経済産業省5月26日にガソリン価格等の上昇抑制策である「燃料油価格激変緩和事業」で支給している補助金、いわゆる「ガソリン補助金」について、6月以降段階的に縮小して9月末で一旦終了させる方針を公表しました。それに伴い、ガソリン価格はどのように推移していくのでしょうか。ニッセイ基礎研究所の上野剛志氏による考察です。

1―ガソリン補助金の段階的縮小・終了が決定

経済産業省5月26日にガソリン価格等の上昇抑制策である「燃料油価格激変緩和事業」で支給している補助金、いわゆる「ガソリン補助金」について、6月以降段階的に縮小して9月末で一旦終了させる方針を公表した。もともと縮小方針は示されていたが、今回改めて具体的な形が公表されたことにより、長期化していたガソリン補助金制度はいよいよ収束に向かうことになる。一方、ガソリンの小売価格(以下、ガソリン価格)には、今後上昇余地が発生することになる。

1|ガソリン補助金の経緯と仕組み

まず、これまでの経緯を確認しておくと、ガソリン補助金制度はガソリン価格の上昇を受けて、2022年1月に導入された。ガソリンの小売価格を直接抑制するのではなく、石油元売り会社に対して政府が補助金を支給することで出荷価格の抑制に応じてもらい、小売価格の抑制へと波及させる仕組みだ。基本的には毎週のガソリン価格(補助金前)*1と基準価格(当初は1リットル当たり170円、直近は168円)の差分が補助金として支給される(上限あり・図表1)。当初の対象はガソリンのほか、軽油、灯油、重油となっていたが、昨年4月からは航空機燃料も追加されている*2

「燃料油価格激変緩和事業」という名称が示す通り、当初の建付けではガソリン価格の「変動」を抑制する仕組みとなっており、補助金額の算定基準となる基準価格は1リットル170円から段階的に引き上げられる(つまり、補助後のガソリン価格が緩やかに上昇する)予定となっていた。しかしながら、2022年3月からは基準価格が172円で据え置かれる形に変更された。つまり、ガソリン価格の「変動」を抑制するのではなく、ガソリン価格を特定の「水準」へ抑制する政策へと変質したことになる。

また、導入当初は同年3月末までの短期的な時限措置だったが、世界的に原油価格の上昇や円安によってガソリン価格(補助前)の上昇・高止まりが続いたことで、補助金制度は拡充(補助上限の引き上げ・基準額の引き下げ)と延長を重ね、足元にかけて1年4カ月にわたって続けられている。

なお、今年1月から5月までの間は、補助金の上限(昨年末時点で1リットル当たり35円)を毎月2円ずつ引き下げてきたが、この間、補助金額である「ガソリン価格(補助前)と基準価格との差」が上限を下回ってきたため、実際の影響はなかった。

*1:毎週、資源エネルギー庁が「補助金が無かった場合の翌週の価格」について予測し、補助金額の算定に使用。

*2:軽油や灯油など他の油種にもガソリン価格を基に算出したガソリン補助金と同額が支給されている。当稿では、ガソリンに焦点を置くため、他の油種に関する記述は割愛する。

2|ガソリン補助金の効果と価格の推移

このガソリン補助金の効果によって、ガソリン価格は大きく抑制されてきた。既述の通り、昨年年初以降、ロシアによるウクライナ侵攻の影響等もあって世界的に原油価格が大きく上昇したうえ、円安によって円建て原油価格が押し上げられたため、円建て原油価格に連動するガソリン価格は本来大きく上昇するはずであった。実際、資源エネルギー庁の推計による補助金支給前のガソリン価格は昨年年初以降急上昇し、同年春から秋にかけては1リットル200円を上回っていた。

しかし、補助金が大規模に投入されたことで、ガソリン価格は基準価格に近い水準まで押し下げられてきた。とりわけ、昨年秋から直近にかけては、基準価格である168円程度での安定した推移が続いている(図表2、図表3)

3|ガソリン補助金縮小・終了の内容と影響

ここで改めて今回公表された縮小方針の具体的な内容を確認すると、以下の通り、2階建ての構造となっている。

つまり、「ガソリン価格(補助前) と基準価格(168円)の差」について、①25円以下の部分については、2週ごとに補助率(5月までは100%)が10%分ずつ引き下げられるが、②ガソリン価格(補助前)が急騰して同差額が25円を超える場合に適用される補助率(5月までは50%)は2週ごとに5%分ずつ引き上げられる。

この変更の影響について、まず、今後(9月末まで)の円建て原油価格が横ばいで推移し、ガソリン価格(補助前)も横ばいで推移すると仮定して今後のガソリン価格(補助後)を試算した結果は【図表4】の通りとなる。

ガソリン価格(補助前)は不変だが、上記①の補助率が段階的に引き下げられることで、ガソリン価格(補助後)は2週間で1円強のペースで上昇し、次第に補助前の価格水準に近付いていくことになる。

次に、原油価格が上昇し、それに連動する形でガソリン価格(補助前)も上昇していく場合を想定すると、やや複雑になる(図表5)

今後、毎週、円建て原油価格が直近価格の1%分ずつ上昇していくと想定した場合(1%上昇シナリオ)には、期間を通じて「ガソリン価格(補助前) と基準価格(168円)の差」が25円を下回るため、上記①の補助率引き下げの影響も加わって、補助前価格を上回るペースで上昇し、補助前の価格水準に近付いていく。この結果、9月末段階の価格(補助後)は1リットル190円台に乗せる計算になる。

一方、今後、毎週、円建て原油価格が直近価格の2%分ずつ上昇していくと想定した場合(2%上昇シナリオ)には、当初は1%上昇シナリオを上回るペースで上昇していくが、8月には「ガソリン価格(補助前) と基準価格(168円)の差」が25円を突破して、上記②の補助率引き上げ分が適用され、価格上昇が抑制される。この結果、9月末段階の価格(補助後)は1リットル190円強と1%上昇シナリオと殆ど変わらなくなる。

また、原油価格が下落し、それに連動する形でガソリン価格(補助前)も下落していく場合もやや複雑になる(図表6)

今後、毎週、円建て原油価格が直近価格の1%分ずつ下落していくと想定した場合(1%下落シナリオ)には、期間を通じてガソリン価格(補助前) が基準価格(168円)を上回るため、上記①の補助率引き下げの影響がガソリン価格(補助前)下落の影響を上回り、ガソリン価格(補助後)は足元から緩やかに上昇、補助前の価格水準に近付いていく。この結果、9月末段階の価格(補助後)は1リットル170円強に留まる計算になる。

一方、今後、毎週、円建て原油価格が直近価格の2%分ずつ下落していくと想定した場合(2%下落シナリオ)には、当初はガソリン価格(補助前) が基準価格(168円)を上回るため、上記①の補助率引き下げの影響がガソリン価格(補助前)下落の影響を相殺し、ガソリン価格(補助後)は足元から横ばいで推移する。その後、ガソリン価格(補助前)が168円を下回ると、補助金の適用対象から外れるため、補助前の価格と一致する形で下落していく。この結果、9月末段階の価格は1リットル160円付近まで下がる形となる。

2―ガソリン価格大幅上昇の場合は政治的判断に

以上、原油価格の今後の展開別にいくつかのパターンについて補助後のガソリン価格を試算してみたが、今回の変更の最大のポイントは「ガソリン価格(補助後)に上昇余地が生まれた」ことである。5月までの枠組みには強力な価格押し下げ効果があり、原油価格が余程高騰しない限りはガソリン価格(補助後)も殆ど上昇しない構造となっていた。今後はメイン部分の補助率が引き下げられることで、ガソリン価格(補助後)の上昇圧力が高まっていくことになる。

ただし、公表資料には「上記の⾒直しに際しては、原油価格の動向を⾒極めながら柔軟に対応する」との但し書きが付記されている。政府としては原油価格が下落するか円高が進んでソフトランディングできることを期待していると考えられるが、仮にガソリン価格(補助後)が大きく上昇していく場合には、政治的判断によって抑制効果が高められたり、延長されたりする可能性もある。

実際、ガソリン価格上昇に対する家計(=有権者)の反発は強く、一昨年もガソリン価格上昇を受けて政権にその抑制策を求める声が強まったことが、ガソリン補助金導入を後押しした可能性が高い。

確かに、地方ではガソリン価格上昇による家計への影響が大きい。世帯当たりの一年間のガソリン支出について県庁所在地別に見ると、最大の山口市ではほぼ10万円と東京23区の5倍超に達する(図表7)。公共交通機関が乏しい地域では生活の足として自動車に頼らざるを得ないためだ。県庁所在地からさらに郊外に行けばなおさらだろう。外出をする以上、ガソリン消費を大幅に減らすことも難しい。グレードが多段階で設定されているわけではないため、グレードを落とすことで節約することもできない。

また、ガソリンは通常、数十リットル分をまとめて給油するため、一度の支出が数千円単位となることも負担感を感じる一つの要因になっていると考えられる。

地方は一票の格差を背景として、人口の割に政治家を送り込む力が強いこともあり、政権として無下にはできないという面もあるかもしれない。実際、ガソリン補助金を含む「燃料油価格激変緩和事業」には、これまで6.2兆円もの予算が投入されている。

ガソリンの負担軽減をどう考えるかは難しい問題だ。今回のようなガソリンへの補助金については、市場の価格メカニズムを歪め、化石燃料の消費を促し、再生可能エネルギーへの移行意欲を損ねるほか、補助金の小売価格への反映度合いが不透明など、様々な問題が指摘されている。多額の予算を要し、出口が難しいという問題もあるだろう。一方で、既述の通り、地方の家計にとってガソリン高の負担は重く、景気の重荷となるのも事実だ。企業でも運送業などの負担は格別に重くなる。従って、今後の負担軽減策を考える上では、今回の補助金制度の検証を通じて改めてメリット・デメリットを整理して、支給の有り方を検討する姿勢が求められる。

また、これに関連して、ガソリン税制にも課題があると考えられる。現在、ガソリン1リットル当たり、ガソリン税が53.8円かかっており、このうち旧暫定税率にあたる25.1円も特例税率に名を変えて長期にわたって実質的に維持されている。また、ガソリンには別途消費税(直近で15.3円)や石油石炭税(2.04円)、地球温暖化対策税(0.74円)といった様々な税金がかかっている。結果的に、嗜好品ではない生活必需品としては極めて高い税率になっている。家計・企業の負担感や政策目的を踏まえ、最適なガソリン税制の在り方を改めて検討する必要性が高まっているのではなかろうか。

(写真はイメージです/PIXTA)