年金は「繰り下げ受給」することで受給額が大きくなりますが、反面、受給期間も短くなります。実際のところ何歳から受給するのが正解なのでしょうか。年金制度に詳しい社会保険労務士の小泉正典氏が監修した『60歳からの得する! 年金 働きながら「届け出」だけでお金がもらえる本 2023-24年最新版』(ART NEXT)から、受給額の「損益分岐点」と、「繰り下げ受給」をどう考えるべきかについて解説します。

「75歳繰り下げ」は本当にお得?男女の寿命で考える年金受給の「損益分岐点」

◆最大増額率だけで選ぶとかえって損することも

2022年4月1日以降に70歳になる人(1952年4月2日以降生まれ)で、まだ年金請求をしていない人は、75歳までの繰り下げ受給が可能になっています。

年金を10年遅くもらい始めるだけで、受取額が84%も増えるのは、銀行に10年お金を預けておくよりはるかにお得です。

しかし、その「お得」度は、年金をもらう人が「何歳まで生きるか」という寿命によってだいぶ変わってきます。

たとえば、年額で84%増えたとしても、75歳からもらい始めて数年で亡くなってしまった場合は、65歳から本来の金額で受給したほうが一生涯のうちにもらえる年金額は多くなります。

一方、健康に自信がないからと65歳より前から繰り上げ受給を始めた人が、予想外に80歳、90歳まで生きた場合は、減額された年金を長期にわたって受け取ることになります。

その結果、長生きすればするほど本来受給や繰り下げ受給で受け取る年金総額から差がついてしまいます([図表1]参照)。

◆健康寿命と平均余命で年金受給額は大きく変わる

やっかいなことに、年金は不確定な「寿命」によって損益分岐点が変わります。

[図表2]では、65歳、70歳、75歳の各年齢から受給を始めたとき、健康寿命(男性72.14歳、女性74.79歳)、65歳時点の平均余命を足した年齢(男性約85歳、女性約90歳)、それ以上長生きした場合で受け取る年金の総額を比較してみました。

すると、75歳から受給する人は年金が84%増しになっても、平均以上に長生きしなければ、65歳や70歳受給の人より生涯年金総額が少なくなる可能性があることがわかります。

健康なうちに年金をもらいたいのか、それとも医療や介護の助けが必要なときに多くの年金があったほうがよいかなども、年金受給開始年齢を決めるヒントになるかもしれません。

繰り下げ待機を途中で止めてもそれまでの年金を一括で受け取れる!

◆繰り下げ待機を途中で止めても損しないしくみ

老齢年金は、繰り下げすれば増額できるとわかっていても、ほとんどの人が65歳に本来もらえる金額で受給しています。

やはり、「今もらえるものを先送りにする」という選択に不安がある人も多いのでしょう。

しかし、たとえ「繰り下げ待機」を途中で止めたとしても、65歳からもらえるはずだった年金はなくなるわけではありません。

年金は65歳を過ぎれば、いつでも請求できます。

「繰り下げ待機」を止めて年金受給を開始する方法とは

◆年金受給の開始には2通りの方法がある

繰り下げ待機を止めて年金受給を開始する方法は2通りあります。

まず1つ目は、繰り下げ待機を断念した年齢で受給を開始する方法です。この場合、受給開始の年齢に応じた増額率で増額した年金を一生涯受け取れます([図表3]参照)。

2つ目は、増額を選択せず、65歳にさかのぼって請求する方法です。この場合は、金額は増額しませんが、65歳から待機していた期間分をまとめて一括受給ができます。

それ以降は引き続き65歳からの金額で年金受給を続けることになります([図表4]参照)。

この方法ではまとまったお金が手に入るため、病気で治療費が必要になったときに保険に入っていなかったとか、余命宣告を受けて長生きする見込みがなくなったといった場合に有効な方法かもしれません。

◆待機中に亡くなったときは遺族が代わりに請求できる

繰り下げ待機中に年金を受給せずに亡くなってしまった場合、残念ながら本人は年金を手にすることはできません。

ただし、65歳から亡くなるまでの間に受給権が発生した年金は、「未支給年金」として、遺族が代わって受け取れます([図表5]参照)。

未支給年金は遺族年金とは違い、配偶者や子供がいない人でも、生計を同じくしていた家族や親族がいれば請求が可能です。

該当する場合は、5年の時効にかからないよう速やかに請求手続きを行いましょう。  

小泉 正典

社会保険労務士小泉事務所

代表・特定社会保険労務士

(※写真はイメージです/PIXTA)