)

「使っていない資格をチョイチョイ自慢してくる友人」(40代・女性)

そんな依子が唯一愛するのが、息子の拓哉。その帰郷を喜んでいたものの、帰宅した息子の隣には聴覚に障がいを抱える恋人の珠美(津田絵理奈)の姿が。どうしても珠美を受け入れられない依子は、拭い去れない自身の差別感情に苦悩しながらも、何度も名前を間違えるなど露骨に嫌味な態度を取ってしまう。つい「(息子と)別れてほしい」と口走るが、珠美も黙っておらず、意外な反撃が飛び出す…。

いつの時代にもある嫁姑問題という課題に対し、「相手の実家に行った時にほぼしゃべってもらえなかった」(40代・女性)、「自分の子ども(旦那)を優先しているのが目に見えてわかるところ」(20代・女性)といった体験談が並ぶ一方、男性からは「鈍いせいか、嫁姑問題を目の当たりにしたことはない」(30代・男性)と、のん気な言葉が寄せられていたのがまた印象的だ。

平穏とは真逆の日々に、行き場のない憤りを溜め込んでいく依子。夫の歯ブラシ排水溝を掃除したり、夫の衣類に消臭剤を大量に吹きかけたり、玄関にある夫の靴を蹴飛ばしたり、”半額おじさん”に不幸自慢で対抗したりと“小さな復讐”で怒りを発散していく。そんなわかりみの深い描写に対して、

「前の夫の弁当に、床に落ちたおかずを入れていた」(40代・女性)

「ダンナのいない日に高い寿司とかを食べる」(40代・女性)

「夫にはいいコーヒー豆は使わないですね、業務スーパーです」(40代・女性)

「夫の洗濯物は週に一回。トイレのマットや雑巾と一緒に洗う」(40代・女性)

「父宛てのエロ本通販のDMを捨ててやった」(30代・女性)

など、どこかクスッと笑える体験談がズラリ。一方、「やられてると思ったら怖い」(50代・男性)と戦慄する男性も。かすかな表情の変化で感情を表現する筒井の圧巻の演技によって、毒々しくもリアリティ抜群に浮かび上がる、自分を覗いているような依子の人物像は、多くの人の心に“波紋”をもたらしたようだ。

■実力派が体現する個性豊かなキャラクターたち

本作で主人公、依子を演じたのは、『淵に立つ』(16)、『よこがお』(19)などで知られる実力派の筒井真理子。「筒井真理子の演技はコミカル」(60代・男性)、「ホラー並に怖かった」(20代・女性)と振り幅の広い演技力を評価する声が集まった。また、依子を取り囲む人物も個性豊かなキャラクターが多く、デリカシーのない夫を体現した光石の演技には「光石さんの情けない演技が見事でした!」(20代・男性)とのコメントが。また、親に苦悩する息子役の磯村には「私も息子1人の3人家族なので、息子が母に対して『離れたい』と思うようなことにならないといいな…と考えてしまいました」(40代・女性)というせつない意見も見られた。

さらに依子のよき相談相手となる、あけすけなスーパーの清掃員役の木野花が見せる明るい演技には、「あのようにはっきり物事を言ってくれる人がいるとポジティブになれそうだと思いました」(20代・女性)とダークな作品で異彩を放っているだけに、観客の印象に残ったよう。

平岩紙さんと江口のりこさんが、怖くてステキだった」(40 代・女性)とコメントが届いた「緑命会」の信者組や、「こういうおじさん、実際にいそう」(50代・男性)とリアリティたっぷりに“半額にしろ”老人を演じた柄本明、「母親の立場からすると、とても嫌な娘だと思った」(40代・女性)、「珠美の『別れてほしい』と言われて笑った時、怖かった」(40代・女性)という感想が寄せられた拓哉の恋人、珠美役の津田絵理奈らの怪演も見どころだ。

■あらゆる視点から人間を見つめる荻上作品の魅力

かもめ食堂』、『彼らが本気で編むときは、』、『めがね』(07)などゆったり&ホッコリした空気感が魅力ながらも、そのゆる〜い雰囲気の奥では鋭い視点で人間の本質を描き続けてきた荻上直子監督。

本作はトーンこそ、これまでのイメージからガラッとかけ離れてダークになっているが、ついつい飛び出してしまう依子の腹黒い一面など人間の本質を偽りなく、笑いを交えながら描いている。

「日常を感じるのに、本当にふとした時に深淵を覗かせて、それが自分にもありそうで笑えた」(40代・女性)

ブラックユーモア。自分が怖いと思う部分で周りの女性が笑っていたところが興味深かった」(30代・男性)

「『バーバー吉野』のころから注目してきた荻上監督の新境地だと思いました。不穏な感じだがなんか楽しい」(30代・男性)

「自分が知っている荻上監督の作風とは異なるもので、とても衝撃的だった」(20代・女性)

といった様々な感想が寄せられており、「おもしろい」「笑える」「怖い」といった言葉だけでは言い表せない感情にさせられる、複雑な魅力を持つ本作。絶望に苛まれながらも、信じ、耐え続ける先にある依子の行く末とは?劇場で、彼女が抱くカタルシスを共に味わってみてはいかがだろうか。

構成・文/サンクレイオ翼

試写会コメントから紐解く、荻上直子監督最新作『波紋』の注目ポイントとは?/[c]2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ