(昆虫料理研究家:内山 昭一)

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栄養や環境への利点や、仕事と収入を提供する機会にもなっているという昆虫食ラオスにおける昆虫食の現状をお伝えしながら昆虫食のあるべき姿を考えます。  

市場で売られている昆虫は21種類以上

 パンは手を合わせて天の神や土地の守り神への感謝の言葉を呟き、マニサワンも一緒になって手を合わせた。

「私はこの木を全部切り倒すつもりはありません。薬になる樹液を分けてもらいたいだけです。この刃の先が刺さっても痛まず、運よくちょうどいい場所に当たりますように!」

ドークケート作「森の魔力」312頁、二元裕子 編訳、アジアの現代文芸[ラオス]②『ラオス現代文学選集』)

「本当は美味しい昆虫食(2)ファーブルの好物はカミキリムシ?紀元前9000年から始まる人類と昆虫食の歴史」でも触れましたが、FAOが2010年にタイのチェンマイで開いたワークショップは、昆虫食のあるべき姿を指し示す道標の役割を担っています。その報告書『食べられる森の昆虫たち―人類よ、食い改めよ―』の序文では、「食用昆虫が栄養上および環境上の利点だけでなく、加工し、輸送し、販売することで、その地域のひとびとに仕事と収入を提供する大きな機会になっている」とし、「地元の農家によって商業的に飼育される可能性」についても触れています。

 報告書に収録されている論文「ラオスの市場経済における食用昆虫」によると、ラオスでは昆虫が日常食べられていたにもかかわらず、食用昆虫の研究はほとんど行われていませんでした。近年ラオス政府は非木材林産物を重要な収入源としてとらえ、森林資源の持続可能な開発のなかに昆虫も含めた研究がなされるようになってきました。

 天然資源は自家消費とともに重要な販売品目ともなり、その結果雇用が生まれ収入が増え、小児や妊産婦の栄養改善につながります。ラオスは国土の半分近くが森林であり天然資源が豊富です。農村部の人たちの多くは自給自足的生活を営み、非木材林産物の販売によって生活必需品や電化製品を購入しています。

 ラオスでは4月から11月が雨季で12月から翌3月が乾季です。採集できる昆虫の種類は季節によって変わります。たとえばコオロギは3月から12月、カメムシは2月から5月、セミは3月から5月にかけてです。ただしバッタは一年中採集できます。調査の結果売られている食用昆虫は21種類にのぼり、市場で人気の昆虫はバッタコオロギスズメバチ巣、セミ、ミツバチなどです。

小児の栄養改善と農家の収入向上に最適なゾウムシ

 特定非営利活動法人ISAPH(アイサップ)は、公益財団法人味の素ファンデーションの助成を得て、開発途上国の保険医療の改善に取り組んでいます。FAO報告を受けてISAPHはラオス昆虫食による小児の栄養改善と農家の収入向上を目指して活動しています。NPO法人食用昆虫科学研究会理事長の佐伯真二郎さんを中心に研究が進み、目的達成にはヤシオオオサゾウムシが最適という結果が出ました。

 筆者もゾウムシレシピ作りでお手伝いしていて、昨年(2022年)8月にラオス昆虫食の視察に行ってきました。このころは雨季でほぼ毎日激しい雨が降っていました。隣国タイの諺に「水浸せば魚、蟻を食い、水引けば蟻、魚を食う」とあるように、ラオスの暮らしも乾季と雨季で大きく変わる気候に依存しています。

 ISAPHの活動の場はラオス中部のカムアン県のターケークにあり、ビエンチャンを出てターケークへ車を走らせました。車窓からは田んぼや林が次々と現れては消え、人家が散在し、牛や山羊が草を食んでいます。急に激しい雨音がしてワイパーが動き、やがて気がつくと雨は止んで雲間から青空が覗くのでした。

 そんな風景を見続けていると〈世界は草と木々と雨で成り立っている〉ように感じられ、〝これがラオスか!〟と思えてきます。ターケークのホテルに着いたのは、ビエンチャンから6時間余りが過ぎて夕闇が迫るころでした。夕食はホテル前の道路を挟んだレストランでとったのですが、そのすぐ先をメコン河が悠々と流れていました。ラオスカンボジア、タイ等、インドシナ半島を流れるメコン河とその流域は、世界的に見ても生物の多様性が特に豊かな地域で、「本当は美味しい昆虫食(2)」でも触れたように、この三国で昆虫だけでも120以上の多様な種類が食用として利用されています。

 市場では昆虫を含むあらゆる野生食材が並べられていました。ラオスの農村の人たちの多くは野生食材への信頼が厚く、「野生もののほうが体によいから」「養殖ものは何を食べているかわからないから」と考えているようです。市場に並ぶバッタコオロギ、ケラ、スズメバチ巣、カイコ蛹などどの昆虫も「ふつうの食材」の顔をして並び、なかには網のなかで飛び跳ねているバッタもいてとても新鮮で美味しそうでした。

 研究施設である種苗ラボで初めて生きたゾウムシの幼虫に出会えて感激でした。さっそくラオス人スタッフに炒めてもらい、新鮮なゾウムシの甘くてクリーミーな美味しさを堪能しました。次にゾウムシを入れた「ラープ(タイやラオスの伝統料理でひき肉サラダ)」、「生春巻き」、「お好み焼き」を作り、町の食堂へ持ち込んで食べてもらいました。

 大きなレストランの女性店員三人にはなかなか食べてもらえず、ラオスといえども若い女性は昆虫料理が苦手そうでした。二軒目に寄った小さな食堂の皆さんはよく食べてくれました。ただ食べ慣れたラープ以外は味が合わないらしく、チリソースをたっぷりつけて食べていました。

 食べてもらって思ったことですが、ラオス人が食べ慣れている料理(例えばラープ)にゾウムシが入ってもあえて食べたいと思わないのではないでしょうか。ラオス人が馴染んだ辛みの効いた味付けにして、ゾウムシを使った和風料理、例えば寿司などはスペシャル感があり、レストランメニューの可能性を感じました。

 ラオスの旅では、多様な生き物のなかで人間も生かされていることを実感し、そんな自然とともに生きる暮らしがいつまでも続いてほしいと思いました、悠々と流れる大河メコンのように。市場の昆虫を含む野生食材の多様さを体感することで、自然の恵みを享受するラオス人の豊かな食文化を知ることができました。日本にかつてあって「時代遅れで恥ずべきもの」として失われた、美味しいものを一番美味しく食べる食文化を失ってほしくないと強く思いました。

 余談ですが幸福度ランキングという統計があります。そのなかでラオスは「ポジティブ要因」が世界一です。ポジティブ要因とは「それをやり遂げたことで得られると思われる報酬を期待した動機付け」のことだそうです。これはラオスのどんな国民性によるものなのでしょうか。総合だと89位なのにこの指標だけ世界一なのはなぜなんでしょうか。ちなみに「気前良さ」が4位、「昨日の幸福」が5位だそうです。

(編集協力:春燈社 小西眞由美)

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メコン河の落日 写真/内山 昭一(以下同)