(篠原 拓也:ニッセイ基礎研究所主席研究員)

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 気候変動問題や地球温暖化に対するニュースが毎日のように報じられている。ハリケーン、台風、豪雨などの自然災害の激甚化、海面水位の上昇、深刻な干ばつや大規模森林火災の発生など、地球温暖化の影響がさまざまな形で表れている。温室効果ガスの排出削減に向けたあらゆる取り組みが各国で進められている。

 そんななか、気象庁5月12日エルニーニョ監視速報を発表した*1。これは、毎月1回発表されているものだ。

 5月の速報で注目されたのは、「4月の太平洋赤道域の海洋と大気の状態は、平常の状態と見られるが、エルニーニョ現象の発生に近づいた。今後、夏までの間にエルニーニョ現象が発生する可能性が高い(80%)」と予測していることだ。メディアでは、もしエルニーニョが発生すると、規模の大きなエルニーニョである「スーパーエルニーニョ」になる恐れもあると報じられている。

過去3回発生した「スーパーエルニーニョ」を超える?

 そもそもニュースで目にするエルニーニョとは何か。

 気象庁のホームページによると、「エルニーニョ現象」とは、数年に一度、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけての海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象を指す。数字を使って厳密に言うと、海面水温の基準値との差を、ある月とその前後2カ月の計5カ月の平均値(5カ月移動平均値)としてとったときに、その平均値が6カ月以上続けてプラス0.5℃以上となった場合を指す*2

 エルニーニョは、スペイン語で“男の子”を意味する。毎年、クリスマスのころペルー沖合では北からの暖流により、アンチョビカタクチイワシ)が去ってしまう。漁は休みとなることから、沿岸の漁民はこの暖流のことを神の子イエス・キリストの意味で、定冠詞をつけてエルニーニョと呼んでいたという。数年に一度起こる太平洋赤道域の海面水温の高温現象として、この語が用いられている(専門家は、元々のペルー沖合の暖流と区別するために「エルニーニョ現象」と言うが、本稿では単に「エルニーニョ」と呼ぶ*3)。

 一方、「ラニーニャ」という気象用語もよく聞くが、これはスペイン語で“女の子”の意味で、数年に一度発生する太平洋赤道域の海面水温の低温現象を指す。数字を使うと、海面水温の基準値との差の5カ月移動平均値が、6カ月以上続けてマイナス0.5℃以下となった場合を指す。

 実は、エルニーニョもラニーニャも、地球温暖化が注目されるようになる前から数年に一度発生していた。最近では、2018年秋─2019年春にエルニーニョ、2021年秋─2022/2023年冬にラニーニャが発生している。

 ただ、1980年代以降に時折、規模の大きな「スーパーエルニーニョ」が発生するようになった。スーパーエルニーニョは、海面水温が平年に比べて1.5~2℃以上高くなるなど、水温上昇が大きいものを指す*4。これまでに1982─1983年、1997─1998年2015─2016年の3回発生しているが、発生した場合には大きな影響が出る*5

 気象庁によると、太平洋赤道域の海洋の貯熱量は上昇しており、過去最大級のエルニーニョが発生した1997─1998年のレベルに近づいている、とのことだ。専門家の間では、今回のエルニーニョは、もし発生した場合、2018─2019年のものより規模が大きくなり、1997─1998年のスーパーエルニーニョをも上回る可能性があると言われている*6

ラニーニャの影響も残れば「多雨+酷暑」のダブルパンチ

 では、スーパーエルニーニョが発生すると何が起こるのか? まず日本では、エルニーニョの発生した年は冷夏・暖冬になる傾向がある。

 太平洋の西側の熱帯域では、海面水温が低下して積乱雲の活動が不活発となる。このため、日本付近では夏は太平洋高気圧の張り出しが弱くなり、気温が低く、日照時間が少なくなる。一方、西日本の日本海側では降水量が多くなる傾向がある。また、冬は西高東低の気圧配置が弱くなり、気温が高くなりやすい*7

 特に、日本では多雨が引き起こす災害の発生が懸念される。山やがけでの土砂災害、河川の氾濫による洪水、集中豪雨による都市部等での内水氾濫などの発生が予想される。近年、大雨に見舞われた地域では地盤が緩んで、土石流地滑りなどの発生が報じられることが多いが、スーパーエルニーニョが発生すると、そうした災害や被害がさらに大きくなる危険性がある*8

 自然災害以外にも心配される影響はある。まず、雨続きの天気では、人々の外出が減って消費が低迷する。コロナ禍が一段落して、ようやく旅行やレジャーなどの消費が回復し始めたところに、まさに“水を差す”格好となりかねない。

 また、天候不順で農作物が不作となり、野菜や果物などの価格が高騰する。昨年から始まっているさまざまな品目の物価上昇に、スーパーエルニーニョが輪をかけることとなる。

 日射量が減ることで太陽光発電も進まなくなる。再生可能エネルギーへの転換が滞り、化石燃料の使用量削減が進まない。その結果、温室効果ガスの削減が滞るといった温暖化問題にまで影響が及びかねないのだ。

 もう1つ事態を複雑にしている点がある。2021年から続いていたラニーニャが、今年3月に終息したばかりとされる点だ。

 気象庁によると、まだその影響が残っているため、今年の夏も猛暑になる可能性があるという。また、雨量が例年以上に増える恐れもあるという*6

 スーパーエルニーニョが発生してその影響が出るのか、それともラニーニャの影響が強く残るのか、はたまたそのどちらもなのか──。今年の夏の気候は読みづらいが、気象庁は最新の予報を注視してほしいとしている。

冷夏や干ばつ、沿岸浸食も起きている海外の被害

 一方、海外ではスーパーエルニーニョが発生するとどうなるか? 最大の影響は、農作物の不作とされる。エルニーニョの発生により、さまざまな地域で冷夏や干ばつに見舞われるためだ。

 例えば、中国では夏に低温になり、東南アジアインドオーストラリアでは高温少雨になりやすい。干ばつの発生により、農作物の生産量が減少し、価格の高騰が生じる恐れがある*8

 また、アフリカなどの途上国では、健康への深刻な影響も予想される。2015─2016年に発生したスーパーエルニーニョによる影響を少し見ていこう。

 2016年の世界保健機関(WHO)の発表によると、アフリカ東部のタンザニアでは大雨・洪水を契機として、2万人超がコレラに感染し、300人以上が死亡した*9ソマリア付近では壊滅的な干ばつに続く大雨で媒介生物性疾患(マラリア等)への感染リスクにさいなまれたという。また、南西太平洋、中米等では干ばつと深刻な水不足にそれぞれ直面した。

 WHOは、2015─2016年のエルニーニョは1997─1998年の同現象に匹敵して近年で最悪との予測から、熱帯の途上国では少なくとも6000万人が健康被害の危機にあると警告した*10

 アジアでは、インドなどで高温による熱中症発生のリスクがある。2016年5月19日に、インドの砂漠都市ファロディで最高気温51度を記録した。これは同国の最高記録を60年ぶりに塗り替える高温だったという*11

 一方、東南アジアでは2015年春以降、降水量が平年の60%を下回る少ない状態が続き、水資源や農業に大きな影響が出たという*12

 ヨーロッパでは、各地で記録的な熱波に見舞われた。オーストリア気象地球力学中央研究所(ZAMG)によると、旭川とほぼ同じ緯度に位置するウィーンでは、熱帯夜が14日に達し最高記録を更新した。なお、ヨーロッパでは2019年にも各地で記録的な熱波に見舞われた。地球温暖化の影響と見られ、多数の死者を出すに至った*13

 アメリカでは、2015─2016年のエルニーニョにより、太平洋沿岸で通常より76%多い浸食が起きたと科学者により報告されている。エルニーニョによって波のエネルギーが強まって浸食が深刻化した可能性がある。南カリフォルニアでは平年よりも降水が少なかったことから、河川の流量が減り、砂が海岸に運ばれず回復が遅れたという*14

気象学者が注目する大気の南方振動「ENSO」とは?

 気候変動現象はそれだけではない。海のエルニーニョやラニーニャに、大気の南方振動が合わさると、“ENSO(エンソ)”という振動が起こる。

 オーストラリアダーウィンの気圧が高い年はフランス領タヒチ島の気圧が低く、逆にダーウィンの気圧が低い年はタヒチの気圧が高いというように、交互に上がったり下がったりする現象が発見された。

 これは、南方振動(Southern Oscillation, SO)と呼ばれ、エルニーニョ(El Nino, EN)を合わせて“ENSO”というわけだ。

 このENSOは、古くから気候システムにある変動現象であり、地球温暖化とは直接関係ないと考えられている。ただし、スーパーエルニーニョに伴うENSOが起これば、気象や天候への影響はさらに広範に及ぶとされる。

 実は、いま気象学者の間で盛んにENSO研究されている。「過去にも常にENSOがあったのか?」「これから温暖化が進むとENSOはどうなるのか?」といったことが研究されているのだ。ちなみに、これまでの研究で20世紀のENSOの強さは、過去7000年の間で最大だったと推定されている*5

 日本の季節予報でもENSOが主要な予測因子となっている*15。ENSOはエルニーニョやラニーニャのピーク時だけでなく、発生時や衰退期にも生じるとされ、長期的な影響監視が必要となる。

スーパーエルニーニョの影響を最小限に食い止めるために

 以上見てきたとおり、今年はスーパーエルニーニョが発生する可能性が高く、日本の今年の夏は大気の振動が合わさって、ENSOとなる可能性もある。

 ただし、スーパーエルニーニョが発生した場合、どのような影響がどのくらいの規模で起こるのか、ということは先読みしづらい。その影響を人間の手でコントロールすることはさらに難しい。

 できることと言えば、早めの避難行動により、自然災害での人的被害を減らすことぐらいかもしれない。それでも、救える生命を守ることは大切だ。

 日本では近年、毎年のように各地で豪雨災害が発生している。テレビなどのニュースでは、河川が氾濫して広い地域で洪水が発生したり、土砂災害で多くの家屋が全壊してしまったりした様子が映像とともに報じられる。

 そうした報道が、防災意識を高めることにつながればよいが、頻繁に報じられることで、かえってマンネリ化につながる恐れもあるだろう。

 今年の夏は、スーパーエルニーニョの発生動向も含めて、最新の気象予報をこまめにチェックすることが必要だ。

【出典・参考資料】
*1:「エルニーニョ監視速報(No.368)」(気象庁 大気海洋部/令和5年5月12日
*2:「エルニーニョラニーニャ現象とは」(「エルニーニョ現象及びラニーニャ現象の発生期間(季節単位)」(気象庁ホームページ)
*3:「季節アンサンブル予報システムの更新・エルニーニョラニーニャ現象と日本の気候」(気象庁 地球環境・海洋部/平成27年度季節予報研修テキスト)
*4:「『スーパーエルニーニョ』卵が自然に固まる暑さ、また朝鮮半島を襲うか」(the hankyoreh/2023年5月17日配信)
*5:「絵でわかる地球温暖化」渡部雅浩著(講談社/2018年)
*6:「『観測史上最大に迫る』エルニーニョが今夏にも発生する可能性 気象庁発表」(テレビ朝日/2023年5月12日配信)
*7:「日本の天候に影響を及ぼすメカニズム」(気象庁ホームページ)
*8:「エルニーニョ現象が引き起こすリスク」(東京海上日動リスクコンサルティング、リスクマネジメント最前線2014
*9:“Disease outbreak─Cholera-Tanzania-22 April 2016”(WHO)
*10:「世界保健機関エルニーニョ現象で途上国の少なくとも6000万人が危機と警告」(WHO/2016年1月22日
*11:“Climate of India”(Wikipedia,the free encyclopedia
*12:「気象庁など、エルニーニョ現象に伴う東南アジア周辺の気温と降雨量への影響等を発表(2016.05.02)」(国立研究開発法人 国立環境研究所運営サイト、環境展望台)
*13:「最大級に発達か? エルニーニョの現状と影響」片山由紀子氏(YAHOO!ニュース/2015年8月23日
*14:「アメリカの科学者ら、2015~2016年のエルニーニョカリフォルニア沿岸の浸食は観測史上最大級と報告(2017.02.14)」(国立研究開発法人 国立環境研究所運営サイト、環境展望台)
*15:「ENSOの監視と予測」安田珠幾氏(公益社団法人日本気象学会、2017年度春季大会シンポジウム「最新の気象学が描き出す多彩な大気海洋結合現象」の報告)

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