公益財団法人ちば県民保健予防財団の藤田美鈴主席研究員および羽田明調査研究センター長らは、千葉大学慶応義塾大学と共同で、厚生労働省が管理するレセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB: National Database)(注1)のサンプリングデータセット(注2)を利用し、Coronavirus disease 2019 (COVID-19) パンデミック前後の大腸がんの手術件数等を調べました。その結果、大腸がんの内視鏡手術、腹腔鏡手術、開腹手術件数の一時的な減少が明らかになりました。一方、進行した大腸がんで必要となるストーマ造設術、ステント留置術は増加しておらず、観察期間中に大腸癌の進行を示す証拠は得られませんでした。また、直腸がんの化学放射線療法の数が増加しており、大腸がん手術を遅らせる手段として、化学放射線治療が採用された可能性が示唆されました。本研究成果は、2023年5月18日に、学術誌Cancer Epidemiologyにオンラインで掲載されました。

研究の方法

 厚生労働省から2015年1月~2021年1月のNDBのサンプリングデータセット(年4回作成:1、4、7、10月)の提供を受けました。各大腸がんの治療について、各月の診療報酬明細書(レセプト)(注3)の件数をカウントし、時系列分析(注4)という手法を用いて、パンデミック前の件数の推移から、パンデミック後の件数を予測するとともに(パンデミックがなかったと仮定した場合の件数の予測値)、パンデミック後の件数の変化量を推定しました。

調べた大腸がんの治療

 結腸がんの内視鏡手術、腹腔鏡手術、開腹手術、直腸がんの内視鏡手術、腹腔鏡手術、開腹手術、直腸切断を伴うストーマ造設術、直腸切除を伴うストーマ造設術、切断や切除を伴わないストーマ造設術、ステント留置術または腸閉塞用ロングチューブ挿入法、直腸がんの化学放射線療法

研究の結果とコメント

 結腸がんおよび直腸がんの内視鏡手術は、2020年4月または7月に減少しました(図1)。内視鏡手術は、早期のがんに対して行われることから、パンデミック直後の早期がんの手術の減少が示唆されます。また、結腸がんの腹腔鏡手術(2020年7月時点)および開腹手術(2020年10月時点)は、内視鏡手術の減少にやや遅れて減少しました(図1)。内視鏡手術は、内視鏡検査で異常が見つかった場合に直ちに行われますが、腹腔鏡手術や開腹手術は、生検組織診断後に行われるため、このようなタイムラグが認められたものと思われます。また、腹腔鏡手術は術中のサージカルスモーク(エアロゾル)の発生により、新型コロナウイルスの感染リスクを高める可能性があるため、諸外国のガイドラインでは、パンデミック中は、腹腔鏡手術を開腹手術に置き換えることが提案されています。今回の結果では、結腸がんの腹腔鏡手術および開腹手術はともに減少、直腸がんではともに有意な変化は認められなかったため、腹腔鏡手術の開腹手術への置き換えは、日本では積極的には行われていなかったことが示唆されます。

 直腸切断を伴うストーマ造設術はパンデミック前後で有意な変化を認めませんでした。肛門括約筋に浸潤した進行直腸がんの場合は直腸切断が行われ、ストーマが必要となります。本研究では、直腸切断を伴うストーマ造設術の数は変化しておらず、観察期間中には、進行直腸がんが増加していないことを示唆しています。さらに、ストーマは、大腸がんによる腸閉塞に対して減圧を目的に作成されることがあります。腸閉塞に対する別の対処法は、ステント留置またはロングチューブ挿入です。本研究の結果から、ストーマ造設術およびステント留置術またはロングチューブ挿入数はいずれも増加していなかったことから、腸閉塞が増加していたとは考えられず、がんが進行したことを裏付ける証拠は得られませんでした。

 直腸がんに対する化学放射線療法が2020年4月に有意に増加していました(推定増加数71件)。諸外国のガイドラインでは、パンデミック中に手術を遅らせるための手段として、術前化学放射線療法を推奨しています。日本でも、小規模ではあるものの、手術を遅らせる手段として、術前化学放射線療法が採用された可能性が示唆されました。

図1.大腸がん手術数の推移

年に4時点(1月、4月、7月、10月)を観察

黒線:観察された手術数、赤の実線:パンデミック前の推移から予測されたパンデミック中の件数(パンデミックがなかったと仮定した場合の予測値)、赤の点線:95%信頼区間(観察された手術数が赤い点線外の場合、統計学的に有意に変化していると判断する)

用語の説明

(注1)レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB: National Database:NDBは、「高齢者の医療の確保に関する法律」に基づき、厚生労働省が蓄積管理しているデータベースで、我が国のレセプト情報と特定健診・特定保健指導情報が蓄積されています。

(注2)サンプリングデータセット:NDB情報は、研究等が利活用するために、一定の条件の下、第三者に提供されています。提供形式は3種類あり、そのうちの一つがサンプリングデータセットです。サンプリングデータセットは、年に4回(1月、4月、7月、10月)、NDB情報からレセプト情報を一定の確率で抽出したものです。

(注3)診療報酬明細書(レセプト):医療機関が健康保険組合などの公的医療保険者に対して、保険医療に要した費用を請求するために発行する明細書のことです。毎月、患者ごとに作成されます。

(注4)時系列分析:Interrupted time-series analysis using seasonal autoregressive integrated moving average (SARIMA) modelsを用いて解析を行いました。この方法を用いることで、自己回帰、移行平均、トレンド、季節変動を調整したうえでの変化量を推定することができます。

論文情報

タイトル:Changes in colorectal cancer treatment during the COVID-19 pandemic in Japan: Interrupted time-series analysis using the National Database of Japan

著者:Misuzu Fujita(1),(2), Kazuya Yamaguchi(1), Kengo Nagashima(3), Kiminori Suzuki(1), Tokuzo Kasai(1), Hideyuki Hashimoto(1), Yoshihiro Onouchi(2), Daisuke Sato(4), Takehiko Fujisawa(1), Akira Hata(1)

(1)公益財団法人ちば県民保健予防財団、(2)千葉大学大学院医学研究院公衆衛生学、(3)慶應義塾大学病院 臨床研究推進センター 生物統計部門、(4)千葉大学医学部附属病院 次世代医療構想センター

雑誌名:Cancer Epidemiology

DOI: https://doi.org/10.1016/j.canep.2023.102391

配信元企業:公益財団法人ちば県民保健予防財団

企業プレスリリース詳細へ

PR TIMESトップへ