大企業Z世代へのマーケティングに苦戦している。

 「若者のテレビ離れ」がささやかれるようになって久しく、4大マスメディア(新聞、雑誌、ラジオ、テレビ)を用いたマーケティング戦略はZ世代に通用せず、YouTubeやTikTokを中心としたネットコンテンツとSNSを介したアプローチでなければ届かない、というのが通説になりつつある。

【画像】TOYOTAのブースでは車内で『スト6』を体験できるようになっていた

 では、これから日本の大企業Z世代の価値観とどう向き合っていくのだろうか。

 そのヒントを探るべく、筆者は2023年5月に開催された、Z世代が集結するイベントである『DreamHack Japan 2023』の企業ブースを取材した。本稿では同イベントを通じて、各企業の「Z世代マーケティング」についての“現在地と課題”を整理していく。

■『DreamHack Japan 2023』とは

 『DreamHack Japan 2023』とは、2023年5月13日・14日の2日間にわたって幕張メッセにて開催された複合型イベントだ。

 『DreamHack』はもともとスウェーデン1994年にスタートしたイベントで、当初は「BYOC」(※)を中心としたLANパーティだった。世界的なeスポーツの盛り上がりとともにイベント内容はアップデートされ、現在では様々なエンターテインメントを取り込み、年間35万人以上の動員実績をもつ。

 ※BYOC……「Bring Your Own Computer」の略。PCやゲーム機を自分たちで会場に持ち寄り、1人1人が自由なスタイルでゲームに没頭する楽しみ方。

Z世代を意識した取り組み

 『DreamHack Japan 2023』の企業ブースでは、普段のゲームイベントでは見かけないような企業の姿があった。

 まずブース内で目を引いたのが、TOYOTAである。

 TOYOTAのブースには、「ハイエース」が搬入されており、ゲームイベントの会場のど真ん中に大きな車が1台が鎮座するという、明らかに“異様な空間”がつくりあげられていた。

 普段のゲームイベントでは見かけない光景に、多くの来場者が足を止める。

 TOYOTAは、このハイエースを単なる観賞用として用意したのではなかった。車内はLEDライトで彩られており、モニターとゲーム機、電源、Wi-Fiが完備された「ゲーミング空間」として改造されていた。用意されていたのは、発売前の最新ゲーム『ストリートファイター6』で、後部座席に座ってゲームを楽しめる。

 プレゼントキャンペーンも実施されており、車内でのゲーム体験をSNSでシェアした人には限定Tシャツを贈呈していた。

 TOYOTAブースにて担当者に話を聞いたところ、今回の施策の狙いについてこう話してくれた。

「車を買ってもらうプロモーションではなく、車をきっかけにして集まってもらえることや、車の中を楽しい場所だと思ってもらえるように出展しました」

 車を単なる移動手段としてプロモーションするのではなく、車内での体験そのものに価値を感じてもらいたいようだ。

 会場には物流業のグローバル企業、DHLの姿もあった。

 この日のためにゲームアプリを開発して、アプリストアに登録してきたとのこと。流石の大手企業、かなり気合が入っている。

 ブースには実際にゲームをプレイできる端末があったので、プレイしてみた。

 起動すると、操作方法に関する説明はなく、急にゲームが始まったが、なんとなくでも動かし方が分かる操作性になっていた。良い意味で既視感のある奥スクロールのゲームなので、スマホネイティブな世代であれば、直感的に理解できるだろう。画面内のトラックが物を運んでいるので、DHLのビジネスである物流がイメージされている。ゲーム中に出てくるオブジェクトは、DHLの荷物や飛行機、イメージキャラクターがデザインされており、細かいこだわりを感じた。

 なお、こちらのゲームは会場内の端末でもプレイできたが、自分のスマホにインストールしてプレイすることもできるとのこと。オンラインでスコアを競い合う機能が実装されているのは、ゲームを競技的にプレイする、eスポーツ的なニュアンスを取り入れているのだろう。

 優勝賞金は5000ユーロと聞いて、気合の入り方に驚いた。

 同様に、担当者に今回の取り組みの狙いを聞いてみた。

「私たちは物流会社で、今回のイベントに集まったゲーム好きのZ世代の皆さんにブランドを浸透させたいという思いがあります。『なんとなく見たことある』という理由でも良いので、数ある選択肢から私たちを選んでいただきたい」

 上記以外にも様々な思惑を聞くことができたので、後述する。

 全体的に企業ブースにおいては、商品やサービスのことを「見てもらう」だけではなく「触ってもらう」「遊んでもらう」意識が高まっているように感じられた。一方で、製品を陳列しているだけのブースもあり、ブースのクオリティには差があったようにも思う。

■企業はZ世代に何を求めているのか

 企業は、Z世代に何を伝えたいと考え、どのようなアクションを期待しているのだろうか。各企業の思惑は、主に下記の2つであると分析する。

(1)SNSで拡散をしてほしい

 全体として考えたとき、Z世代は消費者としてサービスや商品に大きな金額を使うわけではない。そんなZ世代に、企業がアプローチする理由は何だろうか。

 企業の狙いはZ世代自身ではなく、彼ら/彼女らが持つSNSの波及力だ。

 現在、Z世代の95%以上がSNSを利用しており(※1)、SNSを活用したバイラルな広告戦略は、企業にとって「広告費が掛からない魔法のマーケティング手段」だ。
(※1:参考:https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2211/01/news054.html)

 しかし、そうした思惑は「見抜かれやすい」という弱点も存在する。魅力的な体験を提供して、心の底から「良い」と感じた人がSNSに投稿、拡散してくれるのが理想ではあるが、それは相当な遊び心とセンスのあるブースでないと起こり得ないだろう。

 実情としては、プレゼントと引き換えに、Twitterでの感想投稿を促しているブースがほとんどだった。

(2)未来を担う人材として入社してほしい

 企業にとって、Z世代は潜在的な消費者であり、将来一緒に働くメンバー候補でもある。日本の15歳未満の人口の割合は下がり続けており、2022年時点で総人口の11.6%となった(※2)。 企業にとって、15歳未満は貴重な“未来の人材”であり、その人口が総人口の10%程度しかないことを考えると、将来的に人材の取り合いとなるのは避けられないだろう。

(※2参考:https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2022np/index.html)

 すでに採用活動は売り手市場になっており、ひとたび就活が始まってしまうと、就活生には多くの企業がアプローチをかける。買い手側の企業からすると、できるだけ早い段階で自分たちのブランドを認知させたいのだろう。

 今回のような(就活とは関係のない)イベントに出展して、就活に本腰を入れる前のZ世代にアプローチできるのは、採用面でも恩恵があると考えているようだ。

■企業ブースの取材を経て感じた課題

 しかし、こうした取り組みは「(Z世代に)刺さってはいたが貫けてはいない」。僭越ながら、筆者は全体的にそういった印象を受けた。実際、どの企業も多くのZ世代が来場することを想定していたのは感じたが、そのZ世代を意識したブース作りが徹底してできているかといえば、不十分にも思えた。

 たしかに「ゲーム好き」に寄せた取り組みはされていたが、コンテンツ過多の時代を生きるZ世代の感性を刺激するほどの“色気”は無かったように感じてしまうのだ。企業ブースの設備やスペースの都合上、仕方がないことではあるが「パッと見て、いまいち何をやっているのかが分からない」ように見えるブースが多いのは「もったいない」と感じた。

 たとえば、VRの体験ブースにおいても、室内ではすごいことが起きているのかもしれないが、外にはほとんどコンテンツが発信されていない。「体験した人にしかわからない」のは、VRの抱える永遠の課題だろう。しかし、YouTubeやTikTokでコンテンツのザッピングに慣れ親しんだ彼ら/彼女らを強烈に惹きつけるには、あともう一歩が足りないようにも思ってしまう。

 気合が入っていたTOYOTAブースも、外から見るだけでは「ただの車の展示会」に見えてしまう。

 実際、筆者も受付担当者の話を聞くまで「車内でゲームが遊べる」と気が付けなかった。それから遊べるタイトルに関しても、今回は注目作ということもあり『ストリートファイター6』を採用していたが、たとえばレースゲームが用意されていれば、「本物の車のなかでレースゲームを遊ぶ」という、より強烈な体験になったのではないかと感じた。

 Z世代はレコメンドネイティブな世代だ。彼らは生まれながらにして、YouTubeやTikTokなどを始めとした、レコメンド機能が強いプラットフォームでコンテンツを受け取っている。

 そこには「検索」というプロセスはなく、流れてきた情報に対して、どれだけの興味を持ったかで、次に提供されるコンテンツがアルゴリズムで自動決定されるため、どちらかといえば能動的な消費ではなく、受動的な消費といえる。

 Z世代の周囲には、刺激的なコンテンツが溢れており、その世代に対して、商品やサービスをアピールするのは容易ではない。ひとたび日常に戻ると、強烈なレコメンドの波に飲まれていく彼らに、リードナーチャリングを仕掛けていくには、第一印象で「刺さる」だけではなく「貫く」ぐらいのインパクトが必要だ。

■さいごに

 2023年5月に日本初上陸を果たした『DreamHack』。今後も定期的に開催されることが予想される本イベントに、Z世代との接点を求めて出展する企業は今後も多くいるだろう。各企業の取り組みの進化に期待したい。

(文・取材=小川翔太)

『DreamHack Japan 2023』