多くの人が加入するがん保険。がん保険加入のきっかけのひとつに「うち、がん家系だから……」と、遺伝を理由にするケースが日本では多いです。しかし、がん家系か否かを根拠に保険を選択するのは危険であると、株式会社ライフヴィジョン代表取締役のCFP谷藤淳一氏はいいます。本記事では、寺田さん(仮名・40歳)の事例とともに、がん保険検討時の注意点について解説します。

3年前、娘の誕生を機に「保険の見直し」をした40歳女性

千葉県船橋市在住、家事や子育てのかたわら、近所の飲食店でパートとして扶養の範囲内の年収130万円ギリギリまで働いている40歳女性の寺田さやかさん(仮名)。寺田さんは同い年の夫と3歳になる娘との3人家族。5年前に結婚、3年前に娘が誕生、そして昨年一戸建ての住宅を購入し、とても幸せな日々を送っていました。

3年前、娘の誕生を機に生命保険の見直しを行いました。夫婦とも独身のときに加入した生命保険を継続していたので、家族構成に応じた生命保険に切り替えようと、自宅近くの来店型保険ショップを訪問し、30代前半と思われる女性スタッフに相談しました。

大手小売りスーパーに勤務、年収600万円で家計を支える夫の死亡保険、夫婦の医療保険、子供の学資保険などさまざまな分野の保険について相談し、自分たちに合っていると思われる保険を選択していきました。それに加えて寺田さんが気になっていた保険、夫のがん保険についても最後に相談をしました。寺田さんは担当スタッフにこう要望をしました。

「夫の家系はがん家系なので、絶対がん保険に入ってもらいたい。だからおすすめのがん保険を紹介してほしい」

相談の最後に夫のがん保険をいろいろと紹介してもらい、ある程度決まりかけていたとき、担当スタッフから「寺田さんご自身のがん保険はいかがですか?」と問われたので、寺田さんはこう答えました。

「私はがん家系ではないのでがん保険は不要です。がん保険は夫の分だけで大丈夫です」

自分たちの要望に応じていろいろプランを作成し丁寧に説明もしてくれたので、寺田さん夫妻は納得して生命保険の見直しを行うことができました。それから約3年が経過、子育て、家事、パートに追われ忙しくしながらも幸せな日々を過ごしていましたが、3ヵ月前に受けた精密検査で寺田さん自身に乳がんが発覚してしまいました。

「なぜ私のほうががんに……」

まさかのがん家系ではない自分ががんに罹患

寺田さんはまさかの展開にしばらく現実を受け入れることができず、呆然としてしまいました。その後約1週間入院し手術、その後も通院で薬の治療を受けることになりました。入院時の費用約20万円は見直し相談で加入した医療保険でまかなえましたが、その後の通院治療費は医療保険の対象とならず、貯蓄から取り崩すことに。

治療はまだしばらく続いていくことになりそうです。また、入院時とその後の通院治療時はパートを休むことになり、しばらくは家計収入も減少することが見込まれます。

寺田さんの強い要望で夫だけが加入したがん保険は以下の内容です。

・がん診断時に100万円(2年に1度回数無制限)

・がん3大治療を受けたら20万円(1ヵ月に1度、回数無制限)

もし寺田さんも加入していれば150万円以上の給付金を受けられた可能性があります。寺田さんは思いがけない結果に深く落胆してしまいました。

がん保険の検討…「思い込み」での判断は禁物

今回寺田さんは乳がんの診断を受けてしまい「なぜ私が……」と、その現実を受け入れることができなかったのですが、どうしてそのようなことになってしまったのでしょうか。ひとつ原因としてあげられることとして思い込みがあります。寺田さんは、以下の2点の思い込みをしていた可能性があります。

1.自分はがん家系ではないからがんにはならない

2.がん保険はがんになる確率が高い人にかけるもの

残念ながらどちらも不適切な思い込みといえるのかもしれません。今回の寺田さんのように、特に根拠のない思い込みで物事を判断してしまうと、違った結果が出てしまったときによりショックが大きくなってしまう恐れがあります。この2つの思い込みについて、どのような内容であったのかそれぞれみていきたいと思います。

がん家系は噂話

がん家系という言葉、日本で暮らしていると耳にしたことがある方は多いかと思います。いつ誰が使い始めたのかわかりませんが、家族・親族にがん患者がいる=がんになるリスクが高いといった意味合いで、多くの人に認識されている印象があります。

実は筆者自身も以前はそういった思い込みをしていました。筆者自身、祖父、母、叔父と身近にがん患者となった人がいたため、自分もリスクが高いと思っていました。ただ、このがん家系という言葉ですが、寺田さんが感じていた「私はがん家系ではないからがんにはならない」といえるほど、なにか裏付けがあるわけではありません。

「自分はがん家系だから……」とがんを気にするきっかけになるのであれば、それは結果としていいことであるかもしれませんが、一方で、今回の寺田さんのような判断になってしまうことは、あとでとてもつらい思いをする可能性があります。

「起きる確率」より「起きたとき」のことを考えた保険選びを

2つ目の「がん保険はがんになる確率が高い人にかけるもの」という思い込みについてですが、寺田さんは

・夫ががん家系でがんのリスクが高く、自分はリスクが低い

・だからがんになる確率の高い夫ががん保険に加入するべき

といった思考になったと思われます。一見合理的で正しい判断とも思えそうです。ただ、これは保険に関する基本的な考え方なのですが、保険をかける対象(今回はがんになるということ)は、もともと確率が低いものということが前提条件となります。もっといえば、確率は低いが万が一起こってしまったら経済的に困るという対象に対してかけるのが保険です。

ですから夫と妻でどちらががんの可能性が高いかということではなく、どちらががんになったら経済的に困るかという思考プロセスで判断することが大切です。がん保険はがんになってしまったときの治療費に備えるための保険です。夫と妻、どちらががんになったときがより治療費が掛かるのか、これには実は違いはそれほどありません。

冒頭に出てきた死亡保険は、稼ぎ頭で家計の大半を支える夫に、という考え方に一定の合理性がありますが、がん保険に関しては、どちらががんになったとしても、家計から同じ治療費負担が生じると考えられるので、夫婦で保険の入りわけをすることは合理的ではないと考えられます。

正しいデータを根拠に保険を選ぶ

多くの方がその存在を信じていると思われる「がん家系」。ただそれを信じるにあたってなにか具体的なデータを根拠にしているかというと、そうではなく、なんとなくそう思い込んでしまっている節があります。

筆者は過去に10,000回以上の保険相談会に携わってまいりました。そのなかでがん家系という言葉を発する方とたくさんお会いしてきましたし、今回の寺田さんのように

・がん家系だからがん保険に入りたい

・がん家系ではないからがん保険は不要

という声も直接聞いて、それに対して実際のところをお伝えしてきました。がん保険を始めとした保険に加入するということは、毎月の家計出費を増加させることになります。必要なものには当然出費をするべきですが、大切なことは合理的な判断をするために正しい根拠をもとに納得して判断することだと思います。

ここでは、がん家系の実態と寺田さんご夫妻におけるがんのリスクについて確認していきたいと思います。

がんの遺伝性は5~10%程度

世のなかに『がん家系』という言葉で浸透している、がんの遺伝性。国立がん研究センターによると、乳がんや大腸がんなど、いくつかのがんにおいて遺伝性が確認されており、それらは『遺伝性腫瘍』という言葉で分類されています。

ただし、がんの遺伝性が確認されているのは、がん全体における5~10%程度で、がんの発生原因として考えられるもののうち、最も大きいものが『生活習慣』といわれています。いわゆる喫煙、飲酒、運動不足などが代表的です。生活習慣以外の要因のひとつとして、感染も挙げられています。つまりがんは、生まれつきというよりも生まれたあとにその発生原因が生じる病気だといえます。

つまりがん家計というよりは、がんは誰にでも発生しうるものとして備えを考えておく必要があり、またがん家系でないからがんの心配はないと考えることはリスクが高いといえるかもしれません。

40歳では圧倒的に女性のほうが高リスク

がん家系とは別に、今回の寺田さんたちの年代におけるがんのリスクに関して重要なデータが2つあります。寺田さんは、夫ががん家系でがんのリスクが高いと思い込んでしまっていたのですが、寺田さんの年代におけるがんの罹患リスクはそれとはまったく逆の結果になっています。

国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(全国がん登録)によると、2019年の40~44歳の男女別がんの罹患率(人口10万人当たりの罹患数)は男性:123.6女性:326.8となっており、男性に比べ女性のほうががんのリスクが2倍以上高いことがわかります。

そしてもうひとつですが、がんは老化とともにリスクが上がるといわれているので、どちらかというと60代以降の年代になってから発症リスクは上がります。ただ、今回寺田さんが診断を受けてしまった乳がんについては、40代で罹患リスクが急上昇し、その後60代までほぼ横ばいで推移するという特徴があります。

つまり寺田さんご夫妻の場合、夫の側にがん家系という要素があることを考慮したとしても、寺田さん自身のほうがリスクは高かった可能性があります。

がん保険検討時がラストチャンス

日本ではがんが増え続けており、国はがん対策基本法という法律を作ってがん対策を行っているのですが、その一環として数年前から中学校、高校でのがん教育が始まっています。国はがんが減らない理由を私たちががんを知らないからだと考えています。がんに対する正しい知識を得て、正しく予防し、正しいがん治療を受けることを目指しているのだと思います。

学校でのがん教育自体はとても意義深いことなのですが、ひとつ大きな問題点があります。すでに社会人になっている人は、その教育を受けることができないという点です。社会人は自分でがんを学ぶ必要があります。

ただ、すでに社会人になっている人ががんを学ぶ場があるかというと、実はほとんどないというのが現実です。がんに対する正しい知識を得るためには、その場自体を探すことから始めなければなりません。そういったなかでがん保険の検討は、自然とがんが話題となる数少ない機会であると、筆者は考えています。

がん保険のプロ=がんのプロではない

がん保険を検討するときにお店などで相談すれば、がんについての話が自然と出てきます。是非がん保険を選ぶ前に、まずはがんという病気を知り、それに対して必要ながん保険を適切に選択していただきたいと思います。

ただしその際に注意点がひとつあります。来店型保険ショップのスタッフなど、保険の仕事に携わっている人々は、がん保険のプロといえると思います。ただし、がん自体をよく知っているかどうかは別問題ということを前提にしておく必要があります。つまり、お店などでがん保険の相談をする場合、がんをよく知る担当者に話を聞かなければなりません。

今回の寺田さんご夫妻に保険の提案をしたスタッフから

・がん家系の実際

・40歳の男女別のがん罹患リスク

・乳がんの年代別罹患リスク

など、これらの情報が寺田さんに提供されていたら、違った展開になっていた可能性があります。

がん保険と担当者の選択

先ほど述べたように、すでに社会人になってしまった人にとってがんを知る機会や場所はほとんどありません。しかし、何かのきっかけでがん保険の相談をする機会を得た方には、そこでがんに備えるために必要な情報も得ていただきたいと思います。

がん保険は、がん治療を受けたあとの治療費の支払いに対して助けとなるもので、それ自体もとても大切ではあるのですが、治療費の支払いの前に

・がん治療にどのような選択肢があるのか

・なにか困ったときに主治医以外にどこに相談できるのか

・利用できる社会保障制度の存在とその使い方

など、がん患者さんはさまざまなことで悩んだり困ったりする場合があります。そういった情報は、できればがんになる前に一度耳にしていると対応が変わってきますし、もし困った時にがん保険の担当者に相談できて、適切な情報を得られるととても安心感があると思います。

がん保険を販売する人が等しくがんの知識を持ち合わせていればよいのですが、実際はそうではありません。その担当者自身ががんに対してしっかりと学んでいるかどうかで、そのレベルは大きく違います。いままさにがん保険を検討している方にお伝えしたいことが2つあります。それは以下の2つです。

・がん保険相談時にがん保険だけでなく、がん自体を知ることが大切であること

・あなたの担当者ががんに詳しくないのであれば、違う担当者にあらためて相談すること

がんの備えとして加入するがん保険。本当に必要なときにがん保険が機能するために、がん保険商品の選択だけでなく、担当者の選択という視点を持つことをおすすめいたします。

谷藤 淳一

株式会社ライフヴィジョン

代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)