俳優やアーティストの過去の不適切な言動を“発掘”して徹底的に攻撃。さらにはその人が関わった作品すべてを、世の中から葬り去ってしまう──。ますます苛烈化する「キャンセルカルチャー」に、私たちはどう対応すればいいのか。「日本で顕在化していくさまざまなリスクに対する防衛術」をひろゆき西村博之)氏が提示した『日本人でいるリスク』(マガジンハウス)から、一部を抜粋・再編集してお届けする。(JBpress)

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すでに謝罪しているのに「キャンセル」

 欧米では、「キャンセルカルチャー」が猛威を振るっています。

 キャンセルカルチャーとは、ある地位を得ている人に対し、過去の不適切な行動や発言を取り上げて、その地位を辞任(キャンセル)させるというものです。

 たとえば、過去の問題であるにもかかわらず、SNSでの発言が「人種差別的」だと指摘された有名な大学教授が、学会からの除名を求められるというようなことがアメリカで頻発しています。

 また、当時すでに謝罪しているのに、キャンセルが避けられないケースもあります。

ティーンヴォーグ』という人気雑誌の編集長に就任するはずだった黒人女性は、10年も前の学生時代にアジア人差別のツイートをしました。そのことについて、後に彼女は謝罪しているのですが、編集長になることはキャンセルされました。

 出版社としては、すでに謝罪していることを把握しながらも、広告が取れなくなることを恐れたようです。

 もちろん、差別的な発言や行動は批判されて当然ですが、それが行き過ぎると失うものも多くなります。今、どれほど重要な研究を行っている人であっても、すばらしい実績を残している人であっても、過去の過ちによって活躍の場を奪われます。それは、本人にとってのみでなく、多くの国民にとっても損失でしょう。

日本でも始まっている

 キャンセルカルチャーは、日本でも盛んに起きています。

 東京オリンピックの開会式では、過去の問題行動を指摘されたことをきっかけとして、ミュージシャン、演出担当者、出演者・・・とドミノ倒しのように次々と辞任に追い込まれました。

 そこで指摘された問題行動は、いじめ、ホロコーストをギャグにしたこと、障害者を揶揄したことなどで、いずれも看過できる内容ではありません。しかし、ずいぶん過去のことで、かつ、本人がどれほど後悔していても昔に返ってやり直すことはできません。

 このようなキャンセルカルチャーが台頭する理由は、リベラリズムにあります。

「黒人差別も女性差別も、そのほかあらゆる差別は許されない」という理論は絶対に正しい。これが、日本も含めた西側諸国に共有される概念です。そして、この「絶対」があるために、差別的な行動や発言をした者は、それが過去のものであっても許されずに弾劾されてしまうのです。

個人として言うべきこと、やっておくこと

 さらに困ったことに、日本では、誰か一人の問題行動が明らかになると、その人が関わったものまでがキャンセルされてしまうというケースが後を絶ちません。

 たとえば、すでに映画の撮影は終わっているのに、出演者の一人が大麻で逮捕されたためにお蔵入りになってしまったことがありました。

 そこには、たくさんの人たちが関わっており、多くの時間もお金も費やされています。また、楽しみに待っていた人たちもいます。そうしたもろもろを台無しにしてまで、すべてをキャンセルする必要があるのでしょうか。

 しかも、日本の場合、日本人に対しては徹底的に攻撃するのに、外国人に対しては甘いのです。先の映画はお蔵入りになったのに、薬物で何回も逮捕されているロバートダウニージュニアが出ている作品が、映画館で上映されているのはなぜなのでしょう。

 キャンセルカルチャーが苛烈化する背景には、世論があります。

 前述した『ティーンヴォーグ』の件のように、「世論が怖い→広告主が恐れる→出版社が恐れる」というような流れができてしまうと、価値あるものでも救済されなくなるので、まずは世論から変えないといけないと僕は思っています。

 クレーマーと同じで、文句を言う人は少数だけれど声が大きいのです。だから、声が大きい少数派よりも、おとなしい多数派の意向がすくい上げられる社会にならないと、キャンセルカルチャーはますます強まっていくでしょう。

 僕たちが大事にしたいのは、「そこまでしなくていいんじゃない?」と言う勇気。言ってみると、おとなしかった多数派は「そうだよね」となっていくかもしれません。

 一方で、好きなコンテンツはしっかり手元に残しておくことをすすめます。

 なにしろ、キャンセルカルチャーによって、いつ、急に配信停止になったり、世の中からすっかり消えてしまうかわからないのですから。

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写真はイメージです(出所:Pixabay)