「まさか、弁護人にこんな感じで言われると思っていなかったでしょう?」。2023年4月に大阪地裁で行われたストーカー規制法違反の被告人質問において、弁護人はそう尋ねた。

取引先の女性に150回もつきまとい行為をした被告人の男性(60代)は、相手も自分を異性として認識していた、などと主張。罪の意識に乏しい被告人に対して、弁護人からは厳しい質問が続いた。それを受けての冒頭の言葉だった。

60代の男性被告人には同居する妻子がおり、定年で一旦退職後も働き続けてきた真面目さは、その風貌からも感じ取れる。そのまま同じ会社で働き続けてきた。一体なぜ今回の犯行に至ったのか、被告人が供述した動機は驚くべきものであった。(裁判ライター:普通)

●60代の被告人には妻子もいた

被告人は60代の男性。妻と同居し、前科はない。長年、会社員を続けてきた人らしい真面目さを漂わせる。

事件当時、被告人は長年、毎月一度ほど、取引先である被害者(以後、A)が勤務する会社へ商品点検のため訪問していた。Aはその担当者として毎回顔を会わせていた。最初はAから叱責されることもあったが、繰り返し訪問するうちに、「信頼され、親しみを持ってもらえるようになった」と思えて、漠然と好意を抱くようになったという。

一度、2人で食事に行ったが、それ以降は断られるようになった。それでも思いは収まらず遠くから見たいという気持ちに変わった。会社周辺に自動車を停め、車内から「変わりはないか(被告人の言葉)」とAの姿を遠くから見るようになった。

警察から数度、口頭で注意を受けた。同様の行為を行わない誓約書も交わした。しかし、それでも、遠くから見たときの高揚感を忘れられず、なおも継続した結果、警察からは接触を禁止する警告書を送付された。警告書は家族に見つからないよう処分し、また続けた。行為は2年間で合計150回にもなった。

●勝手に「親しくなった」と思い込んでいた

傍聴席には被告人の妻がいた。通例であれば証人尋問が先に行われて、後に被告人質問を行う。支えてくれる家族、管理監督されている環境が整っていることを確認し、被告人から反省の弁、再犯しない決意を聞くという流れが多い。

しかし、この裁判では弁護人の希望より被告人質問が先行して行われた。

弁護人「今回、どうしてこのようなことをしてしまったのでしょう?」 被告人「Aさんの会社に月一で訪問していて、親しくなって」

弁護人「“親しくなって”とはどんなことがあったのですか」 被告人「担当がAさんだったので、対面でいろいろと話をしました」

弁護人「それは仕事上の話ではないですか?Aさんも親しくなったと思ってるんでしょうか?」 被告人「そうだと思います。言葉遣いも変わりましたし、仕事上の人にプライベートの話をする感じの人でもなかったので」

弁護人「取引先として何回か会って信頼するようになったくらいはあるでしょう。異性として見られていたと思いますか?」 被告人「月一で会うと、プライベートな話など出来るようにはなっていたので」

弁護人は出会ってからの出来事を一つ一つ確認していく。Aさんにとって被告人は、ただの取引先に過ぎない。円滑に進めるために雑談に応じたり、愛想笑いを浮かべたりすることはあるだろう。被告人はそれを「親しくなった」と受け止め、勝手に思いを募らせていったことが浮き彫りになっていく。

弁護人からの被告人質問は事前に方針を定めていることが多いため、2人の感覚がズレたまま進行するのは珍しい。

●「見る分には相手が気付かなければ迷惑にならない」

食事に誘ったのは、クレームを即座に解決できた高揚感からだったという。一度は断られたが、「また行きましょう」と言われたことから、改めて約束を取り付けた。結婚後、他の女性と食事に行くこともなく、とても楽しんだと供述する。

しかし会社で会う雰囲気と業務時間外の雰囲気が違うことに二面性を感じ、さらに興味を持った。ただ、それ以降も食事に誘うが、仕事上の付き合いであるとして断られたため、隠れて観察するようになった。

弁護人「魅力的な人を傷つけたくないとは思わなかったのですか?」 被告人「接触したり、強引に電話やメールなどはしなかったので」

弁護人「メールは迷惑という認識があって、遠くから見るのとは何が違うのでしょう?」 被告人「メールは相手が認識しますが、見る分には相手が気付かなければ迷惑にならないと」

弁護人「そこは100歩譲るとしましょう。でも見つかりましたよね?」 被告人「思ってもいない形で見つかりまして」

弁護人「バレたのはイレギュラーだと思ったんですか?何回見つかりました?イレギュラー何回起きたんですか?」 被告人「4回です...」

弁護人「まさか、弁護人にこんな感じで言われると思ってなかったでしょうけど、どう思います?」 被告人「いや、もっともだと思います...」

小さい声ながらも自らの主張を続けてきた被告人であったが、ここから更に声が小さくなり、言葉が少なくなった。

弁護人「恐らく、認識に歪みがあると思うんです。そこに気付いてもらうことが再犯を防止することと私は思っています」

Aは被告人のことを親しい人物として、ましてや異性として見ていたと本当に思っているのか。被告人にとって耳の痛い話を続ける。しかし、ただ厳しいだけでなく認知を正したいという弁護人の狙いは、法廷にいる者たちに十分伝わってくるものだった。

●弁護人「自分の認知の歪みに気付けるように」

被告人の供述によれば、定年後、業務内容は変わり、仕事が激減した。それまで仕事一本で生きてきた被告人にとって、空いた時間で家でじっとすることもなく、外に行くところもないという中で、頭に浮かぶのはAのことばかりになった。

家族に事件が発覚してからは、GPS付の携帯を持ち妻の監視を受け、事件に使っていた車を処分し、カウンセリング受講をしている。弁護人は最後に、「カウンセリングも受けるだけでなく、自分の認知の歪みに気付けるように」と再度注意を促して、質問を終了した。

次に、被告人の話を傍聴席で静かに聞いていた妻が、証人として傍聴席に立った。

冒頭に「なんて馬鹿なことをしたのか再確認できた」と話し、食事を何度も誘っていたなど、事件後に被告人から聞いていない話があったと証言した。しかし、離婚するつもりなどはなく、Aへの慰謝の気持ちを語った。

弁護人の狙いとしては、被告人質問によって認知の歪みを被告人自身に認識させようとしたのだろう。そして証人である妻に対しても、夫のその認識を理解してもらい、監督の重要性を伝えたのではないかと感じた。

●判決で評価される悪質性と更生の可能性

判決は懲役1年(求刑同じ)、執行猶予3年であった。幾度と注意を受けながらも行動を続けた執着心は相当であると判断されたが、家族の協力などの再犯防止に向けた環境が整っていると評価された。

閉廷後、被告人とともに裁判官に深々と頭を下げる弁護人の姿が印象的だった。

【筆者プロフィール】裁判ライターとして毎月約100件の裁判を傍聴。ニュースで報じられない事件を中心にTwitter、YouTube、noteなどで発信。趣味の国内旅行には必ず、その地での裁判傍聴を組み合わせるなど裁判中心の生活を送っている。

「見るだけなら問題ない」取引先の女性につきまとい、60代男性の身勝手な言い分