開戦から1年以上が経過するウクライナ侵攻ですが、プーチンは開戦時、ウクライナを「72時間以内に転覆できる」と信じていたと、元陸自の渡部氏はいいます。プーチン政権に起こっている「想定外の連続」と、現時点で予想される「プーチン政権の幕切れ」についてみていきましょう。※本連載は、渡部悦和氏、井上武氏、佐々木孝博氏の共著『プーチンの「超限戦」その全貌と失敗の本質』(ワニ・プラス)より一部を抜粋・再編集したものです。
「四面楚歌」のプーチン…軍人、保守派からも批判相次ぐ
プーチンは開戦時、ウクライナを「72時間以内」に倒せると信じていた
渡部 プーチンの露宇戦争は負け戦です。この負け戦の責任の大半はプーチン自身にあります。プーチンは開戦の決心をする際に情勢を読み誤り、ウクライナ政府を短期間(72時間以内)で転覆できると信じていました。プーチンはロシアの軍隊がウクライナの民衆に「解放軍」として歓待されるものと確信していました※。
※ 「本人も困惑しているプーチンの負け戦──主導権はウクライナ側へ」『日本版ニューズウィーク』2022年8月30日号
この首都キーウ占領の作戦は彼の誤判断のために失敗しました。その後、東部ドンバス2州の完全制圧に目標を変えました。膨大な兵力を消耗させて1時的にルハンシク州は制圧しましたが、ウクライナ軍の反攻作戦により、ドネツク州の制圧に成功する確率は極めて低い状況です。
プーチンは自分の部下をまったく信用していないそうです。制服組トップの将官たちの意見を聞かず、気に入らなければ次々と首を切っています。プーチンは独裁者の常として、自分が誰よりも賢いと信じています。前線の兵士は使い捨てです。
プーチンは失敗続きの将軍たちに激怒しています。しかし最大の失敗はプーチン自身が多正面作戦に固執した点にあります。短期決戦を前提に戦線を拡大したプーチンには長期戦に備える戦略がなく、代替案もなかったのです。この点が露宇戦争における失敗の最大の原因だと思います。
ロシア地上軍は戦力の3分の1以上を失い、これ以上攻勢に出る余力はない状況ですが、プーチンはロシア軍に攻撃の継続を命じています。士気が低下したロシア軍にとっては損害を増やすだけの攻撃になります。軍人のなかにもプーチンを批判する者が増えてきています。
このような状況下で、いままでプーチンを支えていた保守、とくに右翼がプーチンを批判していますし、オリガルヒなどの経済を重視する人たちの批判も受けています。
プーチンはまさに四面楚歌の状況にあります。プーチンの今後をどのように予測しますか。
「保守強硬派」と「国民」のあいだで揺れるプーチン
佐々木 最近私が注目しているのは、プーチン政権を支えてきたパトルシェフ国家安全保障会議書記を中心とする保守強硬派がプーチン大統領に圧力をかけているという報道です。
ロシア研究者の北野幸伯氏によれば※、保守強硬派は、「総動員令を出し、一般男性(徴兵期間が1年あるため、完全な素人ではない)を、100万人単位で、戦場に投入すべきだ。そうすれば、ロシア軍は勝てる」と主張しているそうです。
※ 北野幸伯「ロシア軍疲弊で『日和るプーチン』が支持基盤の保守愛国勢力に見限られる可能性」『現代ビジネス』2022年9月9日〈https://gendai.media/articles/-/99558〉(2022年9月16日アクセス)
他方、ロシア国民の70%が、ウクライナでの「特別軍事作戦」を支持しています。総動員令を出せば、この支持率は下がり、政権基盤そのものが危うくなります。プーチン大統領としては、保守強硬派の主張を受け入れることはできません。これに彼らは不満であり、プーチン大統領に圧力をかけているとのことです。
その後、この圧力に屈したのか、プーチン大統領は9月21日に部分的な動員令に署名しました。これを受けてショイグ国防相は軍務経験がある予備役から30万人を招集する旨を明言しました。
しかし、公表された動員令には人数に関する記述はなく、独立系メディアによれば100万人が招集されるとしています。
動員令発令後、招集事務所が襲撃を受けたり、国外脱出者が続出したり、招集を逃れるための様々な混乱が生起しています。当局の思惑どおりの数が招集できるのか、招集した兵が企図どおりに機能してくれるのかなど、不透明な点も多々あります。プーチン政権への反発というものも、この部分動員を機に噴出してきたようです。
井上 プーチンの特別軍事作戦を盲目的に信じている多数のロシア国民と戦争の実態を承知している保守強硬派とのあいだで、プーチンは身動きが取れなくなっています。ロシア軍はすでに戦意を喪失し、攻撃する装備や兵站(へいたん)も欠乏しています。プーチンは、自業自得とはいえ、厳しい状況にあります。
プーチン政権の終幕は…渡部氏が予想する「4つのシナリオ」
渡部 プーチンの将来を予測することは難しいのですが、いくつかの可能性を列挙することは可能だと思います。例えば、
①大統領職に長期間居座る、 ②後継者を指名し自主的に勇退する、 ③何者かによって強制的に排除され実権を失う、 ④暗殺される。おふたりはどう思いますか?
井上 ①のプーチンが長期間大統領職に居座る可能性は低いと思います。たしかにロシア国民の70%はプーチンを支持していますが、これは、強力な国内向けの情報戦の成果であり、ロシア軍が敗北している状況をいつまでも隠し通せることはできなくなります。すでに、モスクワやサンクトペテルブルクなど18ヶ所の地区区議からプーチンの辞任要求も出はじめています。
可能性が高いのは、②の都合の良い後継者を指名し自主的に勇退することだと思いますが、権力を手放した独裁者の末路を考えると、思うようにはいかないものです。
佐々木 私は①、②の中間的なことになるのではないかと考えています。四面楚歌の状態に追い込まれつつあるとみられますが、ロシア国内の強力な国民統制の状況から、③、④は考え難いと思います。
4月から6月にかけて、プーチン大統領の健康不安説を伝える報道が増えていましたが、その後、米CIAのバーンズ長官、英MI6のムーア長官がそれを否定しました。
とくにバーンズ長官は、私が在ロシア防衛駐在官として勤務していた時期と同時期に、在ロシア米国大使を務めていた人物であり、ロシア情勢には詳しい人物です。そのため、バーンズ長官の発言は信頼度が高いものと考えています。
ただし、プーチン大統領はロシアの平均寿命とほぼ同年齢にあるので、年相応の何らかの健康上の不安は抱えている可能性はあります。彼が年相応の健康上の不安を抱えつつも、政務の遂行に問題がなければ、このままの政体が継続すると見積もられます。しかし、そうでない場合に備え、水面下で影響力を残すカタチで院政的な政体を考えている可能性もあります。
以前から、プーチン大統領に異変があった場合、暫定的に実権はパトルシェフ国家安全保障会議書記に委任されるということが伝えられていました。憲法上では、大統領代行職はミハイル・ミシュスティン首相が就任することにはなりますが、実権をパトルシェフ書記にということのようです。
ロシアの複雑な国家指導体制を熟知し、インテリジェンス組織出身で同分野に大きな影響力を持つ同書記は、プーチン大統領と同じ手法で国家指導することは可能です。プーチン大統領が退いたあと、パトルシェフ書記がその任を引き継ぎ、プーチン大統領が院政を敷く可能性もあると考えられます。
ただし、パトルシェフ書記はプーチン大統領の信頼は非常に厚いものの、メドベージェフ前大統領とは違い、影響力を持ちすぎているマイナス面があるとも言われています。
力を持ちすぎている者に後継を譲ると将来的にプーチン大統領が権力の座から追い落とされるリスクもあるため、パトルシェフ書記自身が大統領に就く可能性は少ないのではないかとの見方もあります。
そこで、その折衷案として浮上しているのがパトルシェフ書記の長男であるドミトリー・パトルシェフ農相に大統領職を移譲し、プーチン・パトルシェフ(父)のタンデム体制で院政を行うといったことも持ち上がっているとのことです。これは前述の北野氏の指摘ですが、私もその可能性はあるのではないかと考えます。
渡部 いままでも多くの人が予測を外していますので、プーチンが何者かによって強制的に排除され実権を失う場合や、暗殺される場合も排除すべきではないと私は思います。
渡部 悦和
元陸上自衛隊陸将
井上 武
元陸上自衛隊陸将
佐々木 孝博
元海上自衛隊海将補
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