トランプ指名の女性裁判長は短命か

 ドナルド・トランプ氏(76)は「史上初の大統領経験者」といくつもの「初」がつく御仁である。

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 下院では2度も弾劾され、与党・共和党が多数派を占める上院で辛くも2度否決された初の大統領経験者。

 ニューヨーク州地裁でポルノ女優との不倫もみ消し工作に絡む選挙法違反で有罪判決を受けた大統領経験者。

 セクハラ裁判で500万ドルの罰金を支払って示談に持ち込んだ初の大統領経験者(そのほか2件の案件での起訴が待ち構えている)。

 そして国家の三権の一つ、司法府の連邦裁判所にスパイ防止法違反容疑で裁かれる「史上初の大統領経験者」になったのだ。

 その公判が6月13日フロリダ州マイアミの南フロリダ地区連邦地裁(アイリーンキャノン裁判長=41)で始まった。

 キャノン裁判長は2020年にトランプ大統領(当時)が現職に指名した中南米コロンビア系のキューバ難民の2世だ。

 ミシガン大学法科大学院で法務博士号を取得した。

 その頃から法曹界保守派団体「フィデラリスト・ソサエティ」のメンバーとなった筋金入りの保守主義者。

 今回のトランプ氏のスパイ防止法違反案件では、2022年夏、米連邦捜査局(FBI)が強制捜査で入手した機密文書精査に横やりを入れたことでも知られる*1

 法曹界には、「キャノン氏は経験不十分で国家機密を扱う審理には不適格。しかもトランプ寄りで公平な審理はできない」との声が根強く、キャノン氏の裁判長は短期的に終わるとの見方が出ている。

 南フロリダ地区連邦地裁には15人の判事がいる。

*1=トランプ氏が2022年8月、FBIが押収した機密文書を精査するために特別監察官を設置するよう訴訟を起こした。キャノン氏はこれを認める命令を下したが、第11巡回区控訴裁が管轄権の不当行使だと認定し、訴訟を却下している。

Trump-Friendly Judge To Oversee Mar-a-Lago Document Trial, Dealing Potential Blow to Prosecution | Vanity Fair
 

Judge Aileen Cannon can sink the federal prosecution of Donald Trump.

特別検察官と渡り合った弁護士3人辞任

 一方、これまでトランプ氏のスパイ防止法違反案件で、ジャック・スミス特別検察官と渡り合ってきたトランプ弁護団の3人の主力弁護士が6月8日、起訴が明らかになった直後、辞任した。

 ジェームズ・トラスティ、ジョン・ローリー、ティム・パーラトレの3氏。いずれもワシントン法曹界で活躍している弁護士だった。

 理由は明らかになっていないが、トランプ氏の側近で法律顧問、ボリスエプスタイン氏と意見衝突していたとされる。

 特に、大統領選をまたいで続くことも予想される長丁場で弁護団の結束力はトランプ氏にとっては命綱になってくる。

 トランプ氏は6月10日、南部ノースカロライナ州の共和党集会に登壇し、1時間半にわたり、吠えた。

 そうしたトランプ氏をメディアは「テフロン・ドン」(Teflon Don=テフロンのように頑強なドナルド)という新しいニックネームを献上している。

バイデン過激派左翼による選挙妨害以外の何物でもない」

「これは全く根拠のない起訴だ。大統領の私は国家機密文書を解禁できる権限を持っているのだ」

「(バイデンたち)共産主義者が私を滅ぼすか、私が共産主義者を滅ぼすかだ。私がホワイトハウスに戻れば米国は自由の国になる」

 起訴が明らかになった後の世論調査では、米一般国民の48%はトランプ氏起訴に同意したが、共和党支持者の61%は2024年の大統領選の予備選ではトランプ氏に投票すると答えた。

CBS News Poll: After Trump indictment, most see security risk, but Republicans see politics - CBS News

Donald Trump surpasses Ron DeSantis in post-indictment Western Conservative Summit straw poll - Washington Times

 共和党支持者の47%が「この起訴は(民主党の)政治的動機によるものだ」と答えている。こうした声がトランプ氏に一票を投じたいという背景にあるといっていい。

「分裂国家・アメリカ」は、「トランプの犯罪」をめぐる見解の相違でも浮き彫りになっている。

政治システムを壊した「トランプの大罪」

 その米国が今おかれている状況をどう端的に描写したらいいのだろう。

民主党系のMSNBCの手法でも共和党系FOXニュース式でもなく)日本でも高い評価を得ている政治分析家のイアン・ブレマー氏はこう指摘している。

一、(共和党下院トップである)キャビン・マッカーシー下院議長が言う通り、この裁判がバイデン氏が仕組んだトランプ潰しの魔女狩りだというのであれば、法治国家はまさに転覆しようとしている。

一、今回のケースがはらむ現実とは、米国政治システムの水準が根底から壊されようとしている点にある。

 大統領をチェックする機能としての議会の弾劾手続きは、機能しなくなってしまった。党派による政治的手続きになってしまった。

一、司法長官も特別検察官も政争の渦に巻き込まれ、主権者である国民による裁きに資する機能を失いつつある。

 裁判の場で有罪か無罪かを判断するための証拠が提示される前にメディアも民主党共和党の政治家たちも米国民も、有罪か無罪かを決めているのだ。

 米民主主義とはかつてはこうではなかった。

一、言いたくはないが、起訴されたことでトランプ氏が共和党大統領候補に指名されるのは間違いない。

 なぜなら南フロリダ地区連邦裁の大陪審が2024年の共和党大会で大統領候補を指名する前に判決を下す可能性は極めて小さいからだ。

 ひょっとしたら、大統領選挙の投開票日前には判決を下さないかもしれない。

一、トランプ氏は、フロリダ州で投票することはできないが、大統領選には引き続き立候補できる。

 たとえ有罪が確定して服役したとしても大統領選に立候補し続けられる。米国憲法にそれを禁ずる条文はないからだ。

 米国の政治システムとは、そこまで茶番であることが露呈する。

一、共和党の少数派の中には、トランプ氏が有罪判決を受ければ選挙戦から離脱すべきと考えている者も少なくない。

 だが共和党候補指名プロセスが終了する前にトランプ氏が下りるとは予想しがたい。

一、トランプ裁判が与える国際的なインパクトは計り知れない。

 同盟国に対しては、米国が長期的視野に立って信頼できる政治システムを有する同盟国かどうか、その信頼度を著しく傷つける。

 他方、敵対国は、政治的価値観をうんぬんする米国という国は自分たちよりもベターな国ではない、偽善だらけではないか、と蔑むに違いない。

Trump indicted on federal charges - GZERO Media

共和党内には早くも有罪是認の「恩赦論」

 トランプ裁判の長期化は今や、法曹界の専門家の間ではほぼ一致した見方になっている。

 有力ニュースサイト「アクシオス」(Axios)のアレックストンプソン記者は、「トランプ氏にとっての大統領選キャンペーンは大統領に当選することよりも、刑務所に収監されるのを逃れるのが目的になってきた」と言い切る。

 さらにトンプソン氏はこう続けている。

「トランプ氏が共和党大統領候補に指名されれば、本選挙はトランプ氏にとっては無罪を勝ち取るための戦いになる」

「本選挙で民主党候補を打ち破れば、特別検察官ら司法省高官たちを一掃し、有罪判決を受けていれば自分を恩赦するだろう」

「すべて前代未聞なことが起こる」

「万一、トランプ氏以外の人間が大統領になっても、就任1日目にトランプ氏を恩赦し、司法省を解体することになる」

「現に大統領選に立候補しているインド系企業家のヴィヴィック・ラマスワミ氏(37)は『私が当選すれば、大統領就任1日目の2025年1月20日にトランプ氏を恩赦する。そしてこの国の法の支配(Rule of Law)を取り戻す』と公言している」

Ramaswamy says indictment makes him ‘even more convinced’ Trump should be pardoned | The Hill

 裏を返せば、こういうことではないだろうか。

 トランプ裁判が長期化するのは必至だが、やはりスミス特別検察官が示した37件の起訴罪状をすべて覆すのはまず無理。

 しかも革命でも起こさない限り、司法制度の中で法的にここまでレールを敷かれてはトランプ氏としても逃げ場がない。

 万一、大統領に返り咲いたとしてもスパイ防止法違反という烙印は消せない。

 それができるのは自らを恩赦する(あるいはトランプ氏以外の共和党大統領による恩赦)するしかない。

 トランプ氏を含む共和党大統領候補者はそう考えているということだ。

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