ウクライナウォロディミル・ゼレンスキー大統領6月10日、「ウクライナで反攻と防御の軍事行動が取られている」と述べ、反転攻勢を開始したことを認めた。

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 また、作戦に自信を示し「様々な前線の司令官らと連絡を取っているが、みな楽観的だ」と語った。

 その中で「どの段階にあるかは明言しない」と、作戦の詳細には言及しなかった。

 実際の戦闘では、「いくつかの地域では前進し、ロシア軍の第1防衛戦を突破した可能性が高い」という情報もある。

 一方、この段階から、防勢作戦を余儀なくされるロシアウラジーミル・プーチン大統領6月9日ウクライナ軍の反攻が「間違いなく始まった」と述べたが、撃退に自信を見せている。

 セルゲイ・ショイグ国防相は、ウクライナ軍の反攻を阻止したと表明した。

 今回のウクライナ軍の反撃は、ロシア軍が周到に準備した陣地に対する攻撃であり、奇襲攻撃が成功したハルキウやへルソン正面での奪回作戦に比べると、そう簡単ではない。

 多くの損害を受けることを予期しなければならない。

 反撃作戦は始まったばかりであるが、いくつかの村を奪還したとか、ウクライナ軍の戦車等10数量が破壊されたとかの情報もある。

 現段階では、新たに編成された9個旅団、すべてが投入されているわけではいない。

 現在の段階における今後の戦況の推移を改めて考察したい。考察に当たっては、

ウクライナ軍のここ数か月の戦い方と両軍の戦い方への影響

②現在実行している作戦戦術

③今後ロシア軍を撃破するための作戦戦術に区分して分析する必要がある。

 今回は、①ウクライナ軍のここ数か月の戦い方と両軍の戦い方への影響を考察する。

1.ロシア地上軍の防御準備と戦い方

 ロシア軍は、ウクライナの南東部および南部戦線において、約半年をかけて、3重(3線)の防御陣地を構築してきた。

 陣地の前面には、対戦車地雷・竜の歯という対戦車障害・対戦車壕を設置し、そこに火砲(多連装砲を含む)・対戦車砲・戦車砲の火力を向けていた。

 つまり、陣地の前の障害物で、ウクライナ軍の攻撃前進を止め、そこに最大限の火力を指向して、攻撃部隊の前進を止め、完全に撃破しようとする戦い方(キル・ゾーン戦法)を追求していた。

 この戦い方は、旧ソ連軍の時代から受け継がれているものだ。ロシア地上軍の十八番である。

障害に停止させられたウクライナ軍戦車イメージ

ウクライナ南部におけるロシア地上軍のキル・ゾーン戦法イメージ

(図が正しく表示されない場合にはオリジナルサイトでお読みください)

 このキル・ゾーン戦法の最大の主力兵器は、火砲等(自走と牽引の榴弾砲・迫撃砲・多連装砲)である。

 3重の防御陣地なので、キル・ゾーンが3線、構築されている。この戦い方は、火砲やロケットが十分にあるという前提がある。

2.ウクライナ軍の反撃前、攻撃準備射撃

(1)ストーム・シャドウによるロシア策源地への攻撃

 ウクライナ軍は、英国から射程約250キロの空対地ミサイル「ストーム・シャドウ」を供与されてから、ウクライナに隣接するロシア領土内の敵策源地および占拠領域内の燃料集積基地などの重要施設を破壊している。

(「策源地」とは、一般的には後方の兵站基地として使うが、今回はロシア国内の航空作戦支援基地、燃料集積基地、兵員戦闘準備地域)

 ロシア軍の防空網をかいくぐったミサイルが、策源地、重要施設および交通機関を破壊している。

 この攻撃は、今のロシア軍の攻撃には直接影響はないようだが、戦う兵士や市民に対し不安を与える。

 また、指揮・通信、補給支援(輸送を含む)、航空支援などについて、時間の経過とともに深刻な影響が出る。

(2)この1か月間、ロシア軍火砲を集中的に破壊

 この1か月間、ウクライナ軍は、ロシア軍砲兵を集中的に攻撃している。

 侵攻から15か月目(24日~翌月23日まで=ウクライナ侵攻2月24日だったため)は、ロシア軍の火砲等(榴弾砲・迫撃砲・多連装砲)521門を破壊、5月10日6月9日までの1か月間には、707門を破壊した。

 現段階において、ウクライナが反撃を実行するために、まず、ロシア軍火砲等を狙って、集中して破壊しているのが分かる。

ウクライナ軍によるロシア軍火砲への攻撃

侵攻から1か月単位のロシア軍火砲等の損失

 ミリタリーバランスによると、部隊で運用されている現役の火砲等が3800門および保管用が2万2100門あるという前提であった。

 私は以前、現役火砲等の8割の3125門が、ウクライナでの戦争に投入されたと見ていた。

 しかし、6月9日までにウクライナ軍に破壊されたのは3700門であるという情報からは、ロシアは、戦場に100%投入していることとなる。

 また、保管用においては、錆で使えなくなったものや、北朝鮮ミャンマーアフリカ諸国・中国に横流しされた可能性のものもあるが、2万2100門の内の一部は、改修されて、戦場に復帰しているようである。

 ロシア地上軍に火砲等が何門残っているか不明であるが、各正面に必要な数の火砲等はないとみてよいだろう。

 重点正面には、必要な火砲等が配備されているが、その他の正面には、必要な火砲はないようだ。

 各正面の戦闘情報を見ていると、火砲の射撃が十分には行われてはいないからだ。

3.両軍の戦い方への影響

(1)ロシア地上軍キル・ゾーン戦法の崩壊

 ロシア地上軍キル・ゾーン攻撃の主役は、火砲による集中攻撃だ。

 これによって、ウクライナ軍歩兵は身動きできず、戦車の前進を支援できない。特に障害処理に問題が起こる。

 戦車と装甲歩兵戦闘車だけが突進すると、障害にはまり、火砲と対戦車ミサイルの攻撃を受けるのだ。

 ところが、ウクライナ軍が、多くの火砲を破壊したことによって、ロシア軍の火砲の射撃は減少している。

 少ない火砲がさらに破壊されると、火砲はなくなるだろう。

 そうすると、戦車等と対戦車ミサイルで攻撃するしかなくなる。キル・ゾーン攻撃が崩壊することになるのだ。対砲兵戦もできなくなる。

 そうなると、ウクライナ軍の火砲攻撃が増え、ロシア軍の戦車が火砲の攻撃を受ける。

 ウクライナ軍火砲の弾薬は、米欧から供与された誘導砲弾(M982弾)が多いので、戦車でも破壊できる。

(2)ロシア軍防御守備部隊および逆襲部隊への集中砲火

 ロシア軍の砲兵がいなくなれば、対戦車「ミサイルジャベリン」は、火砲の砲撃を受けることもない。

 ウクライナ軍は、安心して、ロシア軍守備部隊や逆襲部隊(打撃部隊)に対して集中的に攻撃できる。

 そして、「スイッチブレードの300」(対人用)と「同600」(対機甲用)が再び活躍する時がやってきた。

 ロシア軍が第1線防御陣地から第2線防御陣地に移動する場合、あるいはウクライナ軍に対して機動打撃を行う場合に、ジャベリンとともにスイッチブレードが最も効力を発揮するときがきたのだ。

ロシア軍防御部隊である機甲戦力の撃破イメージ

 ハルキウ正面とへルソン正面奪回後に戦闘が膠着状態になってからは、スイッチブレードが活躍している場面が少なかったようだ。

 欧米からは、大量のスイッチブレードが供与されたはずだが、使われている気配はなかった。

 おそらく、反撃用に保存していたのだろう。

 これからは再び、誘導砲弾、ジャベリン、スイッチブレードが大量に使用されて、ロシア地上軍機甲部隊が木っ端微塵に破壊される。

4.ウクライナパルチザンの戦い

「メリトポリの広範囲にわたり、パルチザンが活動している」との米国戦争研究所の情報がある。

 活動の内容は不明であるが、ウクライナ軍がメリトポリやマリウポリに向かって進撃を開始した今、ロシア軍防御の後方地域において兵站施設を破壊し、部隊の転用や機動打撃部隊の坑道を妨害するだろう。

 あるいは、ロシア地上軍の配備状況特に指揮所の位置などの情報を提供するであろう。

 パルチザンは、後方地域の兵站施設を攻撃して、爆破することを主に実施してきた。これからは、防御部隊に対する攻撃も開始するだろう。

 ロシア軍は、前方のウクライナ地上軍、後方のパルチザンとも戦わなければならなくなる。

5. 誘導ロケット砲弾と自爆型無人機攻撃

 ロシア地上軍が十分に時間をかけて防御準備しているところに、ウクライナ軍は正面突破攻撃を試みようとしているようだが、ウクライナ軍が機甲部隊を主体に突進すれば、大きな被害が出ることが予想される。

 確かに、ロシア軍は十分に防御準備をしてきた。

 一方、ウクライナ軍はロシアの策源地や指揮所の一部を破壊し、防御の主体となる砲兵部隊を徹底的に破壊してきた。

 特に、この1か月間の成果は大きい。

 ロシア軍は、周到な準備をしてきたものの火砲の多くが破壊されてきた。もう火力ポケットも半壊かそれ以上だ。

 火力支援をえられないロシア軍戦車は再び、スイッチブレードの登場で大量に破壊されるだろう。

 これまでの戦いを見て、ロシア軍ウクライナの国境線を守れない事態になっていることから推測すると、ロシア軍はすべての戦車・歩兵戦闘車装甲車を、ウクライナに投入しているようだ。

 かき集められるものは全て集めている。

 現役の戦車・歩兵戦闘車は9800両、装甲車は1万400両だ。さらに、一部は旧式戦車等を改修して、これらの数量よりも増加していると見てよい。

 だが、それほど多くはなく、それぞれ1000両程度だろう。

 ウクライナ参謀部の情報では、戦車・装甲歩兵戦闘車は約4000両、装甲車は7600両が破壊されている。

 残っているのは、戦車・歩兵戦闘車約6000両、装甲車3000両以上である。

 ウクライナ軍が、火砲の支援が得られずにいる700キロ以上の広域に展開する約1万両のロシア軍戦車等の半数を、いくつかの地域に分断しそれぞれを誘導砲弾やスイッチブレードで半数でも叩けば、ロシア軍戦闘不能に陥るだろう。

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