企業が従業員の健康を気遣い、手厚い福利厚生を設けたり、デジタルデバイスを利用して体調を管理させたりする事例が相次いでいることを知っているだろうか。少子・高齢化を背景とした人手不足が深刻となっていることや新型コロナウイルスの感染拡大などが背景にある。国連が2015年に採択したSDGs持続可能な開発目標)では、「すべての人に健康と福祉を(目標3)」、「働きがいも経済成長も(目標8)」を掲げている。企業は「自社のブランディングの一環」としても従業員の健康サポートを充実し、目標を達成しようとしている。本連載では、全国で法人向けの出張マッサージサービスを手掛ける株式会社イーヤスの遠藤基平社長が、その経験をもとに「健康SDGs」を実践する企業を紹介し、その意義を具体的に解説する。

社員の健康維持に役立つ最も手軽な方法は、「食」の健全化です。人間にとって食は最も身近で、毎日の体調や健康に直接かかわるからです。

「仕事が忙しい」といった理由で食事をとらなかったり、栄養バランスが悪くなったりすると体調が悪くなることもあります。そうした状況が続けば、生活習慣病になってしまったり、休職や退職につながったりするリスクが高まります。逆にいえば、社員の心身の健康が増進し、休職・退職率が低下すれば企業の生産性も高まりやすくなります。

このところの物価高もあり、2023年の春季労使交渉(春闘)の賃上げ率は約30年ぶりの高さになりました。しかし、生産性が向上して企業が成長しなければ持続的な賃上げは望めません。今回は健康経営優良法人にも認定された全研本社の鷲谷将樹取締役にどのように社員の「食」をサポートしているのかをインタビューしました。

経産省が選定する「健康経営優良法人」に選ばれた企業が推進する「食」のサポートとは

遠藤 御社は今年3月に、経済産業省と日本健康会議が選定する「健康経営優良法人2023(大規模法人部門)」に認定されました。具体的にどんな「食」のサポートをされているのでしょうか。

鷲谷 当社は総務・人事の担当者20人が中心となって「健康経営推進隊」をつくり、健康経営についての施策を進めています。2021年12月から活動を始めました。例えば、健康的な弁当の社内販売です。生活習慣病予防などの目安に基づく認証制度「スマートミール」の基準を満たした弁当も販売しています。

オフィスには低糖質で高たんぱく、あるいは全粒粉のお菓子を置き、1個100円程度で購入できるようにしています。また、週3回、ヤクルトの社内販売も実施しています。

食品メーカーと協力して「ベジチェック」、野菜摂取量が改善

遠藤 継続的な食事面のサポートは社員の健康維持・増進に有益のように思います。   その他に実施されていることなどはありますか。

鷲谷 昨年、大手食品メーカーと協力し、「ベジチェック」というイベントを実施しました。ベジチェックは、手のひらをセンサーにあてると、約30秒で推定野菜摂取量を測定できる機器のことです。野菜(特に緑黄色野菜)を食べると、野菜に含まれるカロテノイド(色素)が体に吸収され、やがて皮膚に蓄積します。そのため、皮膚のカロテノイド量を測定すれば、野菜摂取量を推定することができるそうです。

イベントでベジチェックをしたところ、多くの社員が日頃の野菜不足を認識してくれました。「ランチなどで野菜の入ったメニューを選ぶようにした」「野菜ジュースを飲み始めた」といった声もあり、その次のベジチェックでは軒並み摂取量が増えました。

遠藤 会社員は外食が多いだけに、意識しなければ野菜不足になる傾向があるように思います。「食」関連でほかに実施している施策はありますか。

鷲谷 当社では大手飲料メーカーと協力して「腸活イベント」も実施しました。腸活がストレス緩和や睡眠の質向上などさまざまな効果があることを教えてくれる動画を見て勉強したり、乳酸菌飲料を配ってもらったりしました。こうしたイベントを当社の名古屋、大阪、沖縄など全国の拠点で実施し、啓発活動を実施しました。

乳酸菌飲料を社内でも手軽に購入できるようにし、「体調が良くなった」「お通じが良くなった」などといった声が聞かれました。このほか、「低糖質」「全粒粉」「低カロリー」のお菓子もオフィスに備え、いつでも低価格で購入できるようにしています。

食以外のサポート。自社ビルの地下に用意した「設備」

遠藤 食以外の分野でも実施している「健康SDGs」の施策はありますか。

鷲谷 例えば、オフィスに椅子の代わりにバランスボールを置いたり、スタンディングテーブルを導入したりして、デスクワークやミーティングをする際に活用しています。バランスボールでは、主に筋力、筋持久力、柔軟性、バランス能力を向上させることが期待できます。スタンディングデスクを利用することで、座りっぱなしで仕事をすることを防ぎ、血流が良くなり、眠気も覚め、集中力が増して仕事の生産性が上がると言われています。

これに加えて、弊社の自社ビルの地下に「Z−GYM」という社員用ジムも設置し、社員がランニングマシーン筋トレ器具を無料で利用できるようにしました。出勤前・帰宅途中に利用できるため、気分転換や運動習慣の定着に役立っています。

遠藤 仕事中でも健康増進をサポートする体制があるということですね。運動面では、部活動のある企業も多いですが、御社ではいかがですか。

鷲谷 当社にもバスケットボールやフットサル、ジョギングなど多くの部活動があります。日頃の運動不足やストレスの解消にもつながりますし、チームワークの形成にも役立っているようです。部活動を通して、部門を超えた「横のつながり」ができ、仕事の悩みや前向きな相談などが気軽にできているようです。

部活動ではありませんが、朝のラジオ体操も実施しています。運動するとLINEでポイントがつき、一定以上のポイントがつくとビタミンなどを配合したお菓子をプレゼントするといった施策も実施しています。

「医療費が少ないと企業の利益率や生産性が上昇」との研究も

遠藤 健康経営の取組みが、仕事の生産性や賃金にどのように影響すると考えていますか。

鷲谷 当社はサービス業ですから、会社の最も重要な資産は社員です。このため、会社を支える社員の健康こそが企業の成長につながると考えています。心身がより健康になれば、仕事の生産性が上がり、会社も成長していくわけです。会社の収益が増えれば、社員全体の賃金が上がりやすくなります。社員個人についても、仕事のパフォーマンスが上がれば、会社への貢献が評価されて賃金が上がります。

賃金を引き上げるためには、会社も成長して社員に分配できるものを増やしていかなければなりません。ある研究によると、生活習慣病の医療費の変化率が中央値より上位にある企業は、利益率や労働生産性の上昇幅が大きかったそうです。

社員が健康になることによって、会社の業績も向上し、賃金として分配するという好循環をつくるため、「食」をはじめとした社員の健康を企業が積極的にサポートしていくことは非常に重要だと考えています。

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