どちらも亡くなる前に残す書状である「遺書」と「遺言書」。自分の死後、遺される家族のことを考えると、遺書ではなく適切な遺言書を作成しておくべきです。では、遺言書とはどのようなものであり、作成するメリットはどのような点にあるのでしょうか? 相続に詳しいAuthense法律事務所の堅田勇気弁護士がわかりやすく解説します。

「遺言書」と「遺書」の違い

遺言書とは、自分が亡くなったあとの財産の行き先などを、生前に決めておくための文書のことです。財産の行き先を、亡くなった人(「被相続人」といいます)が定めておくことで、相続争いを予防する効果が期待できるほか、自分の望んだ相手に財産を渡すことが可能となります。

字面が似ているためか、しばしば「遺書」と混同されますが、遺言書が法律用語である一方で、遺書は法律用語ではありません。一般的に、遺書とは、亡くなるにあたって書き遺す書状全般を指します。たとえば、「これからも兄弟仲良く暮らしていってね」など、法律的な内容以外のことだけを記した書状も、遺書の1つといえるでしょう。

そして、遺書のなかでも、遺産の行き先など特に法律的な効力をもたらすものを「遺言書」といいます。

遺言書の3つの種類と特徴

遺言書が効力を生じるのは、遺言者である本人が亡くなった時点です。そのため、遺された書状が正式な遺言書かどうか判断できない場合であっても、本人に真意を問うことはできません。

遺言書は、民法によって方式が定められています。つまり、民法の方式を満たすものだけが法的に意味のある遺言書であり、民法の方式に則っていないものは、いくら遺言書のような内容が書かれていても、「遺言書」ではないということです。そのため、遺言書を作成する際には、民法で定められた方式に従わなければなりません。

遺言書の方式には、通常使用することとなる「普通の方式」の遺言のほか、死亡の危機が押し迫った際などに利用する「特別の方式」の遺言が存在します。普通方式である遺言書の方式は、次の3つです。

自筆証書遺言

自筆証書遺言とは、遺言者が全文を自書して作成する遺言書です。自筆証書遺言では、次の点が要件とされています(民法968条)。

・遺言者が全文を自書すること

・遺言者が日付と氏名を自書すること

・遺言者が印を押すこと

ただし、2019年1月13日以降に作成する自筆証書遺言では、本文とは別途財産目録を添付する場合、財産目録は自書でなくても構わないとされており、たとえば、通帳のコピーなどを添付することができます。

これは、特に遺産の種類が多い人にとって、遺産を特定するための情報のすべてについて自書を要することとなれば、負担が少なくないためです。自書しない財産目録を添付する場合には、財産目録のすべてのページ(両面に記載する場合には、両面とも)に、遺言者が署名と捺印をしなければなりません。

また、自筆証書遺言では、書き損じなどの場合の訂正方法も「遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない」(民法968条3項)と、厳格に定められています。通常の文書のように二重線で訂正すればよいわけではないことに注意しましょう。

非常に手軽で費用も掛からない方式である一方、書き損じなどにより無効となるリスクの高い方式です。なお、令和2年(2020年)7月10日から、作成した自筆証書遺言を法務局で保管してもらえる制度が始まりました。この制度を利用することで、遺言書を紛失するリスクや偽造されるリスクなどを引き下げることが可能となります。

公正証書遺言

公正証書遺言とは、公証役場にて、公証人の関与のもとで作成する遺言のことです。自書を要しない一方で、証人2名の立ち合いが必須となります。公正証書遺言を作成するための要件は、原則として次のとおりです(民法969条)。通常は公証人の側で要件に沿うよう進行してくれますので、自筆証書遺言ほど遺言者側で注意する必要はないでしょう。

・証人2人が立ち会うこと

・遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること

・公証人が遺言者の口述を筆記して、これを遺言者と証人に読み聞かせるか閲覧させること

・遺言者と証人が署名と捺印をすること(ただし、遺言者が署名することができない場合は、公証人の付記と署名で足りる)

・公証人が署名と捺印をすること

公証人の費用がかかるほか、証人2名の手配(公証役場から紹介は受けられます)が必要となる一方で、もっとも確実で無効になるリスクの低い方式です。

秘密証書遺言

秘密証書遺言とは、遺言者が自分で作成して封をした遺言書を、公証人に自分の遺言書であることを確認してもらう方式の遺言です。秘密証書遺言を作成するための要件は次のとおりです(民法970条)。

・作成した遺言書に、遺言者が署名と捺印をすること

・遺言書を封筒に入れ、遺言者が遺言書に押したのと同じ印で押印すること

・遺言者が、公証人と2名の証人の前で封書を提出して、自己の遺言書であることと氏名及び住所を申述すること

・公証人が、日付と遺言者の申述を封書に記載し、遺言者、公証人と証人が署名捺印すること

秘密証書遺言は、遺言内容を公証人や証人にさえ知られず作成できる点がメリットです。また、遺言書に封がしてあることを公証人が保証してくれるので、内容の偽造等が起こらないのもメリットといえます。

ただし、遺言書の内容については公証人が関与するわけではありません。そのため、遺言書の内容が無効になる可能性はありますし、内容があいまいで手続きできないといったリスクもあります。また、公証役場を利用するため、費用もかかります。

遺言書を作成するメリット

遺言書を作成するメリットはどのような点にあるのでしょうか? 主なメリットは次のとおりです。

相続争いが回避しやすくなる

遺言書がなければ、被相続人の遺産をわけるために、相続人全員で話し合わなければなりません。この話し合い(「遺産分割協議」といいます)がまとまらず、調停や審判にまでもつれ込むことなどを、俗に「相続争い」「争続」などといいます。

一方、すべての遺産について承継者を定めた有効な遺言書があれば、そもそも遺産分割協議をする必要はありません。そのため、遺言書を作成することで、相続争いを回避しやすくなるといえるでしょう。

自分の遺産の行き先を自分で決められる

遺言書を作成しておくことで、財産を遺す被相続人が、自分で遺産の行き先を決めることが可能となります。たとえば、長男に事業を継いでほしいと考えているのであれば、長男に自社株を相続させる旨の遺言書を作成しておくことによって、長男に事業を承継させることが可能となるでしょう。ただし、後ほど解説する遺留分には注意しなければなりません。

相続人以外に遺産を渡すことが可能となる

遺言書がなければ、原則として、相続人以外の人が遺産を受け取ることはできません。相続人でない人とは、たとえば次の相手などです。

・内縁の配偶者

・友人

・長男の妻

・子が存命である場合の孫

・活動を応援したい団体

遺言書で遺産を渡す相手には、制限がありません。そのため、遺言書を遺しておくことで、これらの相手に遺産を渡すことも可能となります。

相続税申告がスムーズとなる

相続税とは、遺産に対してかかる税金です。遺産総額に過去の一定の贈与を加算した額が、次の基礎控除額を超えた場合にかかります。

相続税の基礎控除額=3,000万円+600万円×法定相続人の数

その計算の仕組み上、相続税は誰がどの遺産を受け取るのかが決まらなければ、正しく申告することはできません。その一方で、たとえ遺産分割協議がまとまっていなくても、相続開始後10ヵ月以内の申告と納税が必要です。

そのため、仮に申告期限までに遺産分割協議がまとまらない場合には、いったん仮の申告と納税を行い、その後遺産分割協議がまとまった時点で改めて申告をし直すこととなります。二度の申告が必要となるため、煩雑となってしまうでしょう。

一方、すべての遺産について行先を定めた遺言書があれば、相続税の申告期限までに遺産分割協議がまとまらないような事態を避け、スムーズに相続税申告を行うことが可能となります。

遺言書の作り方

遺言書は、どのような流れで作成すればよいのでしょうか? 基本の流れは、次のとおりです。

必要書類を収集する

遺言書には、遺産の情報や遺産を渡す相手の情報を、正確に記載しなければなりません。そのため、作成に当たってはまず、資料の収集を行います。収集すべき資料は状況によって異なりますが、次のようなものです。なお、公正証書遺言の場合には、これらの資料を必要に応じて公証役場に提出することとなります。

・遺言者の住民票と戸籍謄本

・遺産を渡す相手が相続人などである場合には、相手の戸籍謄本

・遺産を渡す相手が相続人などでない場合には、相手の住民票

・不動産の全部事項証明書(遺言書に不動産について書く場合)

・預貯金通帳(遺言書に預貯金について書く場合)

・証券口座の取引明細書(遺言書に有価証券について書く場合)

・車検証(遺言書に車について書く場合)

・遺言者の印鑑登録証明書(公正証書を作成する場合)

その他、遺言書に記す遺産に応じて、その遺産を特定するための資料が必要となります。

財産の一覧表を作成する

遺言書の内容を検討するにあたって、財産の一覧表を作成するとよいでしょう。一覧表はどこかに提出するわけではありませんので、どのような様式でも構いません。財産の一覧表を確認することで、誰にどの遺産を渡すのかの検討や、遺留分についての検討などがしやすくなるでしょう。

遺言書の方式を検討する

普通方式の遺言書に3つの種類が存在することは、先ほど解説したとおりです。ここで、どの方式で遺言書を作成するのか、検討しましょう。

わずかでも争いの可能性がある場合、無効になるリスクを避けたい場合や確実に遺言書の内容を実現してほしい場合などには、公正証書遺言を選択することをおすすめします。一方、相続人間で争いが生じる可能性がなく、かつ費用をかけたくない場合には、自筆証書遺言を選択することになるでしょう。

遺言書の内容を検討する

次に、遺言書の内容を検討します。遺言書の内容を検討する際には、遺言者の想いが重要となることはもちろん、遺留分への配慮も必要です。遺留分については、最後に解説します。

また、遺言書で実現できない内容を書いてしまわないよう注意しなければなりません。たとえば、「愛犬のハナコに預貯金1,000万円を相続させる」などの遺言は実現不可能であり、無効な内容となります。無効な遺言書を遺してしまえば、のちのトラブルの原因となる可能性があります。

遺言書の内容を検討するにあたっては、ほかにも注意すべき点が少なくありません。そのため、遺言書の内容を自分1人で検討することは、容易ではないでしょう。将来に問題を残してしまわないためには、弁護士などの専門家にサポートを受けて作成することをおすすめします。

遺言書を作成する

遺言書に記したい内容が決まったら、実際に遺言書を作成します。作成の流れは、それぞれ次のとおりです。

自筆証書遺言の場合

自筆証書遺言は、自分1人で作成できます。長期の保存に堪えられる紙とペンを用意して書いていきましょう。なお、使用するペンに制限はなく、鉛筆で書いたからといって直ちに無効というわけではないでしょう。ただし、偽造などの疑義が生じる可能性が高いうえ、実際に偽造されるリスクも生じるため、消える筆記具の使用はおすすめできません。

公正証書遺言の場合

公正証書遺言の場合には、最寄りの公証役場に事前相談へ出向きます。相談時には、集めた資料のほか、遺言内容のメモを持っていきましょう。なお、相談は予約制となっている場合が多いため、あらかじめ電話などで予約してから出向くとスムーズです。予約時に、必要資料についてもあらかじめ確認しておくとよいでしょう。

事前相談では、希望する遺言書の内容を伝えるとともに、必要書類の提出を行います。公正証書作成時に立ち会ってもらう証人に思い当たる人がいない場合には、公証役場から紹介を受けられますので、紹介を希望する場合には、この時点で相談しておきましょう。なお、紹介を受けた場合には、証人1人あたり5,000円から1万円程度の日当が必要です。

その後、公証人が文案を作成してくれますので、文案に問題がなければ本作成日を予約します。予約時に公証役場へ出向いて遺言内容の口授や署名捺印などを行うことで、遺言書の作成が完了します。

遺言書保管制度の利用を検討する

自筆証書遺言を作成した場合、遺言書をそのまま自宅などで保管をしては、偽造や変造、紛失などのリスクが残ります。そのため、法務局の保管制度の利用を検討するとよいでしょう。法務局の保管制度とは、法務局で自筆証書遺言を保管してくれる制度です。保管申請には予約が必要となりますので、あらかじめ予約のうえ、保管申請書とともに遺言書を持って出向きます

※ 法務省:自筆証書遺言保管制度

遺言書を作成する際のポイント

遺言書を作成する際には、次のポイントを踏まえて作成しましょう。

専門家のサポートを受けて作成する

遺言書は、遺言者である本人が亡くなってから効力を生じる書類です。そのため、遺族が遺言書を手続きに使おうとした時点で問題が発覚したとしても、もはや遺言書を書き直すことなどはできません。また、法的に問題のある遺言書を遺してしまえば、トラブルの原因となってしまうリスクもあるでしょう。そのため、遺言書は自分1人で作成するのではなく、弁護士などの専門家のサポートを受けて作成することをおすすめします。

公正証書遺言での作成を検討する

遺言書のうち、もっとも費用のかからない方式は、自筆証書遺言です。しかし、自筆証書遺言は、トラブルの原因となりかねません。たとえば、次のようなリスクが考えられます。

・遺言書が法律の要件を満たせず無効となってしまうリスク

・要件は満たすものの、内容があいまいで手続きに使用できないリスク

・偽造や変造、隠匿などをされるリスク

・偽造などが疑われて争いに発展するリスク

そのため、遺言書は公正証書遺言で作成することを検討するとよいでしょう。

遺留分に注意する

遺留分とは、子供や配偶者など一部の相続人に保証された、相続での最低限の取り分です。たとえば、長男と二男が相続人の場合に、長男に全財産を相続させるとの内容で遺言書を作成すること自体は可能です。しかし、この遺言書は二男の遺留分を侵害しています。そのため、相続が起きたあとで、二男から長男に対して、「遺留分侵害額請求」がなされてトラブルになる可能性があるでしょう。

遺留分侵害額請求とは、侵害された自分の遺留分相当額の金銭を支払うよう、遺産を多く受け取った相手に対して請求することです。遺留分侵害額請求をされると、長男は二男に対して、遺留分相当の金銭を支払わなければなりません。

遺留分を無視して遺言書を作成すると、このようなトラブルの原因となる可能性があります。そのため、偏った内容の遺言書を作成する際には、遺留分についてよく理解し、対策を講じておくことが必要です。

遺言執行者を定めておく

遺言執行者とは、遺言書に書かれた内容どおりに遺言書を実現する責任者のことです。遺言執行者を定めておくことで遺言書の実現がスムーズとなるほか、遺言書の内容によっては遺言執行者がいなければその内容を実現させることができません。そのため、遺言書を作る際には、遺言執行者を遺言書内で定めておくとよいでしょう。

遺言執行者は、未成年者と破産者以外であれば、誰でも就任することが可能です。そのため、弁護士などの専門家へ依頼するほか、家族などを指定しても構いません。ただし、争いが予見される場合や確実に遺言書の内容を実現させたい場合などには、弁護士へ依頼しておくとよいでしょう。

まずは弁護士に相談を

遺言書を作成しておくことで、将来の相続争いを予防する効果が期待できます。また、自身の思いを実現し、相続手続きをスムーズに行ってほしいような場合には、遺言書を作成しておくとよいでしょう。

しかし、遺言書の内容を自分1人で検討することは、容易ではありません。内容によっては、むしろ争いの火種となってしまうリスクも十分にあります。そのため、遺言書を作成する際には、弁護士などの専門家へ相談するとよいでしょう。

堅田 勇気

Authense法律事務所

(※写真はイメージです/PIXTA)