ウクライナ南部にあるダムが決壊し、下流域に甚大な被害が出ています。ただ、同じことは第2次大戦や朝鮮戦争でも行われました。それらで用いられたのは爆撃機。また前者では特殊な爆弾も開発のうえ使用されています。

過去には米英も実施 ダム破壊の功罪

2023年6月6日ウクライナ南部へルソン州のドニプロ川に設けられたカホフカ水力発電所ダムが決壊し、洪水が生じました。その結果、ウクライナ当局はダムの下流域に広がる約80か所の都市や集落がこの洪水の影響を受ける恐れがあり、数万人規模の住民を避難させなければならない可能性があると発表しています。

カホフカ水力発電所は、2022年2月のロシア侵攻以来、同軍が占拠していますが、決壊の原因について、ウクライナ側もロシア側も相手側が行ったと非難し合っています。前者は、ダムが内部から爆破されており、それが可能なのはロシア側だと表明。一方、後者は、ウクライナ側が多連装ロケットシステム「HIMARS(ハイマース)」などを撃ち込んで破壊したと主張しているようですが、まだ真相は判明していません。

ダムは、産業や国民生活に必要な発電や、工業用水や飲料水の供給、下流域の治水にも関わる重要な施設です。ゆえに戦争では、敵国のダムを破壊して電力や工業用水の供給を断ち、飲み水を不足させ、洪水を起こして国民の生活と生命を脅かすという、戦略的影響を及ぼすことができます。

そのため、このような作戦は古今東西で行われてきた経緯があり、近しいところでは第2次世界大戦朝鮮戦争においても実行されています。その実態は、どのようなものだったのでしょうか。

第2次世界大戦中にダム破壊を行ったのはイギリスです。同国空軍は当時、「ドイツ工業の心臓」とも称されるルール工業地帯への戦略爆撃を繰り返していました。理由は、同地が敵であるドイツの軍需生産における中心地であったからです。しかし重要地域ゆえにドイツ側も必死で防衛しており、イギリス側の損害は甚大でした。

そこで考えられたのが、ルール工業地帯に電力を供給している水力発電所のダムを破壊することでした。これに成功すれば、軍需工場への電力と工業用水を供給することを遮断できるほか、住民に対しては飲料水不足というダメージを与えることが可能で、さらに下流域へ洪水を引き起こすことができます。

4t爆弾が「水切り」の如くぴょんぴょんと

このプランを実現するため、イギリス空軍は巨大なドラム缶型爆弾「アップキープ」を開発しました。これは、反跳爆弾と呼ばれるもので、低空飛行する航空機から逆回転をつけた状態で投下すると、ちょうど石投げの「水切り」のように爆弾が水面を跳躍しながら進みます。やがてダムの胸壁にぶつかり、それに沿って水中に沈むと、一定の水深で水圧信管が作動して起爆。その爆発で生じた大きな水圧によって胸壁を崩す、特殊な爆弾でした。

強大な水圧を発生させるために、「アップキープ」は約4tもあったので、それを搭載する爆撃機には、イギリスが誇る大型の戦略爆撃機アブロ「ランカスター」が選ばれました。そして爆弾倉が改造され、「アップキープ」に逆回転を与える特殊な装置を装着。しかも、高度約18mという超低空で投下しなければならなかったため、この任務に向けて特別に編成された第617中隊は、4発エンジンの「ランカスター爆撃機を超低空で飛ばす訓練に明け暮れました。

攻撃目標には、ルール工業地帯のメーネダム、ゾルペダム、エーデルダムなどが選ばれ、今から約80年前の1943年5月17日、第617中隊は「チャスタイズ」と命名されたこの作戦に、特別改造の「ランカスターB.マークIII スペシャル」(タイプ464 臨時改造型)19機で出撃。見事ダムの破壊に成功しています。そのため、第617中隊は「ダムバスターズ」の愛称で呼ばれるようになりました。

この攻撃の結果、ダムは決壊。下流域約80kmにおよぶ地域に大水害が生じ、死者約1300名、操業が停止した軍需工場約125か所、流された橋25本、一時的に使えなくなった農地約3000ヘクタールという大損害をドイツに与えました。しかし、イギリス側も出撃した19機の「ランカスター爆撃機のうち8機が撃墜されています。

朝鮮戦争中には米海軍がダムを破壊

一方、約70年前の朝鮮戦争中にダムを破壊したのはアメリカ軍です。1951年5月1日、アメリカ空母「プリンストン」を発艦したVFA-195(第195海軍戦闘爆撃中隊)所属のAD「スカイレイダー」艦上爆撃機8機が、Mk.13航空魚雷を用いて韓国の華川ダムを攻撃しました。放った魚雷のうち7本が命中して6本が起爆、ダムの部分破壊に成功しています。

この戦果から、VFA-195は隊の愛称を従来の「タイガース」から、ダム破壊の「先輩」であるイギリス空軍第617中隊と同じ「ダムバスターズ」へと変更しました。

改めて、現代のカホフカ水力発電所ダムに視点を戻すと、今回の決壊はウクライナ軍とロシア軍のどちらをより利するのでしょうか。

ウクライナにとっては、洪水とその後の泥濘(でいねい)によって流域のロシア軍の行動を制限するなどの効果があるものの、自国民に対する人的物的、双方の被害が大きすぎます。加えて、なによりも反転攻勢における自軍部隊の機動に悪影響を及ぼしかねません。

一方、ロシアにとっては、洪水とその後の泥濘が南部におけるウクライナ軍の反転攻勢の抑制となるだけなく、その抑制効果により防御に配備すべき部隊をやや削減でき、それらの部隊を別の方面の戦線の防御に転用できるという、得るものの多い結果となる模様です。

とはいえ2023年6月8日現在、まだどちら側がダムを決壊させたのかは判明していません。一日も早い回復と復旧が待たれます。

第2次世界大戦中にイギリスで開発されたアブロ「ランカスター」爆撃機(画像:イギリス国防省)。