89式小銃

岐阜県にある陸上自衛隊日野基本射撃場で、18歳の自衛官候補生が小銃を乱射。2人が死亡、1人が負傷し、容疑者が逮捕された。容疑者と同じく中部方面隊第10師団普通科連隊に所属していた筆者が、今回の事件やその背景をくわしく解説する。


■新人教育中の悲劇

日野射撃場は、中部方面隊第10師団が主に使用し、管内の部隊であればどこでも使用することがある。今回の容疑者が所属していたのは、名古屋の守山駐屯地に所属する第35普通科連隊の新隊員教育隊。

新隊員は、自衛隊員ではあるがまだ自衛官でなく、階級も持っていない「自衛官候補生」という立場。なお、陸上自衛隊では1984年2月に山口駐屯地射撃場で銃乱射事件(1人死亡、3人が負傷)が起きており、それ以来の重大事故といえる。


関連記事:手を使わず「脚」でアーチェリーをする女性 ギネス世界記録を更新

■厳しい安全管理

自衛隊の射撃訓練は安全管理が厳しくなされており、銃口は真下に向けて持ち、ちょっと横に向けただけで「おい銃口!」と怒鳴られるほど。弾の数と薬莢を照らし合わせて見つかるまで必ず探し、他の部隊を呼んで探すことまである。

射撃位置には、赤い帽子をかぶった「射撃係幹部」が全体を統括しており、銃を持った1人に対して1人ずつ射撃係がつきっきりで監視・指導している。今回のような新隊員教育の場合は、部隊ほどの信頼感がないのでなおのこと注意するのが一般的だ。

もし銃を持った隊員がおかしな行動をすれば、つきっきりの射撃係が飛び乗ってでも抑えることを想定している。


■射撃位置に入ってから射撃か

銃に弾倉を装着するのは、射撃位置についてから。日野射撃場の新隊員教育の場合はおよそ6人が横一列に並び、うつぶせの状態で寝撃ちからスタートする。

射撃係幹部の命令で、20発入りの弾倉を弾込めし、安全装置を4段階かけて解除するとようやく撃てる状態に。今回の乱射事件が起きたのは、この状態で横の隊員などを射撃した可能性が高い。

ちなみに、寝撃ちの状態で立ち上がったりすると通常は射撃係から怒鳴りつけられるはずで、容疑者が立ち上がって自由自在に動いているのは謎だ。


■教育隊には「防弾チョッキ」なし

今回の事件で残念なのは、一般部隊でないため、全員が防弾チョッキを着けていなかったと思われること。普通の部隊だと当然行き渡っているが、新隊員教育隊にはなぜか装備品になっていない。

そのため、今回の容疑者や被害者たちも布の戦闘服にマガジンなど装具を着けただけの状態であり、至近距離で命中すると致命傷になる可能性が高い。これは、国の予算や政策の問題といえる。

■2佐の役職を1尉が

また、もう1点気になるのは、危機管理と新人教育を担う人材の問題だ。通常、普通科連隊では2等陸佐である副連隊長が教育隊長を兼任する。

しかし、今回事件が起きた第35普通科連隊では、副連隊長は2佐だが、教育隊長ポストにはその2階級下の1尉を異例抜擢している。

通常教育隊長となる副連隊長(2佐)は、必ず1尉か3佐のときに幹部特修課程(FOC)という1年間の教育を富士学校で修了。その後各普通科連隊で連隊作戦運用部署のトップである中隊長や連隊本部第3科長を務め、2佐に上がって副連隊長・教育隊長につく。

こうした幹部教育や管理する人材に問題があったのではないだろうか。


■射撃訓練は数ヶ月中止か

陸上自衛隊では40年ぶりとなる小銃乱射事件を受け、おそらく数ヶ月間は陸海空、全ての自衛隊で射撃訓練が禁止になるのではないだろうか。今日や明日に予定されていた部隊の訓練もすでに全て中止になっている。

実弾訓練だけでなく、当面の間、空包射撃についても全自衛隊でできなくなる可能性もある。


■執筆者紹介

安丸仁史(やすまるひとし):1994年福岡生まれ、福岡育ち。防衛大学校(人文・社会科学専攻)中退後、西南学院大学文学部外国語学科卒業。 2017年陸上自衛隊に幹部候補生として入隊。

職種は普通科で、小銃小隊長や迫撃砲小隊長、通訳などを務める。元レンジャー教官。 現在は複数事業を経営。

・合わせて読みたい→“事故”としての自衛隊機墜落 今後は事件としての墜落が激増する恐れも

(取材・文/Sirabee 編集部・安丸仁史

40年ぶりの陸上自衛隊「小銃乱射」事件はなぜ起きたのか 新人教育隊には防弾チョッキもなく…