不審死体の検案や解剖を行い、死因を解明することを職務とする「監察医」。テレビや小説、漫画などでその名称は聞いたことがある人も多いかもしれません。では、監察医とは具体的にどのような仕事なのか、東京西徳洲会病院小児医療センターの秋谷進医師が解説します。
毎年60人の尊い命が「原因不明」に亡くなっている現状
筆者は小児科医として働くなかで、小さい命が「原因不明」に奪われる「乳幼児突然死症候群」に遭遇すると、医師としても、また子をもつ親としても、本当にいたたまれない気持ちになります。
「乳幼児突然死症候群」自体は決して多い症例ではありませんが、それでも毎年、まだまだこれからという60人の尊い命が「原因不明」で亡くなっているのです。
本当にこのまま「原因不明」で失われていいのか。そこで今回は、「原因不明の死」をそのままにせず、果敢に立ち向かう「監察医」について解説していきます。
はじまりは終戦直後…GHQが創設した「監察医制度」
まず監察医制度とは「死亡した理由がわからない亡骸を解剖することで死因を明らかにする」制度のことです。主に公衆衛生といって、社会全体の疾病予防や延命を目的にして行われます。
もともと監察医制度が始まったのは終戦直後からです。
当時の日本では、飢えや栄養失調、伝染病などで死亡者が続出していたのにもかかわらず、死因がはっきり把握されずに「原因不明」として処理されていたことが往々にありました。
終戦直後、その状況を改善しようとした連合軍総司令部(GHQ)が、公衆衛生の向上を目的として、国内の主要都市に監察医を置くことを命令します。そして、昭和22年に創設された制度が「監察医制度」になります。
現在でもその制度は続いており、監察医を置くべき地域として「東京23区内、横浜市、名古屋市、大阪市、神戸市」に設置されています(制度発足当時は、福岡市や京都市にも置かれていましたが、現在はありません)。
監察医制度では「社会全体の利益になる」と判断されたら、遺族の同意は不要で死体の検案が行われます。
また監察医による検案・解剖の対象となるのは「法律上、伝染病、中毒または災害により死亡した疑いのある死体その他死因が明らかでない死体」になります。
日本は「死んだら終わり」…異状死体の解剖・原因の究明が進まない理由
こうしたなか、異状死体、とくに未成年の死体は解剖に回されることは少ないというのが、日本の現状です。実際、日本では異状死体の解剖自体が15%程度しか行われていません。法医学者と海外の医師からすると日本はまさしく、「死んだら終わり」と言われています。
それはなぜか。下記の3点が主な理由であると考えられています。
● 実際に法医解剖が必要と考えても、子どもの場合には、保護者の同意が不要とは言え、心情的に難しいケースがあること
● 警察が法医解剖不要と判断すれば、病理解剖は保護者の同意が得られないのでほとんど解剖されないこと
● 監察医が置かれている場所自体が限られており、時間が大幅にかかってしまい、デメリットに感じやすくなっていること
これらの背景には、法医学医になる人数が少ないこともあげられるでしょう。
実際、2020年の統計によると、日本国内の死亡者138万人のうち約17万人が異状死なのにもかかわらず、死体を専門にみる法医解剖医は、国内にわずか150人しかいません。
しかも、これまでに私が経験した、乳幼児突然死症候群が疑われた不審死に関する監察医のレポートは、いずれも結果が出るまで3ヵ月ほど要しました。
その理由として、日本の医学教育は「臨床医になること」が第一のように教育されてしまっている部分も大きいですね。法医学は臨床医学とは分けられて考えられてよいはずなのに、臨床医学の枠組みのなかに入っているので、最初から法医学を志す人が少ないのです。
こうしたことから、異状死の原因を明らかにするためにも、法医学の整備と人材確保はもっとすすめられていくべきでしょう。
法医学にもっと光を!
今回は監察医制度・法医学にまつわる現状を解説していきました。
最近はドラマなどでも監察医がとりあげられていることから、もっと法医学が認知され、乳幼児突然死症候群といった「原因不明の死因」についての究明が進むことも期待できそうす。
こうした時代の動きによって、より多くの人が法医学に関心を持ってくれることを切に願っています。
秋谷 進
東京西徳洲会病院小児医療センター
小児科医
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