歌舞伎座6月公演「六月大歌舞伎」が、6月3日(土) に開幕した。

昼の部は、近松門左衛門による義太夫狂言の名作『傾城反魂香(けいせいはんごんこう)』。澤瀉屋の家の芸を集めた「三代猿之助四十八撰」のひとつで、今月は昭和45年(1970) に三代目市川猿之助(現・猿翁)が補綴・演出をして復活上演した澤瀉屋の演出で上演する。

幕が開き、絵師の浮世又平(市川中車)、女房おとく(中村壱太郎)の夫婦が花道より登場すると、期待感の高まりに客席からは大きな拍手が送られた。師匠の土佐将監(中村歌六)から土佐の名字をもらいたいとの願いを抱く二人を、先月93歳の誕生日を迎えた市川寿猿演じる女中お百が出迎え、客席を和ませる。

そこへ、百姓に追われた虎が藪の中から出現。これを絵から抜け出た虎と見破った将監に、又平と又平の弟弟子・修理之助(市川團子)の二人が自分にかき消させてほしいと願い出るが、将監は修理之助を指名。修理之助は見事に筆の力でその虎をかき消し、土佐の名字を許されることに。修理之助が土佐の名字を許されてから又平夫婦が登場する演出に比べて、澤瀉屋の演出は夫婦が現れてからこの件があるので、目の前で弟弟子に先を越される又平の哀れさが強調され、後の展開に厚みを持たせる。生まれつきの吃音のため思うように話すことのできない又平に代わり、口達者なおとくが夫の想いを切に訴える場面や、絶望する又平に寄り添うおとくの姿に夫婦の絆が滲み、胸に響く。又平とおとくの一挙手一投足に見入り静まり返る場内から一転、又平の渾身の一筆が起こした奇跡には、客席からは温かく大きな拍手が送られた。

また、本公演では昭和45年以来53年ぶりに「浮世又平住家」を上演。又平が描いた大津絵から人物たちが抜け出す賑やかな演出と、澤瀉屋ゆかりという“おまんまの立廻り”も楽しく、客席も大盛り上がり。全編を通して人間国宝・竹本葵太夫の浄瑠璃が情感豊かに響き渡り、又平を演じる中車と女房おとくを演じる壱太郎夫婦の情愛と、華やかな幕切れに場内は大きな拍手と感動に包まれた。

続いては、本年没後130年を迎えた河竹黙阿弥が、草双紙をもとに脚色した『児雷也(じらいや)』。蝦蟇(がま)、大蛇、ナメクジの妖術を使う児雷也大蛇丸と綱手の“三すくみ”の対決でも広く知られる人気作。当月は、児雷也(中村芝翫)と、実は児雷也の許嫁である綱手(片岡孝太郎)、山賊夜叉五郎(尾上松緑)、高砂勇美之助(中村橋之助)が繰り広げる「だんまり」など、歌舞伎ならではの様式美に満ちた楽しい場面が満載で、児雷也が伝授された妖術によって蝦蟇が出現すると、ケレン味溢れる舞台に大きな拍手が巻き起った。

昼の部を締めくくるのは、華やかな舞踊『扇獅子(おうぎじし)』。舞台は、新年を迎えた日本橋。芸者たち(中村壱太郎、坂東新悟、中村種之助、中村米吉、中村児太郎)が、心浮き立つ春から青葉の芽吹く初夏へ、季節の移り変わりを艶やかに踊る。清元の叙情的な旋律が耳に心地よく、芸者衆の美しさが視線を惹きつける中、季節は秋へ。ここへ、中村福助勤める成駒屋のお福が登場すると、舞台上がさらに華やいだ。芸者衆は、扇を獅子頭に見立てた扇獅子を華やかに見せ、獅子の毛ぶりを華麗に披露。芸者たちが息を合わせて魅せる江戸の四季の移ろいに、場内が朗らかな雰囲気に包まれた。

『義経千本桜』では親子の情愛を大切に

夜の部は、歌舞伎三大名作のひとつに数えられる『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』より、原作の三段目「木の実・小金吾討死・すし屋」と、四段目の切「川連法眼館」を上演。「木の実・小金吾討死・すし屋」では、主人公・いがみの権太を片岡仁左衛門が勤め、「木の実」で仁左衛門、片岡孝太郎、片岡千之助と、松嶋屋の親子孫三代が共演することでも話題となっている。

物語の始まりは、大和国にある吉野下市村の茶店。親切ごかしに若葉の内侍(孝太郎)と嫡子の六代君(中村種太郎)、家来の小金吾(千之助)に近づいた権太は、鮮やかに小悪党の本性をあらわし、金を巻き上げる。このように悪事を働く権太だが、女房の小せん(上村吉弥)と息子の善太郎(中村秀乃介)に見せる姿は愛情に溢れている。

本作で大切にしていることを「家族愛」と言う仁左衛門が「『木の実』で三人の家庭の温かみをお客様に伝えることで、後の『すし屋』での別れのつらさを、より感じていただけると思う」と話すように、この場面がのちに起きる悲劇の伏線となるところも見逃せない。

「小金吾討死」では、小金吾が大勢の捕手たちとの立廻りを勇ましく披露。そして舞台は、世事に翻弄される庶民の哀切が胸に響く名場面「すし屋」へと繋がる。仁左衛門が演じるいがみの権太が放つ表情や佇まい、ふとした仕草一つ一つには、ならず者でありながらどこか憎めない魅力が溢れ、観客の心を掴む。母お米に甘える姿には客席から笑みがこぼれる一方、ある決意をした権太がすし桶を抱えて花道を引っ込む場面は緊迫感が広がり、緩急ある展開で魅了する。家を勘当された権太が父弥左衛門(中村歌六)に抱く本心が涙を誘い、家族の情愛が心に沁みる名作に鳴りやまない拍手に包まれた。

続く「川連法眼館」は、四段目の切にあたることから「四の切」の通称で親しまれる人気の場面。当月は、尾上松緑が平成24年の巡業で勤めて以来、そして新開場後の歌舞伎座では初めて佐藤忠信と忠信実は源九郎狐を勤めます。川連法眼の館へ匿われている源義経(中村時蔵)のもとへ、家臣の佐藤忠信(松緑)が訪ねてくる。

義経は、伏見稲荷で預けた静御前の安否を尋ねるが、忠信は覚えがない様子。これを不審に思った義経から忠信詮議を命じられた静(中村魁春)が初音の鼓を打つと……。松緑は「狐の心情に寄り添い大事にしていくことが非常に重要な中、難しいのは本物の忠信です。あの短い時間で武将としての大きさを表現しなければならず、義経とのやり取りは、物語が展開していく上で大切な部分です。狐忠信との対比を含め、ここをいかに見せられるかです」と語る。

忠信を演じる演出の一つに、五世尾上菊五郎が完成させた音羽屋型があり、ケレン的要素は最小限に抑え、狐の親子の情愛を色濃く描き出す。松緑は、本性をあらわした源九郎狐が見せる狐手や「狐詞(きつねことば)」と呼ばれる独特の台詞回しなど、狐の神秘性を丁寧に描き出すとともに、親狐への孝行を果たせなかった悲しみに源九郎狐の切なさが滲む。幕切れでは、狐親子の恩愛だけでなく、狐と人間との慈愛が溢れ、場内が温かな雰囲気に包まれた。

※公演期間が終了したため、舞台写真は取り下げました。

<公演情報>
「六月大歌舞伎

6月3日(土)~25日(日) 東京・歌舞伎座

歌舞伎座「六月大歌舞伎」