全米脚本家組合(WGA)と全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)との間の交渉が難航し、現地時間5月2日より脚本家ストライキが行われている。ストリーミングサービスが出現したことによって映像業界のルールが様変わりしたことを受け、脚本家たちは労働環境向上や報酬の上昇を訴えている。だが、その1週間前、4月にラスベガスで行われていたシネマコンでは、一部のストリーミングサービスが映画興行を救う救世主のような扱いを受けていたことも事実である。

【写真を見る】ディカプリオとスコセッシ監督のタッグは、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』以来10年ぶり!

今年3月、パラマウント・ピクチャーズは、マーティン・スコセッシ監督のAppleオリジナル映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の世界配給を発表。日本では10月6日(金)より劇場で公開される。北米では10月8日に一部都市で限定公開、その後Apple TV+で配信される前の10月20日に全米拡大公開するとしている。デイヴィッド・グランの「花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生」を原作に、石油利権による殺人事件の謎を追う物語で、スコセッシ組とも言えるロバート・デ・ニーロレオナルド・ディカプリオが初共演し、ディカプリオは製作も務めている。現在開幕中の第76回カンヌ国際映画祭でワールドプレミアが行われた。

シネマコンのステージに立ったパラマウントの会長兼CEOのブライアンロビンス氏は、スコセッシ監督を呼び込む際に「Appleオリジナル映画であるマーティン・スコセッシ監督の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』を、映画館で独占的に上映できることを誇りに思います。マーティン・スコセッシほど映画に対して情熱を持ち、芸術に対し献身的で、才能にあふれ、尊敬と賞賛を得ている映画監督はいません。彼は特別な映画監督であるだけでなく、世界中で映画フィルム修復保存のための行動も起こしています」と述べた。

さらに、レオナルド・ディカプリオとスコセッシ監督が通算6本目のタッグを組むことに言及し、「マーティとレオの組み合わせは、クリエイティブな輝きと、興行の魔法を生みます。彼らの過去5作の共作では、全世界で13億ドル(約1749億円)以上のチケット売上を達成し、アカデミー賞に31部門でノミネートされ、作品賞と監督賞を含む9部門を受賞しています」と、今作がパラマウント・ピクチャーズの賞レースイチ推し作品であることを匂わせた。

会長の隣に立つスコセッシ監督は、「シネマコンの会場で、NATO(全米劇場所有者協会)のみなさんと共に予告編の初披露に立ち会うことができ、とても嬉しく思います」と挨拶し、こう続けた。「レオナルド・ディカプリオとは6作目、ロバート・デ・ニーロとは10作目になりますが、二人が一緒に出演するのは初めてです。映画の舞台となるオクラホマのオセージ族の皆さんにも感謝を。彼らはこの物語をスクリーンに映し出すために緊密に連携し、たゆまぬ努力を続けてくれました。そして、(Apple社で共に国際ビデオ部門のトップを務める)ザック・ヴァン・アンバーグとジェイミー・アーリック、そしてAppleオリジナル映画部門に所属するチーム全員に感謝いたします。彼らは本当に驚異的な協力体制を敷いてくれました。映画に対する真の信奉者である彼らがいなければ、私たちは今日ここにいなかったでしょうし、この映画が作られることもなかったでしょう。彼らは私たちを信じてくれました。本当に感謝しています」。パラマウント・ピクチャーズ、そしてマーティン・スコセッシがここまで言うくらい、誰にとっても気合の入った劇場独占配給なのだ。

同じように、ソニー・ピクチャーズはAppleオリジナル映画の『Napoleon』を劇場で独占公開する。シネマコン初日に登壇したソニー・ピクチャーズ映画グループ社長のジョシュ・グリーンスタイン氏は、ハリウッド5大スタジオの中で唯一、ストリーミングサービスを系列企業に持っていないことを強調。「ちょうど2年前、パンデミックの渦中には、劇場公開映画の終焉が囁かれ、誰もがストリーミングこそが未来だと宣言していました。しかし、私たちソニー・ピクチャーズは、そのような状況下でも劇場と手を組み、決して揺らぐことのない協力体制を示しました。当時、劇場公開期間を短縮する実験をしたほかのスタジオは、いまになって方針を転換し、劇場公開の価値を実感しています。一部のストリーミングサービスは、一部作品を劇場で独占上映するようになりました。ああ、時代は変わったんだなあ、と思います」と挨拶し、会場を埋めた劇場主やメディアの喝采を浴びた。

そして、グリーンスタイン氏はプレゼンテーションの大トリを、リドリー・スコット監督、ホアキン・フェニックス主演の歴史大作『Napoleon』の紹介で締めた。「ソニーにとって、そして特に劇場主のみなさまにとって、非常に重要なことなので最後にお伝えいたします。エディ・キュー(Apple サービス担当副社長)と、私の古い友人であるザック・ヴァン・アンバーグ、ジェイミー・アーリックの聡明な指導のもと、Appleオリジナル映画は、複数のトップ映画監督やスターを起用して、非常に輝かしいラインナップを揃えています。私は、ザックジェイミーが作ってきたすばらしい映画の数々に、実はかなり嫉妬していました。『Napoleon』は、Apple TV+に移行する前に、強力な劇場配給体制と完璧なマーケティングキャンペーンを用いて、11月末に世界的に劇場配給する予定です。私たちは、みなさまがこの映画を最大限にサポートしてくださると信じています。なぜなら、今作の重要性は明らかだからです」。アンバーグとアーリックの二人は、以前ソニー・ピクチャーズでグリーンスタイン氏のもとで映画を作ってきた仲間だった。Apple TV+立ち上げの際に移籍し、2021年のサンダンス映画祭で配給・配信権を獲得した『コーダ あいのうた』でアカデミー賞作品賞を受賞している。

Amazonプライム・ビデオも、Apple TV+と似たような劇場配給戦略を取り始めた。Amazonが2022年にMGMを買収したことにより、同社作品を米国内ではユナイテッドアーティスツ、海外市場はワーナー・ブラザースが劇場配給を行う契約を交わしている。今年4月には、ベン・アフレックマット・デイモンの新製作会社アーティスツ・エクイティによるNike エア誕生物語『AIR/エア』の独占劇場配給を行った。シネマコンにおいてワーナー・ブラザースのプレゼンテーションでも、「MGM作品の海外配給を担当できることを大変誇りに思っています。この契約のもと、私たちは最近、『クリード 過去の逆襲』の配給を行い、国内興行収入で約1億1500万ドル(約155億円)、全世界で2億7000万ドル(約363億円)以上を計上し、現在も興行成績は積み上がっています。さらに、Amazon プライム・ビデオの『AIR』の全世界配給を行い、作品は大絶賛を受けています。今作は現在も公開中であり(4月25日当時)、非常に長い成功が期待されています」と、国内劇場配給担当社長のジェフ・ゴールドスタイン氏が述べている。『AIR/エア』の現在までの興行収入は、全世界で8526万ドル(約115億円)となっている。なお、劇場公開時にはAmazonプライム・ビデオでの配信日は明かされていなかったが、5月12日より配信が開始されている。

ストリーミング企業とスタジオの提携は、目玉作品をサービス加入の動機付けに使うのではなく、映画を「餅は餅屋」のやり方で宣伝・マーケティングを行い劇場でのヒットに導き、副次的にストリーミング加入者を増やすという算段だと言われている。ストリーミングは映画の未来なのか?2010年代以降ずっと問われてきた問題にある種の答えが出たのが、各ストリーミング企業の2022年の契約者数減、株価暴落だった。一方で、製作費の高騰や生活習慣の変化で、映画スタジオは以前のような製作配給体制では立ち行かなくなっていた。ストリーミングの製作費を武器にすれば、劇場配給だけでは損益分岐点に達しないアート系映画も公開することができる。双方の目的と利点が合致した劇場配給提携なのだと言えそうだ。Appleとパラマウントソニー・ピクチャーズ、そしてAmazon プライム・ビデオワーナー・ブラザースによる劇場配給提携は、ストリーミングと劇場興行の双方を救うことができるだろうか。

文/平井伊都子

ロバート・デ・ニーロとレオナルド・ディカプリオの初共演作など、注目作が控えるAppleオリジナル作品/[c]EVERETT/AFLO