豪華客船。呪われた映画。謎めいた原作者。集まってきたクセの強い関係者たち。

 心ざわめくクラシックな設定を、物語にするのがあの恩田陸氏と聞けば前のめりになってしまうのは仕方がない。だが、焦りは禁物である。じっくり小説に立ち向かえる時間を用意してから取り組むことをオススメする。大きな迷宮の中に、小さくて難解な迷路が仕掛けられた小部屋がいくつもあって、一部屋一部屋訪れているうちに、出口がどの方向にあるのか、わからなくなるような体験だ。抜け出すためには、最後まで読むしかない。

 『夜果つるところ』という題名の小説を巡る物語である。著者は、飯合梓という謎の作家だ。極端な人嫌いで、写真も残っていない。1980年に起こった二つの事件のどちらかで亡くなったとされているが、遺体は確認されていない。過去に数回映像化が試みられているが、毎回事故が起き、死者も出て中止になっている。

 小説家の蕗谷梢は、その謎に迫るノンフィクションを書くため、関係者が集まるクルーズ旅行に参加する。弁護士の夫・雅春の親戚や知人に、関係者がいることがきっかけなのだが、雅春はある重要な事実を梢に話そうとしない。雅春の前妻は人気のある脚本家で、『夜果つるところ』の脚本を仕上げた直後に自殺している。別の人間からそのことを教えられた梢だが、夫に事情を聞くことができないまま、夫婦で客船に乗り込んだのだ。一筋縄では行かない関係者たちは、それぞれがこの小説や著者に関する情報や思いを梢に語る。それは、彼ら自身の人生の中にある解決できない何かにつながっている。

 なぜ映画撮影時に事故が起こったのか。飯合梓とは何者だったのか。夫の前妻はなぜ死んだのか。夫との間に何があったのか。絡み合う謎を梢の視点で解きほぐしながら、個性的な登場人物一人一人の物語を味わい尽くしていただきたい。そして、恩田陸氏による『夜果つるところ』が刊行される。小説の中に重要な鍵として小説が登場することは時々あるが、通常は読者が想像するのみである。登場人物たちの心を捕らえた幻の小説も、ぜひお楽しみいただきたい。

(高頭佐和子)