
近年、インターネット上での誹謗中傷が社会問題となっていますが、なかには、誹謗中傷を受けても加害者を訴えられないケースがあります。そのひとつが、誹謗中傷を受けたVTuberのケースです。なぜ訴えられないのでしょうか? 本記事では、Authense法律事務所の弁護士が、誹謗中傷に対する法律上の定義をもとに、加害者を損害賠償請求できるケースについて解説します。
「誹謗中傷」とは?
「誹謗中傷」は法律上の概念ではなく、法律上明確な定義があるわけではありません。一般的には、相手の悪口をいったり相手を罵ったりして、相手を傷付ける行為を意味するものとして使われているように思います。たとえば、次のものが誹謗中傷に当たると考えられます。
・「ばか」「ぶす」「キモい」「消えろ」「死ね」などの暴言を吐く行為・「不倫している」「前科がある」「整形している」などといいふらす行為
なお、これらがすべて犯罪行為や損害賠償請求の対象にあたるというわけではありません。誹謗中傷が犯罪行為や損害賠償請求の対象となるかどうかは、法律の要件に従って個別的に判断されます。
なぜインターネット上では誹謗中傷が多いのか?
インターネット上では、誹謗中傷が飛び交っています。では、なぜインターネット上でこれほどまでに誹謗中傷が多いのでしょうか? 考えられる主な原因は次のとおりです。
匿名であるとの思い込み
多くのSNSやいわゆる匿名掲示板などは、匿名で利用することが可能です。そのため、自分が誰であるのかわからないという安心感から、誹謗中傷を行ってしまう人もいるようです。自分が誰であるのかが相手にわからなければ、ペナルティを受けるおそれがないためでしょう。なかには、特に相手に対して強い主張があるわけではなく、その相手とは関係がない日々のストレスのはけ口として誹謗中傷をする人さえ存在するようです。
しかし、後ほど解説するように、誹謗中傷などの投稿について被害者側が発信者情報開示請求を行えば、投稿者の身元特定は可能です。
顔が見えないことによるエスカレート
インターネット上では、相手と対面しているわけではありません。そのため、相手の反応が見えづらいことでエスカレートしてしまい、相手と対面していては到底いえないような内容を投稿する場合もあるでしょう。インターネットを介していても、相手は生身の人間であることを忘れてはなりません。
有名人などへも簡単に意見がいえる環境
有名人や芸能人は、多くの人が知る存在です。しかし、多くの人の目に触れるからこそすべての人に好かれることは困難であり、いわゆる「アンチ」が生じること自体は避けようがないことかもしれません。ですが、従来有名人や芸能人は手の届かない存在であり、簡単に話しかけることなど困難でした。
しかし、インターネット上では、誰もが知る有名人や芸能人に直接言葉を投げかけることが可能です。また、自分を相手に認識してほしいとの思いから、相手にひどい言葉を投げかけるなど、誤ったアピールをしてしまう人もいるようです。このような環境も、誹謗中傷が増えてしまった原因の1つであるといえるでしょう。
誹謗中傷への法的な対応方法

誹謗中傷の被害に遭った場合、どのような法的対応をとることができるのでしょうか? 考えられる主な対応は、次のとおりです。
書き込みの削除請求をする
1つ目の対応は、書き込みの削除請求をすることです。多くのSNSでは、方法はそれぞれですが、書き込みの削除請求を受け付けており、ひどい暴言や脅迫的な内容であれば、削除請求に応じてもらえる可能性があります。
ただし、安易に削除請求をすることはおすすめできません。なぜなら、投稿が削除されてしまえば、適切に証拠保全を行っていなければ、損害賠償請求や刑事告訴などの法的措置をとることが困難となってしまうためです。
発信者情報開示請求をする
2つ目の対応としては、発信者情報開示請求が考えられます。 発信者情報開示請求とは、SNS運営企業等やプロバイダに対して、投稿や誹謗中傷をした相手の情報開示を請求することです。
発信者情報開示請求は、これ自体を目的として行うものというよりも、次に解説する損害賠償請求や刑事告訴の事前準備として行うことが多いでしょう。 なぜなら、投稿者が誰であるのかわからなければ、損害賠償請求や刑事告訴をすることは困難である場合が多いためです。
発信者情報開示請求では、大枠としては、SNSや掲示板の運営企業等に対して行い、投稿にかかるIPアドレスとタイムスタンプなどの開示を受けます。その後、開示されたIPアドレスなどの情報をもとにプロバイダへの開示請求を行います。ここでようやく投稿者(プロバイダ契約者)の氏名や住所が判明することが一般的です。
なお、発信者情報開示請求は任意で行ったとしても、応じてもらえる可能性は低いです。そのため、裁判所の手続きを利用することがほとんどです。
損害賠償請求をする
3つ目の対応策としては、損害賠償請求が挙げられます。先ほど紹介した発信者情報開示請求を行ったうえで損害賠償請求をするパターンが、誹謗中傷へのもっとも一般的な対応方法であるといえるでしょう。
損害賠償請求とは、誹謗中傷によって受けた損害に対して、金銭の支払いを請求することです。 損害賠償請求はあくまでも民事上の請求であり、相手が刑事責任を問われるわけでもなければ、損害賠償の請求自体に警察が関係することもありません。 弁護士から内容証明郵便を送るなどして請求することで、任意で支払いに応じる場合もありますが、任意に支払わない場合には裁判上で請求することとなります。
誹謗中傷について裁判となった場合に認められる損害賠償額は、状況によってまちまちです。目安としては、被害者が個人である場合には、数万円から50万円程度となることが多いでしょう。 被害者が事業者などであり事業上の損害が出た場合には、さらに高額の賠償が認められる可能性もないわけではありません。
刑事告訴をする
4つ目の対応策としては、誹謗中傷した相手を刑事告訴することが挙げられます。 刑事告訴とは、加害者を処罰するよう警察や検察に訴えることをいいます。後ほど解説するように、名誉毀損は刑法上の侮辱罪や名誉毀損罪などにあたる場合があります。
これらの罪は、被害者側から告訴しないことには、警察などが独自に調査して処罰することのできない「親告罪」です。そのため、相手に刑法上の責任を問うためには、被害者側から刑事告訴をしなければなりません。ただし、告訴をしたからといって、警察がすぐに受理してくれるわけではなく、また、受理されたとしても必ずしも相手を逮捕したり、起訴するというわけではありません。
「刑法上」の誹謗中傷の定義

刑法上、誹謗中傷に該当し得る罪にはどのようなものがあるのでしょうか?
「誹謗中傷」は法律概念ではない
まず、「誹謗中傷」は法律上の概念ではありません。つまり、「誹謗中傷をした者はOOの刑に処する」などと、刑法に書かれているわけではないということです。誹謗中傷が刑法上の罪に該当するかどうかは、その誹謗中傷の内容によって異なります。誹謗中傷が該当する可能性のある刑法上の主な罪は次のとおりです。
誹謗中傷が名誉棄損罪に該当するケース
名誉毀損罪とは、公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した場合に該当する罪です(230条)。つまり、公衆の面前やほかの人が見ることのできるX(旧Twitter)やYouTubeなどのコメント欄で、事実を摘示して相手の名誉を毀損する発言をした場合などには、これに該当する可能性があります。
相手の名誉を毀損する発言とは、たとえば「A氏は部下と上司と不倫をしたから昇格できたのだ」ということや、「A氏は会社の金を横領して贅沢三昧をしている」という内容が該当する可能性があります。
なお、ここでいう「事実」とは、「真実」ということではありません。 つまり、ほかの人が本当のことであると信じてしまいかねないような内容であれば、A氏が実際には不倫や横領をしていなかったとしても、上の発言は名誉毀損になり得るということです。
誹謗中傷が侮辱罪に該当するケース
侮辱罪とは、事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した場合に該当する罪です(231条)。たとえば、公衆の面前やほかの人が見ることのできるX(旧Twitter)やYouTubeなどのコメント欄で「A氏は見苦しいから消えてほしい」、「A氏は存在が不愉快だから死んでほしい」などと相手を侮辱する発言をした場合などには、これに該当する可能性があります。
なお、こちらは名誉毀損罪とは異なり、「事実の摘示」は要件とされていません。 そのため、例で挙げたような表現のみであったとしても、侮辱罪に該当する可能性があります。
「民事上」の誹謗中傷の定義

民事上も、誹謗中傷は何かの要件となっているわけではありません。たとえば、民法などに、「誹謗中傷をしたら損害賠償請求ができる」などと書かれているわけではないということです。では、誹謗中傷に対して損害賠償請求できるかどうかの判断基準は、どのようになっているのでしょうか? 基本的な考え方は次のとおりです。
誹謗中傷で損害賠償請求ができるケース
誹謗中傷に対して損害賠償請求ができるケースには、主に次の2つが存在します。なお、「名誉感情」の侵害は民事に特有の考え方であり、刑事上の罪に問える場合よりも少し幅広くなっています。
1.「名誉権」が侵害された場合
「名誉権」とは、名誉を侵害されない権利です。これを侵害されたと判断される場合には、損害賠償請求が認められる可能性が高いでしょう。たとえば、「この人は覚醒剤をやっている」などという書き込みは、相手の社会的評価を下げるものであり、損害賠償請求の対象となる可能性があるでしょう。
2.「名誉感情」が侵害された場合
「名誉感情」とは、本人が自分自身に感じている価値や自尊心(プライド)のことです。 こちらは、その人の社会的評価が下がったかどうかということは関係がなく、被害者自身がどう感じたのかという点が問題となります。
たとえば、VTuberを誹謗中傷しても、いわゆる「中の人」が知られていないのであれば、「中の人」の社会的評価は低下しません。そのため、「名誉権」の侵害にはあたらない可能性が高いでしょう。しかし、名誉感情が侵害された以上、たとえ社会的評価が低下しなかったとしても、損害賠償請求が認められる可能性があります。
損害賠償請求の可否は「公益性」との兼ね合いで判断される
相手の社会的評価が低下したからといって、すべての場合において損害賠償請求が認められるわけではありません。なぜなら、発言者の側にも「表現の自由」が認められているためです。 この「表現の自由」と相手の名誉権などとのバランスによって、損害賠償請求が認められるかどうかが判断されます。
具体的には、公共性、公益性、真実性という3つの要件を満たすような場合等においては、違法性がないと考えられ損害賠償請求が認められないということになります。なお、これについては刑事事件においても同様です。 詳しくは弁護士にご相談ください。
誹謗中傷へ対応する際の注意点

誹謗中傷を受けた場合、対応する際には次の点に注意しましょう。
早期に対応する
誹謗中傷への対応は、できるだけ早期に行いましょう。なぜなら、SNS運営企業等やプロバイダでのログ保存期間が過ぎてしまうと、損害賠償請求などの前提となる開示請求が困難となってしまうためです。ログの保存期間は各社で異なりますが、おおむね3ヵ月から6ヵ月程度であるといわれています。また、ログの保存期間内であったとしても、相手が投稿を削除してしまう可能性もあります。
削除請求は慎重に行う
先ほども解説したように、焦って投稿の削除請求をすることはおすすめできません。投稿が削除されてしまうと、適切に証拠保全がなされていないと、開示請求などが困難となってしまうためです。投稿の削除請求は弁護士へ相談したうえで、慎重に行ってください。
無理に自分で対応しようとしない
誹謗中傷への対応を、無理に自分のみで行うことはおすすめできません。 相手へ直接言い返してしまうと、誹謗中傷がエスカレートする可能性がある他、言い返した内容によっては損害賠償請求などにおいて不利となる可能性もあるためです。 また、誹謗中傷への対応は、時間との勝負であるといっても過言ではありません。そのため、できるだけ早期に弁護士へ相談することをおすすめします。
まとめ
誹謗中傷とは、法律用語ではありません。しかし、誹謗中傷が名誉棄損罪など刑法上の罪に該当する場合には相手を刑罰に処せる可能性があります。 また、誹謗中傷が名誉権の侵害や名誉感情の侵害にあたる場合には、損害賠償請求が認められる可能性が高いでしょう。
Authense 法律事務所

コメント