
「解放された私の性欲はものすごかったです(笑)」男らしさの仮面を脱ぎ、新しい性を探るクノタチホ(40)「男でもあり、女でもあり」がたどり着いたネオ・ジェンダーの世界 から続く
G7(主要7カ国)で唯一、性的少数者らへの差別禁止を定めた法制度や同性婚の仕組みのない日本。5月19日から始まった広島サミットにあわせ、LGBT法案の議論が進められて進められたが、各党の思惑がうずまき審議入りすら見通せない状況が続いている。
時代遅れの政治とは対照的に、社会ではもはや当たり前になった性の多様化において、クノタチホさん(40)は象徴的な人物だ。33歳頃までは、普通の男性として女性と家庭を持って暮らしていた。人生が一変するのは、女装との出会いだった。
性欲の対象が男性になり、のめり込むように男とセックスをするようになる。「オートガイネフィリア」(自己女性化性愛症)と言われる、女装した自分自身に性的な魅力を感じる性的指向の持ち主だ。
クノタチホさんの生き方は、ステレオタイプのセックス観やジェンダー観の範疇に収まらない。その生き方を通じ、“一般”の性を生きる人間にもなにかが見えてくるかもしれない。
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男性とセックスをすることで女性側の気持ちも分かるように――女装をして、男性とセックスするようになって生活はどう変わりましたか。
「本当の自分にやっと会えたという感覚でしょうか。今ではかけがえのない男性もできて幸せです。相手は既婚者ですが、私と過ごす時間を最優先に考えてくれます。自分の経験と勉強の成果をブログや書籍に書くようにしているんですが、それが多くの人の役に立っていることが非常に嬉しいことです。
例えば、去年の3月のことですが、北海道から来た40代のセックスレス夫婦とハプニングバーで3Pをしました。双方に私が前戯をして、気分を盛り上げて私はフェードアウト。すると2人は普通にセックスができたんです。このときにとてもお礼を言われた。私の特殊な性的指向が人のために役に立てる、と自信をもてた経験ですね」
――女性には興味がなくなったんでしょうか。
「男性と寝るようになった当初は、女性とのセックスに恐怖がありました。でも、新しい自分のことを理解するにつれて、徐々に女性側の気持ちも分かるようになっていきました。すると、女性の性的魅力にもまたあらためて興味がわいてきたという感じでしょうか」
ブログには他では言いづらい相談が次々と寄せられる――本日は女性の姿ですが、いつも女装なさっているんでしょうか?
「現在は本当に半分ずつくらいです。女装をしている楽しさと、男に戻る時の解放感の両方を楽しむ豊かな生活です。男性に尽くされる喜びと女性に尽くす喜びをバランス良く楽しんでいます」
――ご自身の経験をブログでも披露されています。
「ブログを書き始めたのは36歳になった2018年頃です。男性の気持ちも女性の気持ちもよく分かる立場になったため、これまでの恋愛経験に、心理学的な解説も交えながら、男女関係について文章を書いてきたんです。ほかの場所ではあまり言えない悩みを抱える女性からの相談が次々に寄せられるようになったので、それについて私なりにお答えするようになりました」
女性は不倫に走らざるをえないケースが多い――「溺愛されるための3つのチカラとは??」「不倫をする資格のある女と無い女の違い」といった気になるテーマで執筆されています。
「これまでに1000回以上、女性の相談に乗ってきました。結婚や離婚、不倫や二股、三股などの相談です。セックスレスに悩んで離婚を考えている人。抑えられない性欲から、どうしても二股が辞められない人……。ブログは常に月100万PV(ページビュー)を超えています。それだけ性生活で悩みを抱える女性は多い。『不倫、二股はしちゃいけないよ』という従来の社会規範は分かっているんだけど、どうしても解消できない悩みを抱えている方が多いんですよね。
例えば、結婚について社会的欲求と生理的欲求があると思うのですが、『体の相性がいい』という生理的欲求で結婚する人なんてそうはいないですよね。普通は相手の学歴、収入といった社会的欲求に引っ張られて結婚する。すると、生理的欲求が満たされず、セックスレスになったり、不倫に走ったりしてしまう」
――男性にも同様の悩みがある人も多そうですね。
「そうですね。ただ、男性には風俗というはけ口があるのに対し、女性は不倫という選択肢しかないケースが多いんですよ。だからこそ女性向け風俗が一部のイケメン好きや、好事家による特殊なものではなく、もっと一般的に広がればいいと思っています」
自身の経験をふんだんに入れ込こんだ書籍を出版――書籍も上梓されて話題を呼びました。
「ありがたいことに、ブログを見た編集者の方からお声がけいただきました。1冊目は2020年2月にKADOKAWAから出版された『男の選び方大全』です。『既読スルーする』『腹筋が割れている』『乳首を舐めてほしがる』などの100の男の特徴をリスト化し、そのような特徴の裏にあることを解説し、読者の方が交際相手に求める最も大事なことに気付いてもらいたいという目的で、書きました」
――「乳首を舐めてほしがる」の場合は「ハイスペ男子が社会で活躍するために抑えこんできたことが性癖となって現れている」といった解説が印象に残りました。2作目の『恥部替物語』(2023年2月、サンマーク出版)もかなり実験的な作風でした。
「セックスレスの夫婦の心が入れ替わり、互いの本当の『体の声』を聞くという小説です。例えば、オーガズムに達する時間的な男女の違いなどを知ることで、互いの悩みを解決しセックスレスを解消していくストーリーになっています。小説形式ですが、私の経験をふんだんに入れ込み、性の問題をわかりやすく解説したつもりです」
男も女もひとりよがりなセックス観に囚われている――オトナ版『君の名は。』ですね。
「お話の中だけじゃなく、私自身、実生活も幸福です。最初は性欲だけでしたが、恋愛もするんです。先ほどもお話ししたようにすごく好きになった男ができました。妻子持ちの普通の男性ですが、大阪に単身赴任で来ている時に出会いました。向こうも私を必要としてくれて、単身赴任が終わった今でも定期的に会っていて、数年来の付き合いがあります。結婚という従来の常識にとらわれないブログの読者の方が憧れる関係のようですね。毎週私に会いたいと思ってくれる男がいるのは、とても幸せなことです。ちなみに以前結婚していた妻とは円満離婚しています。浮気相手が男性ということで、彼女からすれば普通に浮気されたのとは違う感覚だったようで、ちゃんと理解してくれました(笑)」
――講演なども活発にされています。今後はどのようなことを訴えていくのでしょうか。
「セラピーとしてのセックスという考え方を浸透させていきたいですね。肉体的な満足だけではなく、精神的な充足を目標とするセックスのことです。普段抑圧している感情を解放し合ったり、お互いのカラダが求める心地良い感覚で満たし合う事を目的にする事でセックスは全く違うものになります。
というのも、男も女もひとりよがりなセックス観に囚われているからです。男性は日常のストレスのはけ口に女性を物のように扱ってしまいがちで、女性は男性からカラダを求められる事を女としての価値を確認する行為として利用しがちです。どちらかのエゴに偏ったセックスをしていると、互いに辛い想いをしてしまう可能性があり、心のすれ違いに繋がります。今のお互いにとっての感情的な利益がどこにあるのか? 思いやりと理解を持って育んでいくのがセラピーとしてのセックスです」
社会はLGBTに優しいと実感している人は少なくない――最後に、LGBT法案についてはどのように考えていますか
「政治が現在のように、性そのものをセンシティブに捉えがちなのは個人的に違和感があります。これではLGBT当事者が『自分の性自認のズレが生きづらさを作っている』と思い込んでしまう恐れがあるからです。今の社会でも十分、LGBT当事者の努力次第で、自分のありのままの性を理解して貰える環境を作っていく事は難しくないと仲間内でも話しています。すでに社会は私達に優しいと実感している人は少なくないんです。
だからもしLGBT当事者の方でなにかしらの生きづらさを感じている場合は社会のせいにし過ぎずに自分の努力次第で、もっと生きやすい環境を手に入れるという可能性にもしっかりと目を向けるべきだと思います。少し厳しい言い方かもしれませんが」
『多目的トイレ』の多さに感動することも――まだまだ社会の理解が追い付いていないとお感じになることはないですか。
「話題になっている専用トイレの件に関しても『多目的トイレ』の数がもう少しだけ増えればと思う事はあれど、逆に『多目的トイレ』が設置されている場所の多さに感動する事もありますからね。ひと昔前とは段違いで理解が進んでいるとひしひし感じます。
性自認の判定に対しては、個人の認識ではなく従来以上にジェンダークリニックでのカウンセリングを重ねてジャッジをしていかなければならないと思っています。立場を悪用する人が出てくる可能性はどうしても残ってしまうので。現に文春さんも取材していましたが、大阪で事件もありました。犯罪の手段に使われることは絶対に許せません」

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