いよいよ6月11日(日本時間6月12日)に開催される米演劇・ミュージカル界の最高峰、第76回トニー賞受賞式。「ミュージカル部門」「演劇部門」「ミュージカル・演劇共通部門」の26部門のうち、ぴあアプリでは『お熱いのがお好き』が今年最多の13ノミネート、『&ジュリエット』『ニューヨークニューヨーク』『シャックト』が9ノミネートで肩を並べるなど話題が集まる「ミュージカル部門」に注目。当アプリの「水先案内人」としてもお馴染み、WOWOW『はじめてのトニー賞』(2022)にもコメンテーターとして出演したミュージカル文筆家・町田麻子さんに、賞の行方について独自の視点から予想と希望を綴っていただきました。

堅いのはやはり『お熱いのがお好き』 個人的希望は『&ジュリエット』

ブロードウェイにはトニー賞の“前哨戦”と目される演劇賞がいくつかあり、その結果を見る限り、今年のミュージカル部門は『お熱いのがお好き』がめっぽう強い。言わずと知れたマリリン・モンロー主演映画の、名匠ケイシー・ニコロウ(『アラジン』『ブック・オブ・モルモン』)演出・振付、『ヘアスプレー』コンビ(マーク・シャイマンとスコット・ウィットマン)の音楽による舞台化で、ほとんどの前哨戦を制しているほか、当のトニー賞でも今年最多の13ノミネートを受けている。そのうち何賞かは、ホリプロが出資している抱腹絶倒のとうもろこしコメディ『シャックト』にも行くだろうが、『お熱い~』の新作作品賞は堅いと言っていいだろう。

前哨戦に基づくこの予想を覆して作品賞を獲る可能性があるとしたら、オフ・ブロードウェイでの高評価を引っ提げてオンに進出した『キンバリー・アキンボ』。今年の前哨戦で名前が挙がっていないのは、オン作品のみを対象とするトニー賞と違ってオン・オフを問わない各賞では、オフでの上演時に既に受賞済であるからに過ぎず、『お熱い~』との直接対決はトニー賞が初めてなのだ。小ぢんまりとした佳作ゆえ、大作『お熱い~』がやはり強そうな気はするが、個人的にはぜひ日本で上演されてほしいので、番狂わせで話題をさらって弾みをつけてほしいところ。少なくとも主演女優賞は、早老症の女子高生を見事に演じたベテラン女優、ヴィクトリア・クラークにぜひ獲ってほしい。

ヴィクトリア・クラーク 写真:REX/アフロ

ただ「個人的に」で言ったら、じつは最も応援しているのは『&ジュリエット』。ブロードウェイでは観ていないのだが、2019年にロンドンで観た際、その展開のあまりの面白さに文字通り口をあんぐりと開けた状態で幕間を迎え、クライマックス・ナンバーではセットと照明と音楽と振付のあまりの融合ぶりに爆上がりした記憶がある。トニー賞は“現在、此処(ニューヨーク)で上演される意義”が問われる賞でもあるため、コロナ前のロンドンで生まれた本作の勝機が少ないのは承知の上で、脚本賞と振付賞、なんなら作品賞も獲ってほしいのが本音。まあ何を隠そう、今年は大本命の『お熱い~』を観られていないため、観ていたら個人的にも『お熱い~』を推している可能性は十分にあるのだが。

『パレード』より、ベン・プラット(右) (C)Getty Images

さらっと白状したついでに言うと、リバイバル作品賞に関しては、前哨戦から三つ巴が予想される3作のうち『スウィーニー・トッド』も『イントゥ・ザ・ウッズ』も観られていない。だがここで『パレード』を推す理由は、単に「唯一観られた作品だから」というだけでなく、昨年の今頃は日本で『ガイズ&ドールズ』を手掛けていたマイケル・アーデンの演出と、主人公レオ役のベン・プラットの演技が実際に衝撃的だったから。以下ネタバレになるのでこれから観劇予定のある方には次の段落まで読み飛ばしていただきたいのだが、なんとベン・プラット、15分の休憩時間中ずっと板付きなのである。冤罪で収監されたレオの精神状態のまま、衆人環視のもと舞台上に居続ける姿には、自身も役と同じユダヤ系の俳優としての凄まじい覚悟を感じた。主演男優賞は激戦の様相だが、個人的にはぜひ彼に。

スウィーニー・トッド』 (C)Matthew Murphy and Evan Zimmerman

そんなわけで、今年はノミネートを6以上受けた8作品のうち半分しか観られていないなかでの心許ない予想&希望となったが、観ていないということは、受賞後に観られる可能性があるということ。ブロードウェイ作品はじつは、トニー賞の行方を占いながら観るのも楽しいが、受賞直後の最も盛り上がっている時に観るのはもっと楽しい。次なる訪問に思いを馳せながら、今年の結果を見守るとしよう。

文:町田麻子

第76回トニー賞「ミュージカル部門」ノミネーション一覧

ミュージカル作品賞 ■『&ジュリエット』 ■『キンバリー・アキンボ』 ■『ニューヨークニューヨーク』 ■『シャックト』 ■『お熱いのがお好き』

ミュージカル・リバイバル作品賞 ■『イントゥ・ザ・ウッズ』 ■『キャメロット』 ■『パレード』 ■『スウィーニー・トッド

ミュージカル主演男優賞クリスチャン・ボール(『お熱いのがお好き』) ■J.ハリソン・ジー(『お熱いのがお好き』) ■ジョシュ・グローバン(『スウィーニー・トッド』) ■ブライアン・ダーシー・ジェームズ(『イントゥ・ザ・ウッズ』) ■ベン・プラット(『パレード』) ■コルトン・ライアン(『ニューヨークニューヨーク』)

ミュージカル主演女優賞 ■アナリー・アシュフォード(『スウィーニー・トッド』) ■サラ・バレリス(『イントゥ・ザ・ウッズ』) ■ヴィクトリア・クラーク(『キンバリー・アキンボ』) ■ローナ・コートニー(『&ジュリエット』) ■ミカエラ・ダイアモンド(『パレード』)

ミュージカル助演男優賞 ■ケヴィン・デル・アギーラ(『お熱いのがお好き』) ■ケヴィン・カフーン(『シャックト』) ■ジャスティン・クーリー(『キンバリー・アキンボ』) ■ジョーダン・ドニカ(『キャメロット』) ■アレックス・ニューウェル(『シャックト』)

ミュージカル助演女優賞ジュリアレスター(『イントゥ・ザ・ウッズ』) ■ルーシー・アン・マイルズ(『スウィーニー・トッド』) ■ボニー・ミリガン(『キンバリー・アキンボ』) ■ナターシャ・イヴェット・ウィリアムズ(『お熱いのがお好き』) ■ベッツィ・ウルフ(『&ジュリエット』)

ミュージカル演出賞マイケル・アーデン(『パレード』) ■リア・ディブソネ(イントゥ・ザ・ウッズ) ■ケイシー・ニコロウ(『お熱いのがお好き』) ■ジャックオブライエン(『シャックト』) ■ジェシカ・ストーン(『キンバリー・アキンボ』)

ミュージカル脚本賞デヴィッドウエスト・リード(『&ジュリエット』) ■デヴィッド・リンゼイ=アベアー(『キンバリー・アキンボ』) ■デヴィッドトンプソンシャロンワシントン(『ニューヨークニューヨーク』) ■ロバートホーン(『シャックト』) ■マシューロペス & アンバー・ラフィン(『お熱いのがお好き』)

ミュージカル装置デザイン賞ベオウルフ・ボリット(『ニューヨークニューヨーク』) ■ミミ・リエン(『スウィーニー・トッド』) ■スコット・パスク(『シャックト』『お熱いのがお好き』) ■マイケル・イヤーガン & 59プロダクションズ(『キャメロット』)

ミュージカル衣装デザイン賞グレッグバーンズ(『お熱いのがお好き』) ■クリント・ラモスソフィア・チョイ(『KPOP』) ■スーザン・ヒルファーティ(『パレード』) ■ジェニファー・モーラー(『キャメロット』) ■パロマ・ヤング(『&ジュリエット』) ■ドナ・ザコウスカ(『ニューヨークニューヨーク』)

ミュージカル照明デザイン賞 ■ケン・ビリントン(『ニューヨークニューヨーク』) ■ラップ・チー・チュー(『キャメロット』) ■ヘザー・ギルバート(『パレード』) ■ハワード・ハドソン(『&ジュリエット』) ■ナターシャ・カッツ(『お熱いのがお好き』『スウィーニー・トッド』)

ミュージカル音響デザイン賞 ■カイ・ハラダ(『ニューヨークニューヨーク』) ■スコット・レーラー & アレックスニューマン(『イントゥ・ザ・ウッズ』) ■ギャレス・オーウェン(『&ジュリエット』) ■ジョン・シヴァース(『シャックト』) ■ネヴィン・スタインバーグ(『スウィーニー・トッド』)

<番組情報>
生中継!第76回トニー賞授賞式

6月12日(月) 8:00(※日本時間)放送・配信(同時通訳)[WOWOWプライム][WOWOWオンデマンド]
字幕版は6月17日(土) 21:00放送・配信 [WOWOWライブ][WOWOWオンデマンド]
放送終了WOWOWオンデマンドでアーカイブ配信あり
配信期間:生中継版6月17日(土) 20:59まで/字幕版7月2日(日) 23:59まで

ナビゲーター:井上芳雄、宮澤エマ
ゲスト:市村正親、平方元基、三浦宏規

詳細はこちら:
https://www.wowow.co.jp/stage/tony/

『お熱いのがお好き』より