
※本稿は、遠藤健司『急増する「首下がり症」どう防ぐ、どう治す』(ワニ・プラス)の一部を再編集したものです。
■初期の段階だと本人も異変に気づいていない
首下がり症候群とは、頭が上がらず前を向けない状態になってしまうことを指します。最初のうちは頭が重い、上がりにくい、あるいは首のあたりがつっぱった感じになるといった症状ですが、次第に頭がどんどん上がらなくなり、ついには完全に下を向いた状態になり、自分の手であごを押し上げない限り、頭を上げることができなくなってしまいます。
これを、あごが胸にくっついた姿勢になってしまうため、「chin on chest(チン・オン・チェスト)変形」と呼びます。また、少しの時間ならば首を持ち上げることは可能だが、前を見続けることが難しくなることから「姿勢維持困難症」と言うことができます。
高齢者に多く見られる症状なのですが、初期の段階だと本人も異変に気づいていないことがよくあります。「年だから」とか「疲れているから」などと考えてしまうせいかもしれませんが、「頭が重く感じる」「首につっぱり感がある」くらいの自覚症状で、まさか頭が上がらなくなってしまうとは想像できないからでしょう。
■本人や家族が気づいたときにはもう遅い
それに、日常生活の中で自分がどこを見て歩いているか、意識している人はほとんどいないと思います。無意識のうちに視線を定めていて、目の動きだけでも30度まで上を見ることができるので、「以前より下を向いて歩くようになった」ことを、なかなか自覚しづらいのです。
その結果、首が下がりきった状態になって初めて、家族や本人が首下がり症候群になっていることに気づく、というケースが多いのが現状です。
なかにはまだ初期の段階で「最近首が下がっていない?」と家族に指摘されたという患者さんもいらっしゃいます。ところが、そう指摘されてもあまり深刻に捉えず、受診の機会を逃してしまった、と言う患者さんもいるのです。
■数字の「7」姿勢では食事や外出もしにくくなる
首下がり症候群は、本人や家族などまわりの人が気づかないうちに少しずつ進行し、そしてある日突然「完全に頭が下がってしまい、上げることができなくなる」という状態になってしまいます。
首が完全に下がってしまい、数字の「7」のような姿勢になってしまうと、日常生活を送るのは困難です。物を食べることも水を飲むことも、スムーズにできないし、ひとりで外出することも難しくなってしまいます。治療をせず放置を続けていると、首の後ろの筋組織が壊死して線維組織(膠原組織)に置き換わってしまい、回復できなくなってしまいます。この段階に至ると、もうリハビリなどの保存的治療は困難になってしまいます。
だからこそ、首下がり症候群は早期治療が重要なのです。
そのためにはまず「首下がり症候群」のことを知っていただく必要があります。頭が上がりにくい、うつむき姿勢が多くなったという自覚症状があっても、それが「首下がり症候群」とつながらなければ、早期治療のチャンスを逃しかねません。
「首下がり症候群」の原因と対策を知ることで、首下がり症状をよくしていくことができます。
■首下がり症候群が引き起こす「のど」のトラブル
飲み込みには、首の動きが大きく関与し、首を動かしながら嚥下が行なわれます。
首の内部にあるのどは、その下に位置する咽頭で、胃へ続く食道、肺に続く気管に枝分かれします(図表2参照)。首が下がってしまうことにより咽頭が極端に狭くなり、呼吸や物を食べたり飲んだりすることがしづらくなってしまうのです。
さらに、咽頭の下に位置する声帯も狭くなってしまうため、声を出しづらくなるなど、のどに深刻なトラブルが起きてしまいます。
ところが頭が下がると、水や食べ物がそのまま下に流れていかないだけでなく、飲水や食事の際の首の動きが悪くなり、あごがのどを圧迫するようになるため咽頭が狭窄します。そのため、食べ物が誤って肺に入る誤嚥が発生したり、むせやすくなります。手をあごに当てて食事をしなければならなくなることもあり、そのような場合は水分にとろみをつけるなど食べ物の工夫や、のどのリハビリが必要になってきます。
■首や肩のちょっとした違和感が“サイン”
首下がり症候群になった患者さんの話を伺っていると、「首や肩に少しずつ違和感があったが、それほど深刻に捉えていなかった。ところが、ある日突然、首が上がらなくなった」という方がとても多いことに気づかされます。
隠れていた症状が突然現れたというわけではなく、首下がり症候群は少しずつ進行しているものです。しかし、なかなかそれに気づくことができなかったため、「ある日突然、頭が下を向いたまま上がらなくなってしまった」ということになるのです。
ここに、首下がり症候群の診断の難しさがあります。
仮に「首がだるい、頭が重いような気がする」という理由で整形外科を受診したとしても、「首下がり症候群の初期」と診断するのは難しい状態です。
パーキンソン病などの可能性があるとみて血液検査をする医師はいるかもしれませんが、そこで異常が見つからなかったら「安静にして様子を見ましょう」で終わってしまう可能性もあります。それほどまでに、首下がり症候群の診断は難しいのです。
■マッサージや整体で改善したと思い込んでしまう
首がだるい、頭が重いという軽い症状の段階の人は、マッサージや整体の施術を受ければ症状が軽くなったような気がするものです。それは一時的に血行がよくなったことが原因で、根本的に症状が改善することはありません。再び首がだるくなり、頭が重くなり……といった症状に悩まされることになります。そうするとまた施術を受けに行き、一時的に軽くなり、そしてまた症状がぶり返す。
こうしたことを繰り返している間に首や背中の筋肉の異常が進行していき、そしてある日突然、頭が上がらなくなる。ここまで症状が進んでもまだ首の痛みがさほど強くないので、受診が遅れがちになってしまいます。
そして、自宅で安静にしていれば治ると思っていたり、相変わらずマッサージ通いをしたりしていると、完全に頭が下向きになるchin on chestの状態になってしまい、元に戻らなくなってしまう……。これが首下がり症候群の怖さです。
■重要なのは、首や背中の筋力を維持すること
そんな結果を招かないためにも、早期に発見し、早期にリハビリを始めることがとても重要です。
そのうえで重要なことは、首や背中の筋力を維持することです。
首下がり症候群は、関節痛などとは違い、骨や軟骨、椎間板に原因はなく、首や背中の筋力が低下したことによって起こります。
また、とくに高齢者の場合、粗食のためにタンパク質が不足することで栄養が足りなくなり、筋肉が細くなってしまうことも首下がり症候群につながります。
日常生活の中でバランスよく体を動かすこと、栄養バランスのとれた食事、とくにタンパク質を意識的にとること、十分な睡眠を常に心がけてほしいと思います。
そして、違和感があったらマッサージや整体でとりあえず症状を軽くするのではなく、整形外科を受診してください。それは適切な治療を受けるためだけでなく、重大な病気が隠れていないかどうかを判断するためにもとても大切です。
「変だな」と思ったら、医療機関に行って相談しましょう。
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東京医科大学整形外科准教授
1988年東京医科大学卒業。1992年米国ロックフェラー大学ポスドクとして留学(神経生理学を専攻)。1995年東京医科大学茨城医療センター整形外科医長、2007年東京医科大学整形外科講師、2019年准教授。厚生労働省特定疾患対策研究事業OPLL研究班、自賠責保険顧問医、日本腰痛学会評議員なども務める。腰部脊柱管狭窄症、頚椎後縦靭帯骨化症、脊椎内視鏡手術、脊椎腫瘍、首下がり、骨粗鬆症、脊髄神経生理、椎間板、筋線維、ファシアの研究に取り組む。『完全版 自律神経が整う 肩甲骨はがし』(幻冬舎)、『1分で美姿勢になる ファシア・ストレッチ』(青春出版社)、『肩・首・腰・頭 デスクワーカーの痛み全部とれる 医師が教える最強メソッド』(かんき出版)ほか著書多数。
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