三菱自動車は、電気自動車(EV)普及による中国での販売低迷を受け、2023年3月から5月まで現地での生産を停止する予定だった。

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 しかし、その後も回復に至っていないため、中国での新車生産を6月以降も停止すると複数の関係者が明らかにした。再開時期も未定という。

 中国では政府の支援策の後押しを受けてEVの普及が急速に進み、新車販売の2割程度を占める。

 中国や欧米メーカーがEVを積極投入し、価格競争も激化しており、エンジン車が中心の日本勢は苦戦が続いている。

(出典:読売新聞5月30日

 さて、筆者は、5月21日BS-TBS「報道1930」の「日本メーカーはかつてのビッグ3になる可能性がある」と題する報道番組を視聴した。

 日本は自動車産業の国際競争に敗れると予測するのはカーネギー国際評議会で日本経済を研究する日本経済研究者リチャード・カッツ氏である。

 同氏は、次のように指摘する。

「一つのビジネスモデルで成功すればするほど、時代の変化を認識するのが難しくなる」

「以前は優れていたものが十分ではなくなる。どう変えればいいのかどころか、変える必要があることすら認識できなくなる。日本メーカーはかつてのビッグ3になる可能性がある」

「世界の予想以上に速いEVシフトに日本の自動車メーカーは頑なに抵抗してきた」

 かつて営業利益日本一の世界的企業トヨタ自動車の豊田章夫社長は次のように語っていた。

トヨタとしてはすべてのクルマをバッテリーEVにするのではなく、地域のニーズに応えてクルマを取りそろえていく全方位戦略を採る」

「ただしその場合もカーボンニュートラルには取り組んでいき、トヨタは各国、各地域の、いかなる状況、いかなるニーズにも対応し、カーボンニュートラルの多様な選択肢をご提供し、多様な選択肢を提供していく」

 この話を聞いた時、筆者は、いかなる状況、いかなるニーズにも対応し、多様な選択肢をご提供するというのは顧客を大事にするということでは経営者としては立派だと思った。

 また、多様な選択肢を残すということは、トヨタをこれまで支えてきた自動車部品メーカーも残すということである。

 ガソリン車からEVに切り替わることで、国内部品メーカーの約300万人の従業員のうち30万人の雇用が失われると言われている。

 情に厚い日本型経営者である豊田章夫社長は、従業員の雇用を守るために全方位戦略を取ったのであろうとも筆者は思った。

 しかし、同時にEVへのシフトが各国で加速している状況の中で、トヨタをはじめ日本の自動車メーカーは時流に乗り遅れるのでないかという危惧も抱いた。

 本稿は、日本メーカーはかつての米国のビッグ3になるのであろうかという視点で、関連する資料を取り纏めたものである。

1.イノベーションのジレンマ

 米国の経営学者、クレイトンクリステンセンは巨大企業が新興企業に敗れる時の経営理論を“イノベーションのジレンマ”と名付けた。

 業界を支配する成功企業が優れていた企業戦略ゆえに滅んで行くというジレンマである。

 前述のリチャード・カッツ氏は、ビッグ3が陥ったイノベーションのジレンマの具体例を次のように述べる。

1970年代2度のオイルショックがあった。まず1973年と74年に原油価格が4倍になり世界中が不況に陥った。そして1979年と80年にはまたも4倍になった」

「その時、日本が小型自動車を米国市場に投入した。米国の消費者は当然それを買いたがった。日本車は良い車が多く、ガソリンをガブ飲みしなかった」

「あの時、燃費の良い日本車を見てGM、フォードクライスラービッグ3は『これは一時的な出来事で、長くは続かない』と思っていた」

「成功し過ぎた企業は変化に気づかない。思わず目隠ししてしまう。ビッグ3は日本車の強さに気づかなかった」

「その後も日本車は衰えるどころか、米国に工場を持ち急成長。ビッグ3が日本車の凄さに気づき、追随しようとしたときには時すでに遅かった」

「かつて国内シェア80%以上あったビッグ3は日本メーカーに大きくシェアを譲ることになった」

 EV市場における日本は、あの時のビッグ3だとカッツ氏は言う。そして、あの時の日本車が今の中国車だと。

2.S字型成長曲線

 本項は、idea-create.comのブログ「技術進歩のS字カーブを分かりやすく解説」を参考にしている。

 一般的に技術進歩はS字カーブをたどると言われる。

 技術開発の初期はゆっくりした技術進歩であるが、途中で指数関数的に技術力が増加し、その後、投資しても技術力が増加しない停滞期を迎える。

 このときになると突然変異のように新技術が生まれるのである。

 図表1のようにこの停滞期を超えるのは、技術Aではなく、新技術Bであることが多い。

 例えば録画媒体の進化はVHS→DVD→ブルーレイといったように、異なる技術思想から進化してきた。

 カメラもフィルム→デジタルカメラと全く異なる技術から進化した。そして、自動車では、エンジンから電池へと全く異なる技術が台頭してきた。

 このように技術進歩は、同じ技術から発展していくのではなく別の技術が台頭してくるのである。つまり非連続的に技術が進歩していくのである。

 図表1のように技術Aの延長で成長していくイノベーションを持続的イノベーションといい、一方で非連続的に成長していくイノベーションを破壊的イノベーションという。

 技術はある時点で破壊的イノベーションを迎える。この破壊的イノベーションに備えることができない企業は衰退していく運命にある。

図表1:S字型成長曲線と非連続的な成長

 前述の報道番組で、経済評論家の加谷珪一氏は、次のように述べている。

「歴史をさかのぼると、白物家電がそうだったように新しい工業製品が出て、普及率が2割近くなると爆発的に普及する。それはあらゆる工業製品に言える」

「(中略)中国はかなり先行しているが、世界で販売台数の2割近くになると、(それまでゆっくり伸びていたものが)突然一気に普及する」

「どこかのポイントでS字型に急成長する。工業製品はみな同じである」

3.世界市場における自動車の販売台数推移

 本項は、KDDI総合研究所リサーチフェロー小林雅一氏著「海外市場で『EVシフト』日本は本当に大丈夫?」(出典:東洋経済2022/05/11)を参考にしている。

(1)地域別EV(PHEVを含む)販売台数の推移

図表2:世界市場における地域別EV(PHEVを含む)販売台数の推移

 国際エネルギー機関(IEA)の調べでは、世界市場におけるEV(PHEVを含む)の販売台数は2021年に約660万台。これは自動車(新車)の販売台数全体の約8.6%を占める。

 2019年は同2.5%、2020年は4.2%と伸びてきたが、2021年はさらに勢いが増した格好だ。EVはその売り上げが毎年ほぼ倍増する指数関数的な成長段階に入ったと見られる。

 地域別では中国と欧州が2021年にはそれぞれ世界のEV(PHEVを含む)売り上げ全体の51%と35%を占めた。

 これに続くのが米国で11%。つまり中国と欧米だけで、世界のEV(PHEVを含む)市場の実に97%を占める。

 特に中国と欧州でEVの導入が進んだ主な理由は、政府による手厚い支援策によるものである。

 中国と欧州は、以前から日本円に換算して100万円程度の補助金を交付することで、消費者側から見てEVの実質価格を手ごろな値段に抑えてきた。

 これに加え、排ガス規制の強化によってメーカー側に対してもEV事業への転換を促した。

 逆に、中国と欧米以外の国や地域、なかんずく日本でEV市場がほとんど育っていないのもやはり政策の問題であろう。

 日本で中国や欧州並みのEV購入補助金や充電インフラの整備が始まったのは事実上、2022年に入ってからである。

 今後はともあれ少なくともこれまでの日本政府と自動車産業は、EVシフトには消極的であったと言っても過言でないであろう。

(2)2021年のメーカー別のEV(PHEVを含む)販売台数

図表3:2021年のメーカー別のEV(PHEVを含む)販売台数

 2021年、世界のEV(PHEVを含む)の販売台数ランキングで上位を占めたのは、ほとんどが欧米や中国、韓国などのメーカーである。

 日本勢ではルノー・日産・三菱連合(R-N-M Alliance)がかろうじて8位に食い込んだが、2020年の3位から順位を5つも落としている。

 確かに日産自動車は2010年、世界初の量産電気自動車(EV)「リーフ」を発売し、以降、約10年間で累計50万台以上を売り上げた。

 しかし最近順位が下落していることから見て、先行者利益をうまく生かして強力な足場を築くことができなかったからであろう。

 一方、トヨタ自動車は13位にランクされているが、その売り上げの大半はプラグインハイブリッド車(PHEV)である。

 今後の主力となるべきEVの販売台数は、現時点でほとんどなきに等しい。

 トヨタをはじめ日本メーカーはおそらく、ここまで急速にEVが海外市場で売り上げを伸ばしてくるとは予想していなかったのであろう。

 EVの製造コストで最も大きな比率を占めるのは車載電池である。

 それが1kWh(キロワット時)当たり100ドル(1万3000円)を切れば、EVは(政府からの補助金抜きで)従来のガソリン車に対抗できる価格になり、一般消費者に広く受け入れられるようになる。

 業界関係者の間では、それが訪れるのは2025年頃と見られていた。この頃に照準を合わせてEVの開発・量産化を進めれば十分間に合うと、日本メーカーの関係者は考えたのかもしれない。

 しかし、実際にはそれよりだいぶ早くEVは本格的な普及段階に突入してしまった。

 ちなみに現在の車載電池は資源価格の高騰もあって、1kWh当たり約160ドルと2021年の105ドルから大幅に上昇しており、これがテスラなどEVの値上げにつながった。

 しかし、それでも欧米の消費者は「われ先に」とメーカー各社のEV購入予約リストに名を連ねている。

 さらに、近年は欧米を中心に環境規制が強化されている。

 欧州連合(EU)や中国などでは2035年ハイブリッド車(HV)を含むガソリン車の新車販売を禁止する。

 国内メーカー幹部は「海外でのビジネスが成立しなくなる」と危ぶんでおり、日本メーカーは正念場を迎えている。

(3)2021年のメーカー別のEVと自動車全体の世界販売台数

図表4:メーカー別の世界販売台数(2021年通年)

 図表4の左側は、メーカー別のEVの世界販売ランキングで、右側はメーカー別の自動車全体の世界販売ランキングである。

 EVの2021年通年の世界販売台数では、海外メーカーが上位10社のうち9社が占めている。首位はテスラの92.5万台で、韓国の現代・起亜や中国の上海汽車が続いている。

 日本勢は5位のルノー・日産・三菱の3社連合だけだった。

 日本勢はガソリン車を含む自動車全体の販売では、首位のトヨタをはじめ上位10社に4社が入ったが、EV単独の販売台数ではトヨタホンダがそれぞれ1万台超でランク外である。

 このことは、日本メーカーがEVシフトに乗り遅れていることを如実に示している。

 ところで、日本勢が出遅れた根本的な理由は、そもそも自動車の完全電動化には政府もメーカーも積極的でなかったということであろう。

 日本メーカーがEVシフトに乗り遅れた具体的な理由は次項で述べる。

4.日本メーカーがEVで乗り遅れた理由

 本項は、前述した小林雅一氏著「海外市場で『EVシフト』日本は本当に大丈夫?」を参考にしている。

 日本メーカーがEVシフトに乗り遅れた理由としては次の3点が考えられる。

(1)ハイブリッド技術へのこだわり

 トヨタをはじめ日本メーカーは、これまでハイブリッド車で世界市場を席巻してきた。

 そこからすぐにEVに移行するよりは、ハイブリッド車の時代をできる限り後ろまで引き延ばし、この分野への巨額投資を十分以上に回収したいというのが本音だった。

 実際、ハイブリッド車の市場は2027年頃までは引き続き成長すると見られていた。

 逆に欧米メーカーや中国勢はハイブリッド技術の開発競争で日本勢に敗れたので、この技術に未練がない。

 むしろ世界的なグリーン経済化の潮流に乗って、なるべく早いうちからEVシフトを図ることの方が中長期的には得策と考え、政府もそれを支援したのである。

 特に、ドイツフォルクスワーゲン(VW Group)のスタンスは日本メーカーと対照的である。

 同社はかなり以前から5年計画で5兆円以上を投じて、「ID(Intelligent Design)シリーズ」と呼ばれるEVの開発・商品化を進めてきた。

 しかし当初は車載ソフトの不具合などから、「IDシリーズ」の売れ行きは伸びなかった。

 そこでフォルクスワーゲンは、それまでのハードからソフト中心の開発体制へと移行するなど根本的な組織改革を図った。

 これにより2020年9月に発売された「ID.4」は2021年の「World Car of the Year」に選ばれるなど高い評価を受け、売れ行きも好調であった。

 現在、世界のEV市場で首位を走る米国のテスラに十分対抗できるまでに成長した。

(2)環境意識の違い

 そもそもEVはなぜここまでもてはやされるのか。

 背景にあるのが温暖化対策の枠組みである2015年のCOP21で採択されたパリ協定である。

「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち(2℃目標)、1.5℃に抑える努力をする(1.5℃目標)」ことが約束された。

 地球温暖化を抑止するため、二酸化炭素など温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「脱炭素社会」の構築が急がれており、日本でも2050年カーボンニュートラルが宣言された。

 ハイブリッドは燃費低減効果はあるものの、エンジンを使っているため走行中に二酸化炭素が出てしまう。

 ガソリンを燃やす以上、二酸化炭素は減らせてもゼロにはならない。その点、バッテリーに蓄えた電力でモーターを駆動するEVからは、二酸化炭素が一切出ない。

 とてもシンプルな話だ。たった数行で説明できる。この分かりやすさがEVバブルの本質である。

 そして、欧米メーカーにとって、EVシフトには「脱炭素化や環境に優しいグリーンエネルギーへの転換」という大義名分がある。

 これに対しトヨタなど日本メーカーは、長年「EVは決してエコカーとは言えない」と主張し続けてきた。

 米国や中国、日本では、EVに供給される電力の少なくとも6割以上が火力発電で賄われる。いくらクルマを電動化したところで、それに電力を供給する発電施設などが化石燃料に依存し続ける限り、EVシフトは一種の偽善に過ぎない、というのである。

 また「車載電池に使われるリチウムやコバルトなど資源の過剰採掘が、新たな環境破壊や採掘労働者の健康被害を引き起こす」との指摘もある。

 確かにEVには、そうした暗い側面が潜んでいる。

 しかし自動車のEV化へと向かう世界の潮流にはもはや抗い難い。

(3)雇用の確保

 国内の自動車メーカーに部品を直接納品する1次取引先は7500社、そこに部品を納める二次取引先は1万5000社に達する。

 国内の1次取引先には一部上場を果たす大規模企業も多く、その場合、商品ラインナップも幅広い。

 電子機器、サスペンション、内装など、EVでも必要な部品を扱っていればEV化に適応し、その転換期をチャンスに変えることも可能であろう。

 しかし、ガソリン車特有の部品に特化してきた中小零細の企業の場合は、そうはいかない。最も危ういのは内燃機関、バルブなどを得意とする企業だ。

 その技術を他所に転用できなければ、EV化の余波もっとも強烈に受けることになる。

 大企業においては、他工場への移動、グループ会社への出向、または地元関連企業への転職などへの斡旋が行われるケースが多い。

 しかし、従業員の新たな就業先を手配する体力、または能力がない中小零細の下請け企業における雇用は、さらに深刻な事態となり得る。

 前述したが、情に厚い日本型経営者である豊田章夫社長は、従業員の雇用を守るため、あるいは解雇を遅らせるために全方位戦略を採用したのであろうと筆者は思っている。

 2023年4月7日トヨタは佐藤恒治社長の就任後初となる新体制方針説明会を開き、自動車メーカーから「モビリティーカンパニー」への進化を掲げた。

 一方、2050年カーボンニュートラル目標の実現に向けて、「全方位」の技術戦略で取り組む方針を改めて示した。

5.EV化に向けての対応

(1)日本政府が進める自動産業の成長戦略等の概要

 本項の出典は、資源エネルギー庁「自動車の“脱炭素化”の前編(2022年10月)および後編(2022年11月)である。

ア.成長戦略

 国が進める自動産業の成長戦略の概要は、大きくまとめると、以下の3つである。

① 電動化の推進

 2035年までに、乗用車新車販売で電動車100%を実現するために、包括的な措置を講じる。

(商用車については8トン以下の小型車/8トン以上の大型車で別途目標値を設定)

②水素社会の実現

 クリーンで安価な水素の確保と商用車における水素の活用を推進する。

③燃料のカーボンニュートラル化

 2040年までの自立商用化を目指し、合成燃料の導入拡大・コストは低減を図る。

イ.包括的な支援策

 国は、電動車普及の目標実現に向けて、主に以下の4つの施策をパッケージとして、包括的な支援策を講じている。

①電動車の購入補助 

 電気自動車(EV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)を対象に、購入補助事業を行っている。

 2022年度は予算額を拡充し、補助上限額を大幅に引き上げた。例えばEVの場合、これまで補助上限額は40万円であったが、85万円に増額した。

②充電・充填インフラの整備

 充電・充填インフラの整備は電動車の普及と表裏一体であり、電動車の導入支援と両輪として進める必要がある。

 そこで、2030年までに急速充電3万基、普通充電12万基および水素ステーション1000基の整備を目指し、設備費や工事費を補助する事業をおこなっている。

③蓄電池(バッテリー)産業の確立

 蓄電池については、先端的な蓄電池・材料の生産技術や、リサイクル技術を使った大規模製造拠点を国内に設置する事業者に対する補助を行っている。

 補助の条件は、先端的なリチウムイオン電池といった技術的先進性があること、大規模投資であること、車載用電池の場合は置き型(定置用)電池の生産に転用できる設備であること、国内サプライチェーンの強靱化に役立つものであることとなっている。

④自動車産業のサプライチェーン・バリューチェーンが電動化対応するための業態転換

 電動化が進むと、自動車産業に関わる人々に、影響を及ぼす可能性がある。

 例えば、エンジン部品などのサプライヤーは、電動車部品の製造にトライすることも考えられる。

(2)自動車メーカーの取り組み:リスキリング(学び直し)

 自動車部品世界最大手の独ボッシュは2022年2月9日、従業員の職種転換のための学び直しに2021年までの過去5年間で約10億ユーロ(約1300億円)を投資したことを明らかにした。さらに、今後5年間でも同等の資金を投じる考えである。

 ボッシュは、機械技術者がソフトウエア開発者になったり、燃焼技術のベテランが電動車技術を学んだりできるよう、再教育プログラムを充実させてきた。

(出典:日経新聞2022年2月9日

 日本の自動車メーカーも、企業として利益を確保しつつ、人材の職種転換のためのリスキリングに積極的に投資しなければならない。

 EV化によって淘汰される企業があれば、新たに生まれる産業もある。バッテリーや半導体は、現在まったく人材供給が足りていない。

 トヨタは、電気自動車(EV)、ハイブリッド車(HV)、燃料電池自動車(FCV))のほか、水素エンジン車の開発を進めているが、この方針も雇用問題に直結している。

 燃料電池車は水素を電気分解することで蓄電してモーターを回すが、水素エンジンでは、エンジンの中で水素を直接燃やして動力とする。

 つまり、長年にわたって培ってきたエンジン技術を活用しつつ、その製造に関わる多くの雇用を維持することができる。

 また日本国内においては、EV化や水素化に対応したステーションの設置が驚くほど進んでいない。

 さらに、EV化や自動運転によって、これまでとは違うリース業、サービス業が生まれるだろう。こうした分野では、全国的に雇用が生まれるはずである。

 職種に対する個々人の指向性はあるものの、「30万人の雇用喪失」はこれらの関連産業によって、ある程度は補完されるであろう。

おわりに

 二酸化炭素CO2)などの温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「脱炭素化」の流れが世界中で加速している。

 なかでも大きな転換期を迎えているのが自動車業界である。

 2015年12月に合意された「パリ協定」を契機に、2025年から2040年にかけて、多くの国や地域が、新車販売で電動車100%、ゼロエミッション車100%といった目標を掲げており、脱ガソリン車の潮流が加速されている。

 EUは「ガソリン車の新車販売を2035年に禁止する」ことを決めた。日本メーカーが得意とするハイブリッド車プラグインハイブリッド車も販売禁止となる。

 中国は、「2035年をめどに新車販売のすべてを環境対応車にする」ことを決めた。

 50%をEVなどの新エネルギー車(NEV)とし、残りの50%を占めるガソリン車はすべてハイブリッド車にする。

 NEV(新エネルギー車)とは、EV、燃料電池車、プラグインハイブリッド車を指す。ガソリンエンジン車は中国市場で販売できなくなる。

 米カリフォルニア州は、「2035年までに、同州で販売する乗用車およびライトトラックは、すべてゼロエミッション車にする」ことに決めた。

 一方、日本政府は、「2035年までに国内において乗用車の新車販売で電動車100%を実現する」という目標を示している。

 電動車とは、バッテリーに蓄えた電気エネルギーをクルマの動力のすべてまたは一部として使って走行する自動車を指す。

 該当するのは、EV、プラグインハイブリッド車、ハイブリッド車燃料電池車の4種である。

 この4種の中で、二酸化炭素の排出がゼロ、すなわちゼロエミッション車はEVだけである。

 筆者は、日本は電動車にこだわりすぎているように思える。

 このような日本の姿勢を、前述のリチャード・カッツ氏は、「EVシフトに日本の自動車メーカーは頑なに抵抗してきた」と見たのであろう。

 さて、慶応義塾の創始者の福沢諭吉は、「利を争うは古人の禁句なれども,利を争うは 即すなわち理を争うことなり。今我日本は外国人と利を争うて理を闘するの時なり」(「文明論之概略巻之二第五章」)という言葉を残している。

 今、日本は世界の自動車市場で外国と利を争っている。

 日本は、EVは走行中には排ガスを出さないが、現状ではバッテリーなどの製造時には火力発電由来のエネルギー利用が避けられないという。

 それに対し、EUは、日本は「脱炭素化」に向かって、再生可能エネルギーへ早々に転換するべきであると一蹴するであろう。このように日本は理(道理)でEUに負けている。

 最後になるが、では自動車メーカーや部品メーカーが今後も生き残っていく方法はあるのか。

 筆者は、S字型成長曲線の項で述べた技術Bで、破壊的イノベーションを起こすしか方法はないと思う。

 今、自動車産業には、自動車がネットワークを通してあらゆるものにつながる「コネクテッドConnected)」、自動運転技術の進化による「自動化(Autonomous)」などの変革が起きている。

 筆者は、これらの分野で、産学官が一体となって、破壊的イノベーションを起こすことを期待している。

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