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G7サミットに出席したゼレンスキー大統領が日本まで乗ってきた航空機の飛行情報が民間の航空情報サイトで追跡可能な状況だった。 それは航空機の飛行にはトランスポンダーという装置を利用しているからだが、バイデン大統領フライト情報は流れていなかった。 テロ対策上、首脳を乗せた政府専用機の運用には慎重を期すべきだと考える。

(杉江 弘:航空評論家、元日本航空機長)

カギはGPSを使った電波に

 広島で開かれたG7サミットウクライナゼレンスキー大統領が対面で出席し、世界中を驚かせた。一国の指導者として勇気ある行動であったが、ロシアとの軍事的衝突が続いており安全面でのリスクもあった。

 結果的には何事もなかったが、彼が乗っていた航空機の飛行情報は、「フライトレーダー24」という誰でも使える民間の航空情報サイトで見ることができたのである。一方、米国のバイデン大統領を乗せた「エアフォースワン大統領専用機)」の日本へのフライト情報は、必要な関係者以外、誰にも知られることなく米軍岩国基地へ着陸した。

 一体この差はどこから来るのか? 今回は航空機フライト情報と、政府専用機の飛行情報の扱いについて考えたい。

 カギは「ADS-B」という機体から発信されるGPSを使った電波にある。

航跡、便名、高度、速度などまで分かる

 今般の広島でG7に飛来した各国の政府専用機は、米国が米軍岩国基地に着陸したのを除いて、広島空港に着陸した。政府専用機の種類は、米国がボーイング747を改造したVC-25A、フランスは空軍が運用するエアバスA300-200、英国とイタリアは空軍のエアバスA319カナダも空軍のエアバスA330-200がベースエアバスCC-150ポラリスドイツエアバスA350、日本の政府専用機はボーイング777である。

 ちなみに、ドイツは長年、エンジンを4基搭載(4発)するエアバスA340を使用してきたが、最近はほかの多くの国と同様、エンジンが2基(双発)の機体に切り替えた。現在、日本で国名をよく耳にする国のうち、4発エンジンの政府専用機を運用しているのは米国、中国、ロシア、韓国、それに北朝鮮くらいで、今回のG7参加国の多くは双発エンジンである。

 安全性という視点では、双発より4発の方が優位にある。2月26日の本連載「なぜ米大統領専用機にはジャンボジェット『ボーイング747』が使われるのか(配信先のサイトでご覧になっている場合、下記の関連記事リンクまたはJBpressのサイトから記事をお読みください)」でも指摘したように、万が一、エンジントラブルを起こしても4発であれば、残りの3基のエンジンを使ってフライト継続できるが、双発であれば最寄りの空港に緊急着陸しなければならない。

 話を飛行情報に戻そう。航空ファンの間などでよく知られるフライトレーダー24というサイトで航空機の航跡が確認できるのは、トランスポンダー(航空交通管制用自動応答装置)という装置を利用しているからである。

 地上の管制レーダーから発射し、対象物に当たって跳ね返ってくる電波を受信することで、対象物がどこにあるのかを探知する。近年ではGPSによる衛星電波を使ったモードSが加わりハイテク機などで運用されている。

 トランスポンダーを装備していなくても、地上の軍や民間管制官はASRと呼ばれる一次レーダーによって航跡だけは把握できるが、トランスポンダーのモードSは、ADS-Bという電波を利用することで機の航跡、便名、高度、速度、上昇、降下、旋回など詳しい飛行情報を、地上と上空のほかの航空機に提供する。フライトレーダー24は、このADS-Bの電波を拾って運用されているのである。

岸田首相のウクライナ訪問と同様

 広島空港に飛来したG7各国の政府専用機にも、このADS-Bを使っていたものがあったようである。そのためゼレンスキー大統領が乗ったフランス政府専用機もフライトレーダー24によって、下記の写真のようにサウジアラビアからインド南部、ミャンマー、そして中国本土の上空を飛行して広島空港に到着する約13時間のフライト情報が話題になったのである。

 フランス政府の専用機のパイロットが、なぜトランスポンダーのモードSによるADS-Bの電波を発信させていたのか理由はわからない。

 3月に岸田文雄首相がゼレンスキー大統領と電撃会談した際、インドからポーランドマルタ島のプライベートジェットをチャーターして飛んだ時と状況は似ている。日本政府は報道陣には知らせていなかったが、チャーター機の飛行情報はフライトレーダー24でも見ることができた。

 いずれも「誰が乗っているか」まではトランスポンダーでは分からないものの、筆者は危機管理上、違和感がある。政府はチャーター機のパイロットADS-Bについてどういう指示をしていたのか。

 一方でバイデン大統領が乗ったエアフォースワンは、米軍岩国基地に着陸するまでフライトレーダー24でその姿を見ることはできなかったようだ。

 ではエアフォースワンはどのように飛行情報を隠して飛んでいるのか?

完全秘密で飛行したエアフォースワン

 考えられるのはトランスポンダーのスイッチを切って管制官とは無線で位置通報するという方法である。無線に使う周波数は任意にいくらでも設定できる。加えて横田基地などとの通信は、例えばIFF(敵味方識別装置)や暗号化されたデジタル通信装置などが使われ、民間では受信不可能とも言われている。

 バイデン大統領は、米軍岩国基地からサミット会場までは大統領専用ヘリコプターVH-3Dを使ったが、それもエアフォースワンと同様、ADS-Bも含めすべての情報システムを操作して民間には分からないようにして飛んだ。

 以上、G7サミットでの政府専用機の運用について述べたが、私個人としては、日本の政府専用機も米国の運用を参考にして、一段と機密保持に努めた方が良いと思っている。

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フランスの政府専用機で、G7サミットが開かれた広島に到着したウクライナのゼレンスキー大統領(提供:Ukrainian Presidential Press Service/ロイター/アフロ)